素材提供:NOION様
<<home <<Text 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26
| 「誰よりも、そばにいる」 (16)デート 「はーい、私が買ってきまーす」 そう勢いよく手を上げたのは、脇坂杏子だった。 BCのメンバーは、部屋に集まり雑談と言う名のミーティングをしていたところだった。ちょうど、五楼坂の有名な洋菓子店に美味しいスウィーツがあるという話題で盛り上がっていた。女性の多いサークルならではかもしれないが、部屋には雑誌が常時何誌も置かれてあった。 「1個500円だから、全員分買ってきたらー、9人だから5000円あったら足りますね」 脇坂が言って立ち上がると、その場にいた唯一の男性である赤沢奏大に、皆の視線が集まった。 「赤沢くん、地元でしょ?」 「案内してあげなさいよ」 言われて奏大は、眉間に皺を寄せてつぶやいた。 「確かに地元だけども、スウィーツなんかには詳しくない」 そういう彼の声を、全く無視して、他の女子メンバーは言った。 「五楼坂まで遠いし、自転車持ってる赤沢くんが一人で買ってきたらいいんじゃない?」 「ええー? この暑いのにパシリさせる気かよお」 奏大はウンザリした顔でうめいた。 「赤沢先輩」 脇坂が、奏大の肩を叩いた。 「五楼坂の近くまで、自転車の後ろに乗せてって下さい。そうすれば、後は私が買いに行きますから」 奏大はチラと脇坂を見上げた。 季節外れの大型台風が過ぎて、本格的な夏になっていた。 まだセミは鳴いていないが連日30度近くまで気温が上がっている。 五楼坂は文字通り坂道で、入り口から緩やかな上りが続いている。奏大は脇坂を乗せ、自転車で大学から五楼坂まで走った。夕方、交通量の多い時間に、一般道路の傍を二人乗りしているのは危険である。当然警察に見つかったら道路交通法違反、罰金ものである。 「先輩っ」 後ろの脇坂が、奏大の背中にぴったりと密着して、言った。 「私、大学入る前に免許取ったんですー」 「あーそー」 奏大は余り気にもせず、自転車をこぎながら返答した。 すると、脇坂が奏大に回した手にきゅっと力を込めて言った。 「ドライブに行きましょうよー」 「ドライブ? そうだなー」 奏大はそこまで言ってから、急に自転車を止めた。 「え、ごめん、今なんて言った?」 奏大が脇坂を振り返ると、彼女は自転車が停まっているにも関わらず、彼から離れようとしなかった。それどころか逆に体を密着させてきているような気がした。 「ドライブ行きましょう。どこか、遠くに」 脇坂は上目遣いの色っぽい目つきで、奏大を見つめていた。 奏大は、脇坂の顔を見ると、さっと首を前に戻し、自転車のハンドルをぎゅううと握った。 「残念だな、BCは夏合宿無いんだよなー」 「BC? 私は先輩とー……」 奏大は自転車を再び走らせた。 脇坂はその後、五楼坂に着くまで一言も話さなかった。 脇坂は五楼坂の入り口で自転車を降りると、スウィーツ目指して坂を上っていった。 奏大はほっと一息ついて、自転車にまたがったまま辺りを見渡した。みごとにカップルばかりだ。着飾って、嬉しそうな笑みをたたえて、手をつないで、彼らは奏大の前を行き過ぎた。 奏大は就職活動はしない。とはいえ、院へ行くわけではなかった。 福島の伯父が経営するOA機器販売店に就職することになっていた。有名メーカーは直接企業と取引できる信用があるが、無名の会社または外国製の製品は信用がなく売れにくい。それらを、有名も無名も取り混ぜて、企業に提案していく企業だった。御社にはこの設備が必要だと営業を展開する。その営業のトップになるために、奏大は伯父の会社に就職してすぐ、3年間ほどはメーカーに出向するらしい。 奏大の未来の数年間はもう決まっていた。 大学を卒業したなら、もう、一年遅れで後を追ってくる、かわいい幼馴染の存在はなくなるだろう。 かわいい幼馴染。そんな言葉がぴったりの、ちょっと生意気で素直じゃなくて、気分屋で、そして妹のように大切な、逢理。 奏大は、待っている間逢理のことをぼんやりと考えていた。 夏休みになると、もうBCは活動しない。奏大もアルバイトに忙しくなる。 多分、逢えない日が続くんだろう。 そうこうするうちに、脇坂が坂を下ってきた。片手に大きな紙袋を提げ、嬉しそうにはねてくる。 「めっちゃくちゃ、並んでましたー」 「オツカレ」 奏大は手を伸ばして、荷物を受け取ろうとした。 そのとき、どこかで誰かが自分の名を呼んだような気がして、後ろを振り返った。 脇坂は紙袋を奏大に渡すと、自転車の後ろにまたがった。 「奏大?」 奏大は自分の耳が確かだったことを知った。後ろには逢理が呆然と立っていた。 「逢……」 逢理の視線は、奏大が自転車の後ろに乗せている女性、それも、彼を抱きしめるようにしてひっついている、小柄でかわいい女性を直視していた。 逢理が何も言えずに立ち尽くしていると、隣にいた柴崎が逢理の背に腕を回し、五楼坂の入り口へと促した。 奏大は、逢理のそばに柴崎がいるのを見て、開けていた口をキッと結んだ。 数秒間、奏大と逢理はお互いを見ていた。 お互いのパートナーに急かされて、二人はしょうがなく前を向いた。 それでも奏大は、しばらく自転車をこぎ出せずにいた。やるせなさが体中の力を奪っていた。 「赤沢先輩?」 無邪気な明るい声で脇坂が奏大の様子を伺った。 奏大はうなだれた首を上げて、前を向いて言った。 「行くぞ」 「はーい」 その日の夜、奏大は通帳の残高を見ていた。 52万円と少し。 そして、階下の両親の所に下りていくと、こう言った。 「夏休み、福島へ行くことにした。前から伯父さんにバイトでもいいから会社見に来いって言われてたし。俺、金欲しいしなあ」 「お金、何につかうの?」 母親が聞いた。 「車」 奏大はそっけなく答えると、 「車の頭金のために、あと20万くらい、稼いでくるよ」 と笑った。 相変わらず、定期的にやってくるメールは脇坂のものだ。見ずとも奏大には見当がついた。 <今日はお疲れ様でしたー。昼間、五楼坂で見てた女の人、誰ですか?> 奏大は脇坂の質問をしばらく見つめていたが、 <夏休みは無理かもしれないけど、秋にはドライブできるかもな> と返した。 しばらくして返事が来た。 <ホントですかー? やったー。先輩とデートできるー!> 奏大はその文字を虚しく見ていた。 <そのかわり、秋まで、俺いないんで。よろしく> |
|---|