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| 「誰よりも、そばにいる」 (10)不安定 奏大は普通に食べ、普通に笑い、普通に話を盛り上げていた。 ただ、なぜか、ジョッキを空で放置するのが怖いかのように、飲み干すとすぐに次をオーダーした。 BCのメンバーたちは、飲み会も半ばにして、ようやく奏大の飲みのペースが尋常でないことに気付き始めた。 「おい、奏大ぁ……」 中鳥が心配そうに奏大の肩を掴んだ。 「ん?」 「いや、お前、大丈夫? どうかしたのか?」 「どうもしないよ」 「飲みすぎだぜ」 「あ、そうかな」 奏大はあっけらかんとして、またジョッキを空けた。 中鳥の心配そうな横顔を見て、メンバーの一人が声をかけた。 「中鳥、大丈夫、そっとしといてやれ」 そう言ったのは、奏大と中学から一緒に野球をしていた菊池だった。 菊池は中鳥のそばにやってくると、奏大から引き離し、小さな声で言った。 「たまに、あいつも不安定なときがあるんだよ。それだけだ」 「え? そうなの?」 「ああ。中学んときからそうだったから。かといって別に無茶苦茶するわけじゃないから、ほっといても大丈夫だよ」 中鳥は改めて奏大を見返した。飲みのペースが速い以外は、普通の奏大だった。ただ、どこか違うような気もした。酔いのせいで動きが鈍い。加えて何か少し、寂しそうにも見えた。 「中学んときって、どんな感じで不安定だってわかるんだ?」 中鳥は、もう一度菊池を見て尋ねた。 「勿論、酒を飲んでたわけじゃねえぜ。野球だよ。何かあると黙々と練習してた。俺は家が近いから知ってるんだが、家に帰ってからもランニングしてたな。夜中まで。」 会を終え、解散したが奏大の足取りは危うかった。 自転車に乗ろうとする奏大を、菊池が止めた。 「おいおい、飲酒運転だぞ」 「大丈夫、どーせ自損事故程度しか起こさねーよ」 と、奏大はケラケラ笑っていた。 「そういう問題じゃねーから。とりあえず、俺も自転車だし、一緒に帰ろうぜ」 「おー。人生についてでも語るか?」 茶化しながらも、足元はフラフラしている奏大と一緒に、菊池は自転車を押して歩き出した。 菊池は、奏大の不安定の元凶となるものが、何なのか、大体予想はついていた。付き合いが長いせいもあるが、奏大を見ていれば頭の中も心の中も大抵見通せる。 少し先にコンビニの明りが見えてきた。近づくにつれ、うつむき押し黙るようになった奏大を見て、菊池はそ知らぬふりで言った。 「俺、タバコ買うわ。お前も来いよ」 「いや、俺は……」 しかし、菊池は店の前に来ると自転車を止め、奏大の腕を取った。仕方なく、奏大は自転車を止め、店の中に入った。 暗い夜道が現実だったなら、急に夢のように光り輝く世界がそこにあった。よく来た店であるが、奏大にとって今は眩しすぎた。 店の入り口でぼうっとしていると、いらっしゃいませと店員に声をかけられた。 逢理が、少し探るような目で奏大を見ているのがわかった。 奏大は缶コーヒーを1つ持つと、レジに向かった。 「こんな時間までバイトか?」 奏大は逢理の顔は見ないで、そう訊いた。 「うん。もう上がる」 逢理はタッチ式のレーザースキャナで商品のバーコードを読み取りながら、言った。 「あ、ラッキーストライク1つ」 「え?」 逢理は驚いて、タバコを取りながら奏大の顔をまじまじと見つめた。 「タバコなんて吸った?」 「うん」 奏大は精算をすますと、黙って店の外に出た。 店の外には、タバコを買いに入ったはずの菊池が、なぜかもう待っていた。 「タバコ吸うのか?」 奏大の手の中のラッキーストライクの箱を見て、菊池は可笑しそうに笑った。 「いいじゃん。ラッキーだし、ストライクだし、験(げん)がいいだろ」 菊池は自転車を置いたまま、奏大に手を差し出した。 「じゃあ、俺にも一本くれよ」 「ああ」 二人はコンビニの前で道路脇の縁石に座ると、タバコの封を切った。 「火、貸してくれよ」 「なんだよ奏大、おまえタバコ吸うくせにライターも持ってねえの?」 奏大は菊池に火をつけてもらい、一服した。 滅多に吸わないタバコだったが、吸い込むと胸がきゅうっと痛むのが心地よかった。落ち込んだときに誰かに胸を押されて、潰されそうになるのに似ている。 奏大が何も通らない暗い道路を眺めていると、菊池がつぶやいた。 「おまえさ、もっと自信持って大丈夫だよ」 奏大はその言葉が、古くからの友の、遠まわしの慰めだと思った。 「そうだな」 奏大はぼそっと答えた。 「ぶつかっていけよ」 菊池は煙を吐きながら、静かに言った。 奏大は首を横に振った。 「ぶつかったら、壊れるだろ? 壊したくないんだ」 菊池は軽く目を閉じて言った。 「弱虫だな」 「ああ、弱虫なんだ」 二人はしばらく、春の夜風に吹かれていた。 |
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