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| 「誰よりも、そばにいる」 (18)決別 奏大は荷造りをしながら、携帯でサークルの主だった連中に、電話をかけていた。 「うん、明日から……。まあサークルの方の活動は飲みばっかりだろ。顔は出せないけど、9月には戻ってくるんで」 数人の男子に電話をして、もうこれでいいかと思い携帯を机の上に置いた。 それから、もう一度携帯を取り上げ、液晶画面をじっと見つめた。 電話帳から、逢理の名を選び、そして、そのまま、またじっと画面を見つめるだけだった。 思い直して奏大はメールを打ち始めた。 <長いこと、どうしてメールすらしなかったのか、不思議だな。なんだかきっかけを失って……> そこまで入力して、奏大は全て消去した。 もう一度入力し直す。 <夏休みはどうするんだ? 俺は訳あって、福島でバイトすることになりました> 奏大は、その数行の文字も、また全て消去した。 もう一度初めから。 <夏休みは福島にいる。 赤沢> そこまで書いて、また画面を睨みつけ、1分後、迷いながらも送信ボタンを押した。 しばらく待っても宛先不明で戻ってこないところをみると、どうやら逢理の携帯アドレスは変わっていなかったようだ。さっきの無粋な一文が逢理の携帯に届けられたということだ。 これで、心置きなく福島へ行ける。奏大は布団に入った。明日は早くに出発する。 近くの公園まで来ているという柴崎に帰ってもらうために、逢理は直接話をしにやってきた。 公園のそばには大きなバイクが置いてあった。 そのバイクから数歩中に入った所に置いてあるベンチに、柴崎は座っていた。 「柴崎くん」 「あ、瀬戸さん。ごめんね、急に呼び出して」 「ううん。ただ、海には行けない」 「どうして?」 不思議そうに、逢理を見つめる柴崎だった。 逢理はため息をついた。 「私たち、付き合ってるわけじゃないし」 すると、柴崎はベンチから立ち上がり、逢理の目の前に立った。 「じゃあ、付き合ってください」 事も無げに、笑みさえ浮かべて柴崎は言った。 逢理は返答に詰まり、少しうつむいたが、 「ごめんなさい、そういう気持ちにはなれないんです」 と、初めてはっきりと断りの意思を示した。 公園は防犯灯や街灯の明りで、隅々まで照らされていた。夜だといっても、柴崎の微かな表情の変化も見て取れる。 彼は静かに言った。 「あの、野球サークルの彼を好きなんだよね?」 柴崎の表情は落ち着いていて、嫌味や妬みを含んだものではなかった。 「ちがうよ。そんなんじゃないの。奏大はただの幼馴染で、だからそばにいるだけで……」 逢理は大きく手を交差して振り、体全体で否定した。 柴崎はそんな逢理を見て、首をかしげた。 「君の中でさあ、キスしたい男っているの?」 突然のきわどい質問に、逢理は驚いて大きな目を見開いたが、思い当たる男などいるはずもなく、首を横に振った。 「ふーん。それじゃあ……」 柴崎は急に笑顔を消して、逢理の目を見つめた。 「絶対にほかの女とキスしてほしくない男は?」 突然、逢理のパンツのポケットに押し込んできた携帯が、メールの着信を告げた。 逢理は柴崎の問いに頭が真っ白になりながらも、携帯を取り出して名前を確認した。 奏大。 逢理は驚いて、携帯を開き、メールボックスを開いて、本当に奏大からのメールなのか確認しようとした。 彼女の目には、短いメッセージが映った。奏大からの初めてのメールだった。 そして、はっとして顔をあげた。 柴崎が、逢理の行動をじっと観察するように見つめていた。 「ほかの女に取られたくない男は?」 再度、柴崎が口を開いた。 逢理は柴崎の目を睨むように見つめながら、唇を結んでいた。 「頭に誰か浮かんだんだね。誰?」 逢理は首を横に振った。 しかし、その答えがウソだということは、柴崎にはお見通しだった。 彼は言った。 「瀬戸さんが、本当に好きな男と付き合うんなら、俺も諦めるよ」 逢理は視線を移ろわせた。 