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| 「誰よりも、そばにいる」 (25)また会えるかな 奏大から来たメールに気付いたのは、夕方だった。 逢理の母方の祖母が、大宮に住んでいるのだが、心臓が弱っていてもうずっと入院生活だった。その祖母の容態が急変したという知らせを受けて、逢理の家族は埼玉の病院を訪ねた。 祖母は、もう、意識が朦朧としていて、逢理たちの話しかけにも反応は無い。 そんな見舞いの合間に時間を見つけては奏大にメールを送ったのだが、祖母の容態がいよいよ危険な状態になり、親戚一同を呼ぶことになった。 逢理はバタバタしている中、従兄弟や伯父、伯母たちと久しぶりに会い、話をしていた。 病院の中では携帯の電源を切らねばならず、気にはなっていたものの、携帯を開けることができたのは6時頃のことだった。 <今仕事中。後でまたメールするよ。多分今日は5時上がりだと思うんだ> 届いた奏大のメールを読む。ごく普通の連絡メールなのに、なぜかとても嬉しい。 言葉が温かいような気がする。 気のせいだよね、と逢理は笑ってしまった。 <バイトお疲れ様! また、夜電話してもいいかな?> 逢理は顔の表情が緩むのを抑えられないまま、返信した。 逢理は、そのまま病院で夜を迎えた。時計は9時半を表示していた。 祖母の容態は危険なままだった。医者からは明日の朝までもつかどうか、と言われていた。親族は皆、無口なまま、病室で立っていた。 何度か病室から抜け出し、真っ暗なロビーの外に出て、携帯を開けた。 しかし、こんな時間になっても奏大からのメールの返信はなく、電話をかけていいのかどうか迷った。でも、今朝、別れ際に、また電話するねと言ったら、奏大は『うん、いつでも』と応えてくれた。 かけていいんだよね。 逢理は小さく深呼吸してから、リダイヤルで発信ボタンを押した。 数回呼び出し音を聞いていると、留守電に切り替わった。 ……奏大? 11時、逢理は、今度は裏口から病院の外に出て、電波を確かめながら、もう一度電話をかけてみた。 まだ秋には早いけれど、病院の駐車場の草むらで虫が鳴いていた。鈴の音のような虫の声は、逢理の耳元の携帯の呼び出し音と重なった。逢理は、携帯電話を耳に押し当てたまま、何度も繰り返す呼び出し音を聞いた。 また、留守電に切り替わった。 おかしいな。飲んでるのかな。 逢理は病室の椅子で、いつしか眠っていた。 朝になって、急に体を揺すられて目覚めた。 「おばあちゃんが」 従兄弟は、それだけ言った。 皆、祖母のベッドの回りに集まり、顔を覗き込んでいる。 逢理も、慌ててその中に加わった。 しばらくして、祖母は静かに息を引き取った。 母を始め、親族は皆、覚悟していただけにうっすらと涙を浮かべたまま、笑顔で、 「苦しまないでよかった」 と慰めあった。 もう、祖母は祖母ではなくなり、遺体として扱われる。動かないという、ただそれだけなのに、もう人ではないような、粗雑な扱いを受ける。いや、医者や看護師や葬儀屋たちは丁寧に扱っていたのかもしれない。でも、どこか手馴れた様子で感情のない作業に見えた。 逢理たちは母の兄を病院に残して、一旦、祖母の自宅に戻った。 祖父はもう随分前に亡くなっていた。その家は祖母が一人で住むには勿体無い一戸建てだった。5年ほど前、祖母のためにバリアフリーにリフォームしたばかりという。 母の妹が、逢理の傍で母に向かって言った。 「お姉ちゃん、お義兄さんと話、できた?」 「うん…。でも、まだ逢が……」 そして、逢理は2人の視線を一度に浴びた。 「な、何?」 母は、逢理に向かってため息をつきながら話した。 「この家はみんなの家だから、売りに出すには忍びないのよ」 そう、この家は、母の実家でもある。小さい頃何度も来た家だ。 「だからね、うちの家族がここに住むことにしたの」 「え?」 逢理は驚いて聞き返した。 母は、説明した。 「お兄ちゃんは会社が岡山だし、奈津子は敬一さんの家にお嫁に行ってるし、動けるのはうちだけなの。うちはお父さんの会社が埼玉だから都合がいいし」 つまり、母の兄は遠く、母の妹は夫の実家に住んでいるから、借家で家族だけで住んでいる瀬戸家だけが、この家に住むことが可能だということらしい。 「そんなの……。私、大学が……。じゃあ、一人暮らししてもいいの?」 逢理は真っ先に奏大の顔が思い浮かんだ。会えなくなる。奏大が大学を卒業して福島へ行くよりも先に、逢理の方があの街を離れてしまうなんて。 