good morning

素材提供:NOION様


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「誰よりも、そばにいる」

(17)誤解

 中学1年のとき、隣のクラスに物静かな男子がいて、逢理はその子と一緒に映画に行ったり、遊園地へ出かけたりした。月に一度か二度ほど会い、その友達関係は三ヶ月ほど続いた。
 2年のときは、近所の高校生にナンパされて逃げた。しかし、その男子を制止した同じ高校の生徒に好意を持った。彼は優しく知的で、憧れの存在だった。初めて、付き合うという意識を持って、男子と時間を共にした。しかし彼の大学受験の年に自然消滅した。一緒にいたのは2年ほどの期間だった。
 高校に入ってからは、なぜかどの男子に対しても、あまり恋愛感情をもてなかった。
 男女数人で集まって遊びに行くことは多かったし、コンパに呼ばれることもあった。しかし、逢理は特定の恋人を作るのが億劫だった。別にモテたいわけではなかった。

 中学のときや高校のとき、何度か、逢理が男子と一緒にいるところを、奏大に見られていた。
 そのたびに、逢理は後ろめたい気持ちになった。
 付き合っているのか、なんて聞かれたことは一度もなかった。それなのに、必死で誤解を解きたいという気持ちに駆られた。決して誤解でもなんでもないのに、取り繕おうと必死だった。

 今日もそうだ。
 こうして柴崎と五楼坂にいるところを奏大に見られて、きまりが悪かった。そして今までもたびたび目にしてきたように、奏大が女性に優しくしている所を見ると、苛立ちを覚えた。
 あの子は噂になっているサークルの新入生に違いない。奏大にまとわりついて離れないという。
 実際見てみると、意地悪な言い方をすれば、少し幼稚な感じのする、ルックスは人並み程度の子だった。あれくらいの子なら、大学には山ほどいる。どうして、奏大はあんな子と噂になるほど一緒にいるんだろう。付き合っているんだろうか。まさか。
 付き合ってるの、とは聞けない。奏大が逢理に対して何も言わないように、逢理も言えないのだ。そばにいても、プライベートなことには全く干渉しない。それが暗黙のルール。私たちは兄妹以上、友達未満なんだ。


 逢理は家にいた。自室の机に両の肘をついて、頭を支えるようにしていた。
 それは、空中から一瞬で水を生み出してみせるマジックのように、逢理の目からはポトポトと涙が溢れ出した。
 驚いたのは逢理自身だった。
 どうして泣いているのか、全くわからない。今日のできごとを思い出していただけで、少し胸が痛んだような気がしただけで、この溢れる液体はなんなんだろう。
 多分、結論が出たからかもしれない。

 これからも、私は黙っているだろう、と。
 どんなに気持ちが焦っても、平然とした顔で向き合い、そっけない言葉を交わす。
 大事な言葉、どうしても知りたいことや、言いたいことには、触れもしないで。

 逢理の中で、何かが囁いた。
「素直じゃないねぇ、笑っちゃうよ」
「だって、長い時間、そういう関係だったんだもん」
 逢理は言い返した。
 きっといつまでも続くんだ。奏大とは同じ町内で、いつも顔を合わし、少しずつ大人びてゆく姿を見て過ごすんだ。奏大はいつまでも、私を見守ってくれるはず。


 翌日、逢理は大学の食堂で、一人で座って食事をしている脇坂杏子を見つけた。
 逢理は脇坂の姿を横目に見ながら、座る場所を探していた。今日に限って友人たちは午前で帰ってしまい、逢理も脇坂と同じで一人だった。
 迷った挙句、逢理は脇坂の斜め前に座った。斜め前とはいえ、テーブルの端と端で、椅子三つ分離れていた。
 それでも、やはり脇坂は逢理に気付いたようだった。
 すぐに声をかけてきた。
「あのー」
 気付かぬふりでフォークでレタスをつついていたが、何度も呼ばれて仕方なく顔をあげた。
 逢理の顔を見てにっこりと笑う脇坂は、余計に逢理の反感を買った。逢理は今更ながらこの席に座ったことを後悔した。
「赤沢先輩のお知り合いの方ですよね?」
「ただの幼馴染です」
 知らず知らず、言葉の調子に氷のような冷たさが伴う。
「ああ、そうなんですかあ」
 逢理は食べ物を口に運ぶペースが速くなった。とにかく早く、食堂を出なければ。
「じゃあ、小さい頃からずっと赤沢先輩のこと、ご存知なんですね。いいなあ……」
 甘ったるい笑顔で、逢理のことを羨む脇坂の姿があった。
 逢理は、そうなんだ、と脇坂を見た。そうなんだ、あなた、奏大のことを好きだっていうこと、堂々と私に宣言するんだ。奏大のこと、色々知りたいから? 仲を取り持って欲しいから? でもね、それはちょっと気分的に無理。
「赤沢先輩ね、秋には車買って、ドライブに連れてってくれるんですよー」
 さすがに逢理のフォークを持つ手が止まった。
「そうなんだ。奏大、結構貯めてたんだ」
 ドライブに誘うっていうことは、奏大、この子のこと、友達以上に見てるってことだよね。
 逢理は思わず一口水を飲んだ。
「なんか、夏休み中バイトして頭金貯めるって言ってました。ずっと福島だそうです」
「福島?」
「はい、知らなかったですか?」
「う、うん……」

 逢理は張り合うのに疲れて、食事も半ばで食堂を出た。
 奏大は夏休みを福島で過ごすのか。あの子を乗せる車を買うために、頑張って働くわけだ。

 逢理はその日の夜、柴崎からメールを受け取った。
<明日休みだし、今から海にでも行かない?>
 時計の針は10時を差していた。

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