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| 「誰よりも、そばにいる」 (24)もう一度だけ 気付いた時には、もう伯父の家の前だった。 奏大は、自分でも驚きながら、そして少し危険だなと苦笑いしながら、運転席から、リモコンで駐車場のシャッターを開けた。 ナビがあるとはいえ、無意識で運転していたなんて。伯父に話したら、こっぴどく叱られるに違いない。 土曜の朝、7時半。まだまだ昼の出勤には早い。家の人たちも寝ているかもしれない。 奏大はそっと家に入り、借りている依久美の部屋に戻った。 一晩寝ていないのに、眠気は全くなく、ベッドに横たわっても眠ることはできなかった。 目を閉じても、浮かんでくるのは逢理の顔ばかりで、柔らかな手の感触や、抱きしめた時の折れるようなか細さと、胸いっぱいに吸い込みたくなるようないい香りが、まざまざと蘇る。 彼女に触れたくてしょうがなかったのは、男としては当たり前なのだが、でも、そうしたことで彼女に嫌な思いをさせてないだろうか。今更ながら、奏大は自分の行動を反省してばかりいた。 いきなり、結婚だなんて言って、重すぎてヒいたんだろうな。 キスしたことも怒ってないかな。 もっと傍にいたかったな。傍にいてほしかった。 でも、本当に逢は、これから俺のことだけを見てくれるのかな。 伯父の声がして、奏大は無意識に頭に被せたタオルをどけて、バッとベッドの上に体を起こした。 伯父は笑っていた。 「行けるのか?」 「あ、行くよ。ごめん。今すぐ起きる」 奏大は目を何度もこすってから、大きく頭を振った。 「あんまり寝てないんじゃないのか?」 「いや、いま、爆睡した」 「下で待ってる。あ、今日は工場に直行するからな」 「うん」 今日はスーツではない。前から与えられていた作業服で出勤だ。ヘルメットと安全靴を会社に忘れて来たな、と奏大は舌打ちした。 まあ、いいか。 携帯を見ると、逢理からのメールが届いていた。 <今、家に着いたよ。奏大は無事に着いた?> 奏大はメールを打とうとして、ふと顔を上げると、まだ伯父が部屋の外で待っていた。まずい、と思い、奏大は携帯を置いた。 慌てて作業服に着替え、ポケットに携帯をしのばせ、階下に降りた。さっと洗顔と歯磨きを済ませて、髪はボサボサのまま、トイレに向かう。 「お父さん、お昼御飯は?」 伯母さんの声がキッチンから聴こえる。 「工場で弁当の余りが出る。それでいい」 伯父がキビキビした声で返事をした。奏大はまだ寝ぼけ眼でようやくトイレから出てきた。 「おい、奏大、行くぞ?」 「あ、うん」 伯父が心配そうな目で、奏大を見ていたが、彼はそれに気付かなかった。 車の中で何度か注意された。ボーっとしてると危ないぞ、と。 今からプリンタの製造工場へ行く。取引先のメーカーの工場だが、伯父は社長として、内部の視察にもよく行くという。今日が特別な日ではないということだった。 国内メーカーだが、無名に近い会社で、伯父が工場長に会うと、彼らはペコペコと頭を下げた。初顔の奏大にも、丁寧に挨拶してくれた。 奏大は気分良く、工場を見学することになった。 伯父について回り、一通り見学すると、2時だった。事務所に行くと、弁当とお茶のペットボトルが二つずつ用意してあった。事務所には誰もおらず、静かだった。 「3時になったら、作業員が休憩で戻ってくるから、今のうちに食っとけ」 「はい」 奏大は、家の外では伯父と甥ではなく、社長とアルバイトであることを忘れてはおらず、2人きりになっても言葉遣いには注意していた。 奏大は社長に言われるまま、急いで弁当を空にした。社長は半分ほど食べて、後は残すと、タバコを吸いに、事務所の隅の応接用のテーブルの前に座った。 「社長、全部食べないんですか?」 「ああ。腹いっぱいになると、思考が鈍るからな」 「へえ……」 奏大にとっては弁当1個では足りないくらいで、社長の残したものも食べようかと思っていただけに、その言葉はショックだった。 「思考が鈍るかあ」 「ほら、言うだろう、”腹の皮突っ張れば、目の皮弛む”ってな」 「そんなことわざありましたっけ?」 「バカ」 社長に言われ、奏大は苦笑しながら、立ち上がった。 「トイレか? 場所わかるか?」 「あ、はい。行ってきます」 奏大は事務所を出た。ようやく一人になれた。 今頃は逢理は寝てるかな。そう思いながら、奏大は携帯を取り出した。 歩きながら携帯を見ていると、また新しいメールが来ていたようだ。 <奏大? 無事だよね? 仕事かな。がんばってね。いつでもいいから、メールください> 着信時間は30分ほど前だった。 起きてるんだ。急な用事で帰っていったけど、大変なことがあったのかな。電話しようかな。 奏大は携帯を持って、工場の裏手の廃材置き場に座り込んだ。 <今仕事中。後でまたメールするよ。多分今日は5時上がりだと思うんだ> 逢理の携帯に送信。 返事が来るかな。そう思いながら、奏大は作業服の上着を脱いで、Tシャツ1枚になって、壁に体をもたせかけた。 ガシャンガシャンとトラックから、古いプリンタが運び込まれ、その場所に山を作っていた。時折びっくりするほどの速度を出して、小型トラックが走り去ってゆく。 しかし、その喧騒の中、奏大はメールを待っている間に、ウトウトと眠りに落ちてしまった。 夢の中で、逢理が傍にいて、そして奏大は、彼女としっかり手をつなぎ、夏祭りに出かけていた。急いで見なくちゃ、また福島に帰らないといけないから。奏大は、早足で、逢理をひっぱりながら、祭りの夜店を見て回った。 待ってよ、と逢理が言う。 行かないでよ、と逢理が言う。 待ってるよ、と奏大は振り返った。 逢理が悲しそうな顔で、奏大を見ていた。 奏大はその表情を見ているだけで、辛くなってどうしたらいいかわからなくなっていた。 ごめん。俺はいつも自分勝手だったかな。 でも、好きなんだよ。嘘じゃないよ。すごく大事なんだ。いつも抱きしめたいって思ってる。もう一度、抱きしめてもいい? その時、金属が泣くような鋭い音と、大きな破壊音が響き、奏大の体が宙に浮いた。 もう一度だけ、抱きしめてもいい? 奏大の手から、携帯が落ちた。 一瞬にして止まった稼動音。慌てふためく人の叫び声だけが遠くに聞こえた。 熱いアスファルトに投げ出された奏大は、目を開くこともなく、動くこともなかった。 |
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