「それでね、逢」 母は申し訳無さそうに言った。 「この近くに、おばあちゃんが持ってた店舗があって。喫茶店やってたんだけどね。人に貸してたりもしたんだけど、最近は誰もできなくて閉めてたのよ。そこもね売ってもいいんだけど、なかなか買い手が無くて……」 逢理はただ呆然と母の話を聞いていた。 「お母さん、経験があるから、やってみようかと思うの。で、逢にも手伝って欲しいのよ」 「え……」 すると、どこからともなく父がやってきて、逢理の肩を叩いた。 「逢、すまないが、大学は諦めてくれ」 逢理は目を丸くして父を見上げた。 「お母さんの傍にいてやってくれ。知らない土地じゃあないが、お母さんも逢がいた方が心強い。それに、一人暮らしは許さない」 きっぱりと言い放つ父に、逢理は言葉が出なくなって、ただ虚ろに視線を漂わせた。 お父さんは仕事が近くなって、都合がいいんだよね。 お母さんは実家だから、違和感無いよね。 でも、私は? あの街が好きだったのに。奏大と過ごした、あの街が。 奏大とも、会えなくなるの? じゃあ、奏大と結婚したら? 結婚したら、私はあの街に住める? 福島に行くことになっても、奏大と一緒だから、嫌じゃない。 だって、何よりも、奏大と離れたくない。 逢理は部屋を飛び出し、家の外に出て、携帯を開けた。 相変わらず、奏大からは着信が無い。 もう一度かけてみよう。今度は、留守電になったらメッセージも入れよう。でも、今度はきっと出てくれるに違いない。だって、今日は休みだし、もうお昼だし。 奏大に繋がるはずの携帯から、冷淡なアナウンスが聴こえた。 『電波の届かない場所にいるか、電源を切っているため……』 祖母の通夜と告別式が終わり、ようやく逢理は自分の家に帰ることになった。この二日間、逢理はまともに眠ることができなかった。 祖母の亡くなった悲しみと、奏大に連絡が取れない不安とが、逢理の神経を過敏にさせていた。しかし自宅に戻って、自分のベッドに入ると、逢理の疲れた体は一瞬のうちに眠りに堕ちた。 そして、ハッと目が覚めた。 何時だろう、まだ真っ暗だ。手に握っていた携帯が汗で濡れていた。 急いで、携帯を開いてみる。もしかしたら、寝ている間に奏大から連絡があったんじゃないかと思った。 しかし、携帯には友人からのメール以外、届いてはいなかった。それも、既読ばかりだった。 奏大から来た最後のメールはもう、随分前の履歴になってしまっていた。 その小さな携帯の画面を見ていると、抑えきれずに涙がこぼれた。 どうして、だろう。 嫌われたのかな。 ねえ、付き合えないなら、それでもいいよ。 また元の、兄妹でもいいから。 会いたい。 声を聴きたい。 メールでもいいよ。 お願い、連絡を下さい。ずっと電源を切ったままなのは、なぜ? また、会えるよね? それから三日後のこと、逢理たちの家族は引っ越しの準備に追われていた。その日の3時には業者のトラックが来る。 逢理は自分の荷物をまとめ終わり、友人たちにも昨日、会って別れを告げ、もうすることは残っていないと思っていた。 家の前にトラックが来て、引っ越し屋のスタッフが3人、家の中にあがりこんできた。 逢理はもう、家の中にいるのが耐えられなくなって、家の外からその作業を見ていた。そして、近所の人たちに挨拶をしていて、ふと、奏大の家が近いことを思い出した。 そうだ。どうして気付かなかったんだろう。奏大のお母さんに聞けばいいんだ。奏大がどうして連絡をくれないのかまでは聞けなくても、最悪でも、伝言くらいしてくれるだろう。 逢理は、すぐに走って奏大の家に向かった。 ほんの1,2分の距離だ。 すぐに奏大の家につくと、玄関のチャイムを押した。 何度か押した。数分待ってみた。 しかし、奏大の家の扉は開かなかった。誰もいる気配がなかった。 そして、逢理は父の運転する車で大宮に向かっていた。 もしかしたら、奏大とは、二度と会えないのかもしれない。いや、会える。きっと、会える。だって、こんなに会いたいんだよ。好きだって、やっと素直になれたのに。 大学の友達も誰一人として、奏大と連絡がとれる者がいなかった。でも、そのうち、夏休みが終わればきっと奏大は大学に戻ってくる。そのときには、誰かが逢理に連絡をくれる。秋まで待てば、きっと……。 しかし、秋になっても奏大は大学に顔を出さなかった。 誰一人として確かなことを知らぬまま、10月、奏大が退学したという事実だけが逢理に伝えられた。 |
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