good morning

素材提供:NOION様


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「誰よりも、そばにいる」

(13)噂

 あの雨の日から数日後、逢理が友人たちと大学でお茶を飲んでいたときだった。
 逢理の友人の一人、ユキが、きょろきょろと人目を気にするようにして、何か言いたげに逢理の隣に立った。
「なに?」
 逢理はそんなユキの行動が可笑しくて、少しにやにやとしながら彼女の顔を見つめた。
「噂、なんだけどさ」
 ユキは言いにくそうに、でも言わなくてはという使命感を感じさせる真面目な顔つきで、逢理に言った。
「赤沢さんのことなんだけど」
 逢理はきょとんとしてユキの顔を見つめ、次の言葉を待った。
 奏大がどうしたというのだろう。そんな深刻な雰囲気で、奏大の話が出るとは思わなかった。
「1年の子に追いかけられてるって」
「1年の子に追いかけられてる?」
 意味が飲み込めずに、逢理はユキの言葉を繰り返して口に出した。
「そうよ。サークルの子だと思うんだけどね、ベタベタひっついて、離れないんだって。何考えてるのかわかんないけど、ちょっと見た感じでは後輩っていう雰囲気を超えてるって」
 逢理の顔を、その場にいたほかの友人たちが一斉に見つめた。
「え、ちょっと待って、それって、女の子?」
「あったりまえじゃないのー。男といちゃいちゃして、デレデレしてる赤沢さん、怖くない?」
「いちゃいちゃして、デレデレ……」
 逢理は何度か瞬きしたまま、無表情で紙コップの紅茶を飲み干した。
 逢理は腕時計を見ると、歩き出した。
「どこ行くの、逢理」
「次の講義に遅れるじゃない」
「まだ、時間あるわよ」
 友人たちは驚いて逢理の後をついていった。
「赤沢さんの様子、見に行かなくていいの?」
「何言ってんの? 奏大と私はそういう関係じゃないんだから、奏大に好きな人ができていちゃいちゃしてようとどうしようと、私は全く興味無いんだから」
 半ば叫ぶように、大きめの声で逢理は友人たちに言い返した。
 それを聞かされると、友人たちも黙らざるを得なかった。

 講義の最中、逢理はただぼうっとして宙を見つめていた。


 この日は火曜日で、BCの練習はなかった。
 逢理は、自分の中に妙な落ち着きの無さを感じて、キャンパスの中を歩いていた。なぜ歩き回っているのかわからないが、なんとなく歩きながら空白の思いを捜し求めていた。
 もう家に帰り、バイトへ行く準備をしなければならない。わかってはいるが、なぜか、大学から離れ難かった。
 ようやく立ち止まり、1つ深呼吸をした。
 息を吐くと、なぜか体が震えた。


 アルバイト先のコンビニでも、逢理はたびたび名前を呼ばれて注意された。ヒマな時間に、ただボーッとレジに立ち尽くしているだけで、動かない。
 逢理はよく働くと評判だったので、バイトの先輩には叱られると同時に心配もされた。どこか体の具合でも悪いのかと。
「いえ、ちがいます。すみませんでした」
 逢理は慌てて頭を下げた。
 ふと胸元に手をやった。そこには、かつて兄が使っていた古ぼけてくすんだ名札があった。
 逢理は、その名札をぎゅっとにぎりしめた。
 助けを求めるように。

 そのとき、客が入ってきた。
 逢理は急に心臓が熱くなったので、爆発したのではないかと思った。

 黙って雑誌コーナーで立ち読みを始めたその客は、いつもの客、赤沢奏大だった。

 逢理は焦っていた。
 なぜ、こんなに緊張するんだろう。
 レジを担当していても、POSの通し忘れをしそうになったり、熱いものと冷たいものを一緒に袋に入れそうになったり、お弁当を温めるかどうか聞きもせずに袋に入れたり、ミスの連続だった。
 見かねた先輩が、レジに戻ってきて、
「代わるわ、補助してなさい」
と、一喝した。
 いつの間にか、レジには数人の客が並んで待っていた。さっきから逢理は客に謝ってばかりいて、スムーズに流れていなかった。

 ようやく、客の列がなくなったとき、逢理は雑誌コーナーを見て、その姿を探した。
 奏大はもういなかった。

 気が抜けたようになって、それから、胸に何かが沁みてきて痛みがじわじわと感じられた。
 逢理は、小さくため息をついた。
 すると、目の前に客が現れ、500mlのペットボトルの紅茶がレジ台に置かれた。
「いらっしゃいませ」
 いそいでレーザースキャナでバーコードを読み取ろうとして、ペットボトルを握ったとたん、客が話しかけてきた。
「大丈夫か?」
 その聞きなれた声に驚いて顔をあげると、それは、奏大だった。
 逢理は思わず商品を落としそうになり、慌てて両手でペットボトルを握り締めた。
「う、うん」
 逢理はぎこちなく頷いた。奏大の顔をなぜか見ることができなかった。
 奏大は、お金を財布から出しながら、聞いた。
「明日、水曜だけど、練習見に来る?」
 逢理は息を詰めて数秒の沈黙を持った。
「わかんない」
 そう、いつものように答えて、なんでもないようにペットボトルを袋に入れようとした。
「あ、袋に入れなくていいよ」
 奏大は代金をレジ台の上に置くと、
「逢が飲むんだから」
と笑った。
 呆然とペットボトルを握っている逢理を尻目に、奏大は店を出て行った。
 逢理の手の中には、彼女がいつも好んで飲んでいる紅茶のペットボトルが残されていた。

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