good morning

素材提供:NOION様


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「誰よりも、そばにいる」

(22)深夜の遊園地

 奏大は運転しながら、考えていた。

 ここしばらく、逢理からのメールはなかった。
 そのことを奏大は気にしていなかったわけではない。それどころか、毎日、毎晩、そういつでも、その携帯が綺麗なライトブルーの光で、逢理のメールの着信を告げてくれるのを待っていた。
 2週間もの間、ただ待っていたのではなかった。何度も、メールしようとした。何度も電話をかけようとした。夜になり、一人きり部屋で窓から外を見るたび、逢理の透明で凛とした声を思い出していた。
 こんなに、恋しいと思ってどうする。
 そのときの奏大は自嘲せずにはいられなかった。
 携帯電話というのは、魔法の杖かな。普段、顔を見て話すよりも、ずっと、その声が胸に突き刺さる。逢いたいと、一緒にいたいと思ってしまう。
 でも、本当は、奏大と逢理の関係は、互いの存在を縛り付ける間柄ではなかったはずだ。
 お互いが、お互いを見守って……。

 そこまで考えて、急に、さっきの逢理の電話の声を思い出した。
「逢いたいから。めちゃくちゃ、逢いたい……」

 そんなふうに想っていてくれたなんて、奏大は胸が詰まって声が出なかった。情けないけれど、その言葉の余波が体中を駆け巡っていて、そのとき何をしたかさえ思い出せない。
 電話を切った後、部屋中がめちゃくちゃになっていて驚いた。たしか椅子に座って電話していたはずだったが、バランスを崩して倒れた。そのときに、近くにあった小さな棚を倒してしまったのだろう。置物やスタンドや本などが床に散らばっていた。
 でもそんなものを片付けている暇はない。急いで、伯父に外出と車を借りる許可をもらいに居間にかけこんだ。

「出勤の明日の昼までには帰ってこれるのか? 無理なら休んでもいいんだぞ」
 奏大は帰ってきますと行って、出て行った。しかし、よく考えると、明日の昼まで何時間あるんだろう。
 12時間余り。


 奏大や逢理が住んでいる街と、奏大が今下宿している福島との中間地点辺りには、Aという街があった。車で、1時間程度で着く。
 その街には大きな遊園地があり、観光客が全国から集まっていた。待ち合わせに、目立つ場所といえば、そういう場所か、駅だなと思いながら、やはり利便性を考えると駅前かな、と逢理に伝えた。
 しかし、逢理は
『開いてなくてもいいから、遊園地がいい』
と言った。
 その心理はわからなかった。でも、深夜の遊園地ならお互いの車を見つけやすい、と奏大も納得した。



 奏大がその遊園地に到着したのは、12時少し前だった。奏大は車を路肩に停めて、歩道に立ち、辺りを見渡した。逢理の家の車は、確か、紺の軽自動車だったはず。

 大きな観覧車が柵の向こうにそびえ立っていた。
 光を失い、ただの鉄の輪となり、奏大の目に映った。巨大な蛇のように空間をうねっている、ジェットコースターのレールも見えた。
 夏の夜、道路を走る車の数は多い。こんな場所なのに、路肩に止めている車の数も結構多い。
 今になって奏大は、言い知れない不安を感じた。
 逢えるのか。
 携帯もあるし、カーナビだって正確なのに、なぜか不安になった。
 見知らぬ土地での、初めての待ち合わせだった。

 遊園地の柵にもたれ、途中で買った缶コーヒーを開けて、奏大は一口飲んだ。遊園地の入り口に近づいたら、停めて、メールするのが約束だった。
 逢理からのメールはまだ来ない。運転しているんだろうか。そう思いながら、奏大はメールしようと、携帯を開けた。
 着いたよ、そう指で弾いて、文を作ろうとした瞬間、画面が変化して、着信画面になった。

≪瀬戸逢理≫

 画面に表示される相手の名前。メールではなく、電話だった。
「あ、はい」
 あわてて、耳に当てた。
 相手の声は、なぜか笑いを含んでいた。
『迷子にならずに逢えたね』
「え?」

 奏大は驚いて柵にもたせかけていた体を起こし、辺りをキョロキョロと見回した。
 いや、見回すまでもなく、すぐ近くに逢理がいた。
「逢……」
 奏大はまだ携帯を耳に当てたまま、逢理の姿を見つけて棒立ちになっていた。
 逢理は携帯を静かに切って、奏大の目の前で立ち止まった。
 奏大の携帯はツーツーという電子音を鳴らしている。それでも、奏大はまだ携帯を耳から離さずにいた。体が強張っていた。

 久しぶりに会う逢理は、なぜだろう、ハッとするくらい可愛いかった。
 奏大の頭のハードディスクにある逢理の画像が、すべて間違いだったと思えるくらい、鮮明な美しさで、彼の目の前に立っていた。
 彼女に何て話しかけていいかわからなかった。
 その前に、奏大は自我を確認できなかった。何を考えているか、何をしたいのか、自分でわからない。全ての機能が麻痺していた。
 逢理も、奏大の前に立ったまま、何も話しかけてこなかった。
 ただ、じっと彼を見つめるだけだった。


 そうか。
 奏大はやっと携帯を持つ手を下ろした。
 缶コーヒーが彼の左手から落ち、右手の携帯もカツンという音と共にアスファルトの歩道に落ちた。
 逢理が驚いて、その携帯を拾おうとしたとき、奏大は自由になった両手で、逢理を抱きしめた。

 心臓ががすごい勢いで動いているのがわかる。

 解放された心が、ずっとずっと求めていた体温を感じていた。

 欲しかったんだ。

 ずっと、こうしたくて、でも衝動を抑えることが、正しいのだと思っていた。
 今はお互いが、逢いたいと思って、こうして傍にいるんだ。

 だから、素直になっていいんだ。

 もう、迷わなくていいんだ。

 鼓動は速く、奏大の膨らんだ想いにチクチクと針を立てるようだった。
 逢理の髪の甘い匂いが、奏大の意識を奪いそうになる。


 奏大は抱きしめた手を緩め、その衝動の言い訳をしなければならないと思った。いや、言い訳なんかじゃない。本当の素直な気持ちを聞いて欲しいと思った。
 逢理は体が自由になると、少し迷いながら奏大に視線を戻した。

「逢……」
 奏大は言葉を、前から頭のどこかで考えていた言葉を、口に出すことに大きなためらいがあった。
 でも、言わなくては。
 数秒の沈黙で、奏大は再び、逢理を見つめて、はっきりと言った。
「逢のこと、もういつから好きだったか、思い出せない。気付いてたけど壊すのが怖かった。傍にいたかったから」
 逢理はただ、奏大の目をじっと見つめていた。

「傍にいたいし、傍にいて欲しいし、本当は誰にも取られたくない」
 逢理は黙って小さく頷いて俯いた。
 でも、言葉はそれで終わったわけではなかった。奏大は最後まで言おうと腹に力を入れた。

「結婚してほしい」


 逢理は驚いて顔を上げた。
 奏大の目は真面目そのもので、その言葉が今、勢いだけで言っているのではないと、逢理にも伝わってきた。

「もう離れたくないんだ。傍にいたい」
 奏大はもう一度、繰り返した。そして逢理の顔を見つめた。
 その顔は、ただ、逢理の答えを待っていた。

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