good morning

この作品の写真素材はあんずいろapricot×color様よりお借りしています


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「五度目の正直」

(6)約束

 携帯番号を教えてもらい、その日は別れた。

 詩鶴さんが、どういう気持ちで僕に逢いたいと言ってくれたのかは、まだ正直言ってよくわからない。
 僕が自分に自信が無いからというより、彼女の中にどれくらいのものが横たわっているのか、僕にはわからないからだ。

 たとえ、僕を逃避先として選んだのだとしても、僕は構わなかった。
 僕のそばにいることで、君が安らぐのならいい。
 また、逢えれば、僕はそれで幸せだ。



 浴衣姿が見たくて、僕は詩鶴さんを夏祭りに誘った。

 僕は時計を忘れ、携帯でチラチラと時間を確認していた。待ち合わせの30分も前から、こうして駅前で突っ立っているのは、今時珍しいやつかもしれない。
 そう、携帯があるんだから、場所も時間もフレキシブルにいけばいいのに、僕は忠犬のように待つ。
 逢うことが、そう、僕の逢いたいときに逢えることが、とても嬉しくてたまらない。
 偶然を待っていた、ただひたすら想っているだけの頃のことを思うと、尚更だ。

 彼女は時間ちょうどにやってきた。
 残念ながら、彼女は浴衣姿ではなかった。三日前約束したときには、必ず着ると約束してくれたのに。
 でも、彼女はきっと笑顔で僕に挨拶をしてくれるだろう。
 そう思っていたのだが、そんな期待すらも、叶わなかった。

 詩鶴さんは、僕のそばに来る足取りが、とても重く、うつむきかげんだった。
「どうかしたの?」
 僕は、そう聞かずにはいられなかった。彼女の表情は硬い。前回の海での様子と全く違う。
 やっぱり、もう逢わない、そんな風に切り出されるのかなという不安が、胸をよぎった。
「なんで、黙ってるの? 何かあった?」
 僕は、彼女の心の中を知りたくて、急かす様に尋ねた。

 詩鶴さんは、僕の目の前まで来て、ようやく顔をあげ、辛そうに眉間に皺を寄せて、言った。
「私、三川さんに迷惑かけたくない」
 迷惑って?
 僕は彼女の意図がつかめず、ただ、じっと彼女の顔を見つめた。
 詩鶴さんは、だんだん泣きそうな顔になり、その両手で僕のシャツをぎゅううとにぎりしめた。
「何かあったんだったら、教えてよ」
 僕は、彼女の両手をそっと支えるようにして触れ、その手を、受け入れたいと思っていた。
 シャツを握り締めるんじゃなくて、僕の手を握ってほしい。きっと、何かが伝わってくるはずなんだ。

 詩鶴さんはうなだれて、手を離した。
 僕はその両手を掴んだ。
 彼女が離れていく、そんな恐怖が僕の中で渦巻いていて、引き止めたくて、掴んでいた。
「言いたくない?」
 僕は彼女の顔を少しだけ覗き込むように、体を曲げた。

 詩鶴さんは、口を開いた。

「元カレが、また、帰って来たの」


 稠一(しゅういち)という彼女の元カレは、今17歳で、高校をやめてからずっとヒモのような生活を続けていたという。
 そして、付き合っていたのは詩鶴さんだけではなく、他にも複数の貢いでくれる女性が存在したらしい。
 短大生の詩鶴さんに、現金は求めなかったが、代わりに暴力をふるった。
 愛情を求め、甘え、そして暴力をふるう。
 まだ反抗期の子供じゃないか、と僕は思った。詩鶴さんは稠一という男の母親役をやらされていたわけだ。


「彼のことをまだ好きなの?」
 僕は、根幹にかかわることを聞かねばならなかった。
 詩鶴さんは、ほんの少し考えてから、大きく首を横に振った。
「最初は、稠一のことをわかってあげられるのは、私だけなんだと思ってた。でも、それは、愛情とは別だってわかったの」
 僕は、とりあえず、第一段階はクリアしたと、ほっとした。
「彼は今、どうしてるの?」
「私の部屋で寝てる」
「いつから?」
「……昨日から……」

 僕には、いいようのない嫉妬心が湧き出てくるのを止められなかった。
 昨日、詩鶴さんは、そいつと、一緒にいたんだ。
 一晩中、一緒だったんだ。


「僕に迷惑かけたくないって、言ったよね」
 僕は嫉妬心を抑えられず、凶器に変えて彼女を刺そうとしていた。
「じゃあ、僕にはもう帰れっていうことだね」

 酷い言い草だ。わかっている。でも止められなかった。
「また、元カレの面倒を見るんだろう?」
 詩鶴さんは、僕の顔を見て驚き、そして、だんだんと失望の果ての悲しみの表情に変わっていった。
「僕に、迷惑かけたくないんだよね?」
 僕は強い口調で言った。

 ごめん。
 僕は詩鶴さんを泣かせてしまった。



 目から零れ落ちるものを、必死で隠しながら、声も立てずに泣く彼女を見ると、僕は罪悪感でいっぱいになり、そして余計に、湧いてくる怒りをどこへぶつけたらいいか、わからなくなっていた。

 でも、気付いていた。
 彼女にきつい言葉を浴びせながらも僕は、彼女と離れたくないと思っている。
 僕は、もっともっと、迷惑をかけて欲しいと思っている。


「もう彼と付き合う気がないんなら、部屋にもどらなければいい」
 詩鶴さんは、少しだけ顔をあげて、僕を見た。
 僕は、涙をためた瞳をいとおしく感じながら、言った。
「しばらく、……うちにおいで」

 詩鶴さんはその言葉の意味を一生懸命に考えているようだった。
 目を見開き、呼吸が止まっている。
「三川さんの部屋に?」

 僕はうなずいた。



 まだ、僕らの間には、何の約束もなかった。
 せめて僕はこのとき、きちんと気持ちを伝えておけばよかったと、後になって悔やんだ。





 7 に続く

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