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| 「誰よりも、そばにいる」 (11)雨と笑顔 六月、音の無い雨が煙っていた。 長く伸びた雑草の先に、露がたまって、滴り落ちる。 薄いグレーの空と白くぼやけた世界が逢理の前に広がっていた。 授業が終わり、帰ろうとしたら雨だった。 逢理は予報も聞かず自転車で大学に来ていて、実際途方にくれた。 傘はひとつ。 そして、その傘の中にいるのは、ふたり。 逢理は柴崎の傘に入れてもらっていた。彼の厚意で家まで送ってもらうところだった。 逢理としては、決して、積極的に柴崎を利用しようと思ったわけでは無い。偶然会った彼が、どうしても送るよと言うので、甘える形になっていた。 柴崎に会っていなければ、今頃は大学で雨がやむのをじっと待っているか、びしょぬれ覚悟で自転車で帰るか、どちらかだった。 歩いていると、本屋の軒下で逢理と同じくらいの年の女の子が、雨宿りをしているのが見えた。 本来、逢理もあんな感じで空を見上げて立ち尽くすしかないはずだった。 柴崎はぽつぽつと話していた。授業のこと、サークルのこと、友人のことなど。 もういつしか、柴崎と逢理の間に、逢理の兄の話題は出てこなくなっていた。ごく普通の友達のようだった。 この日、柴崎と知り合って、もうひと月ほどたっていた。 逢理は柴崎の話に相槌を打ちながら、ぼんやりと、奏大はどうしているだろうと考えていた。きっと奏大も自転車に違いない。雨に濡れても自転車で帰るんだろうなぁと想像した。 突然、柴崎が黙った。 それに気付いて、ふと顔をあげて柴崎を見ると、彼は悲しそうな目をしていた。 「どうかした?」 そういいながらも逢理はドキリとして、柴崎の視線を受け止めた。 柴崎は視線をはずすと、遠くを見るような目でつぶやいた。 「送ったりしたの、まずかった?」 「え? どうして? そんなことないよ」 「顔がそう言ってる。いつも笑顔なのに、今日はつまらなさそうな顔してるよ」 逢理は驚いて笑顔を作った。 「そんなこと、ないない」 柴崎には、いや、友達には、常に笑顔で接しなければならないのかと、逢理の頭を疑問がかすめた。不満顔やすました顔や普通の顔でやりとりして、飾らないでいるのが、一番楽なのに。そこで生まれる笑顔が本当の笑顔なのに。 逢理はふと周りを見回した。 前にも雨宿りした酒屋が近くにあった。 「柴崎くん、この酒屋さんち、私のオバサンちなの。だから、ここで傘借りていくわ。ごめんね」 「え、シャッター閉まってるけど?」 「大丈夫、裏口知ってるから。っていうことで、ここまで送ってくれてありがとう」 柴崎は怪訝な顔で逢理を見た。 逢理は柴崎の傘を飛び出して、酒屋の軒下で服の雨を払い落としていた。 にっこりとわらって、逢理は柴崎に手を振った。 すると、柴崎は安心したのだろうか、笑顔になって、手を振り返した。 逢理は一人になると、シャッターの前でしゃがみこんだ。 雨はやみそうに無かった。 無論、オバサンの家だというのは大嘘だった。 あのまま柴崎の傘の中にいるよりは、ここで一人で雨宿りした方が気が楽だと思ったのだ。 誰か通らないかな、誰か知り合いが通らないかなあ。 奏大が、通らないかなあ……。 逢理は、自転車で走ってくる奏大を想像して、待っていた。 |
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