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| 「誰よりも、そばにいる」 (12)いいこと 雨の予報を知っていて、自転車で大学へやってきた奏大は、当然帰りも自転車で帰るつもりだった。レインコートを装着、カバンの中には折り畳み傘もあった。 傘は、きっと自転車できているはずの逢理に貸してやろうと思って持ってきたのだが、大学で彼女の友人らしき人間にきくと、もう誰かと一緒に帰ったと言う。 まあ、無事に帰ったのならいいけど、と奏大は大学を出ることにした。 自転車を走らせていた奏大は、ふと前方の本屋で女性が雨宿りしているのを見つけ、もしや逢理ではと、速度を落としてその前を通った。 すると、逢理ではなかったが、どこかで見たことのある子で、向こうもこちらをじっとみている。 自転車を止め、レインコートのフードを少し上げると、はっきりとその子の姿が見えた。 その子は急に笑顔になったかと思うと 「赤沢先輩」 と、声をかけてきた。 後輩? と瞬きしながら頭の中で必死に思い巡らしていると、続けてその子が言った。 「憶えてませんか? 1年の脇坂杏子(わきさか・きょうこ)です。サークルに体験入会したんですよ」 「あ、あー」 体験入会だけして、その後は来ていない子に、名前までしっかり覚えられているとは奏大も驚いた。けれども一応、奏大は自分も憶えていたかのように、笑顔でいつ入会してくれるんだよと冗談で迫ってみせた。 「えーっとー。入りたいって思ってるんですけどおー」 かわいい目をくりくりと動かしながら、笑顔で脇坂は奏大を見た。 雨の中、奏大は思い出したように、カバンの中の折り畳み傘を取り出した。 「じゃあさ、これ貸してあげるから、こんど、サークルの方に返しに来てよ。そのとき入会するかどうか、決めておいて」 「わー、傘ー。うれしーい! いいんですかー?」 「いいよ」 奏大は、フードを被りなおし、自転車を漕ぎ出した時にはもう、その1年の女子の名前を忘れてしまっていた。 雨の中を自転車で走るなら、できるだけ早く目的地に着きたい。しかし、かといってスピードを出しすぎると、何かあったとき危険である。 ちょうどその、何か、があった。 急いで走っていると、いきなり、奏大、という呼び声がした。 ブレーキを急にぎゅっと握り締めたときに、あやうくスリップしそうになった。 ひや汗もので、なんとか停まった奏大は、辺りを見回した。 「奏大!」 また声がして、そっちを振り向くと手を振る逢理がいた。 「逢?」 「奏大、奏大!」 何度も笑顔で奏大の名を呼ぶ逢理の様子は、彼にとって不思議でしかなかった。 「どうしたんだよ、なんでこんなとこにいるんだ?」 見ると、酒屋の軒下で子供のように跳ねている。 誰かと一緒に帰ったはずではなかったのか。 奏大は、さっき1年に渡した折り畳み傘のことを思い出して、失敗したと思った。逢理に渡す傘が無い。 そう思っていると、逢理が突然軒下から飛び出してきて、奏大の自転車の後ろにまたがった。 「おい、どうした? 濡れるぞ」 「いいの! 濡れたっていいの!」 逢理は奏大にぎゅうっと掴まって奏大の自転車が発進するのを待っていた。 困ってしまった奏大だが、こうなれば、一刻も早く家に送り届けるほかない。 不思議だなあと奏大は思っていた。 いつもは不満顔やすました顔や普通の顔ばかりしている逢理なのに、今日はよほどいいことがあったに違いない。見たことが無いくらい、そう雨を吹き飛ばすくらいの明るい笑顔だった。 逢理の手が、細く、奏大を締め付けた。 温かく、そして、切なく。 |
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