柴崎はため息まじりに言った。 「男って鈍いところがあるからね。自分が好かれてることに気付かないやつもいる。だから、君が黙っていたらいつまでたっても、想いが届かないかもしれないよ。いつでも相手が告白してくれるなんて考えてたら大きな間違いだよ」 「そんなこと思ってないよ。ただ、奏大は私のことなんか妹くらいにしか思ってないから、私の気持ちは不自然だし……」 逢理は携帯の画面に現れた<夏休みは福島にいる>という連絡だけの文字を見ながらつぶやいた。 柴崎はフッと笑って、逢理の肩にそっと手を置いた。 「いつから、その“不自然な”感情を抱いてたの?」 「わからない」 逢理は視線を落とした。 柴崎は逢理の肩に置いた手を離すと、公園を出て行こうとした。逢理は慌てて、振り返り、柴崎の後姿を見ていると、彼は公園の外でバイクにまたがり、ヘルメットを持って、それから逢理を見た。 「あのね、感情って自然に出てくるもんなんだよ。だから不自然なものなんて無いんだ。瀬戸さんが彼を誰にも渡したくないって思うなら、それはどこにでもある、ただの『恋』なんだよ」 ヘルメットをした柴崎は、もうどんな表情をしているのか逢理にはわからなかった。 ただの『恋』なんだよ。 そう言った、柴崎の言葉が逢理の頭の中をぐるぐると回っていた。 柴崎は、一人で暗い道路に消えていった。 逢理は自分の家に向かって歩きながら、ぼんやりと考えていた。 私は卑怯だったなあ。 ずっと奏大を独占できると思っていた。時には幼馴染という立場を利用して、時には彼が妹扱いしてくれるのをいいことに、恋人よりももっと近い位置でいることに満足していたんだ。 私がほかの誰かと付き合った時も、いつも奏大の反応を気にしていた。奏大との関係を壊したくないから、奏大に嫌われたくないから。 妹扱いされることが苦しいのに、自分で妹役を演じてた。 すべては、奏大のそばにいたいために。 逢理は夜道の真ん中で立ち止まると、携帯をもう一度目の前にかざした。開くと、まだ奏大のメールが表示されている。急いで、奏大のメールに返信した。 「奏大、私、妹をやめてもいいかなあ……」 そう口にしてから、メールを打ち始めた。 奏大が布団に入ってしばらくすると、目覚まし代わりに使っていた枕元の携帯電話が、小さな音をたて始めた。 手を伸ばしてディスプレイを見ると、瀬戸逢理と表示されていた。 奏大は急いで携帯を持って起き上がり、布団の上に正座した。 逢理からのメールは、どうせ『そうなんだー』とか『わかったー』程度のものだと思ってはいたが、それでも返事が来たことがうれしくて、ゆっくりと携帯の画面を開いた。 思い切って、メールしてみてよかったと奏大は思った。こんなことでもなければ、永遠にメールなんてできなかったかもしれない。 しかし、そんなことを考えていた奏大の目に、想像を裏切る文字が飛び込んできた。 <電話してもいい?> 奏大は一瞬そのメールに見とれていたが、すぐに逢理の携帯に電話をかけた。 呼び出し音が耳元で聞こえると、奏大は緊張して立ち上がり、明りの消えた部屋の中をうろうろと歩き回った。 『はい……』 「あ、逢?」 『うん』 奏大は、耳に響く逢理の声がくすぐったかった。いつもと違うトーン。電話を通すとこういう声に聞こえるんだなと思った。そして、また、すごく近くにいるような錯覚も感じた。 「逢と電話するの、子供の頃以来だな。なんか緊張するなあ」 奏大は無邪気に言った。顔をほころばせ、まだ部屋の中を歩き回ったままだ。まるで檻の中のライオンのように、せまい部屋を幾度と無く行ったり来たりする。 『私も緊張する』 逢理が少し笑ったのがわかった。 奏大もつられて笑った。 いつもの無愛想でそっけなくて、かわいげのない逢理は、そこにはいなかった。取り付く島の無い妹ではなく、緊張したり照れたりする普通の表情をした一人の女の子が電話の向こう側にいた。 |
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