good morning

この作品の写真素材はあんずいろapricot×color様よりお借りしています


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「五度目の正直」

(7)ひとつの部屋で

 その日、僕らはとりあえず祭りにでかけた。
 しっかりと手をつなぎ、人ごみにはぐれないようにして、歩いた。
 でも、なぜか、心は遠く離れてしまったような気がした。
 とりとめのない感情が湧いては消え、湧いては消えしていた。

 詩鶴さんははまだ、稠一という男を好きなんじゃないかと思っていた。思っているというより、確信に近かった。
 僕は、このまま祭りの喧騒に紛れて、姿を消してしまいたかった。
 離れたくなくて、部屋においでと言った。でも、言葉とは裏腹に、好きな人を受け入れるだけの、自信が僕には無かった。
 つまらない男を想っているかもしれない。彼女を、彼女の心を、本当に僕の方に向けられるんだろうか。

 情けなかった。
 彼女のためなら、きっとなんだってできると思っていたのに。

 僕は、少しでも自分の部屋に帰る時間が延びるように、ゆっくりと歩いた。


 僕が一人で住むマンションに、詩鶴さんを招きいれた。
 まさか彼女が来るなんて思いもしなかったから、丁寧に掃除したわけでもない。
 男の一人暮らしだから、きっと彼女もわかってくれるだろう。
「汚なくてごめんね」
 僕はそう言ってから、いつも僕が座っているソファに彼女を座らせ、自分は床に腰を下ろした。
 長く歩いて、少し疲れていた。
 時計を見ると、もう9時を指している。

「あの、三川さん、お風呂はどうするの?」
「あ、ああ。入っていいよ」
 僕は浴室を教えようと立ち上がったが、詩鶴さんは立ち、そのまま固まっていた。
「どうしたの?」
「あの、着替えがなくて……」
 僕は、ああ、そうだと、ため息をついた。

 明日は月曜日。でもまだ夏休みだから大学へは行かなくていい。とりあえず明日着ていく服は心配しなくてもいいが、下着はどうしようもない。
「買ってくるよ」
 僕は玄関に向かった。
「待って、三川さん」
 詩鶴さんは慌てて僕を追って玄関まで走って来た。
「私も行く」
「さんざん歩いて疲れただろ。一人で行ってくる。悪いけど、コンビニで売ってるもので我慢してくれる?」
「それは、いいけど」
 詩鶴さんは、必死で僕の背中に声をかける。
「行きたい。私も行くっていうか、私が行く」

 僕は靴を履きながら、振り返って彼女を見た。
「どうし……」
 すると彼女は、僕を追い抜いて、外に出た。

 詩鶴さんは少し顔を赤くして、小さな声で訴えた。
「はずかしいよ」

 あ、そうか、と僕は今頃気がついた。
 疲れていたせいもあるが、気を遣うあまり空回りしていた。
 何人かの人と付き合ってきて、以前は同棲もしていたこともあって、正直、僕はそういうことに不感症になっていた。
 いつもなら、女性に対してそつなく行動する僕なのに、今は、というか、詩鶴さんに対しては、らしくなく、その繊細さに合わせる余裕がなかった。何を焦っているんだろう。

 僕らは一緒に買い物に行った。
 僕は手をつなぐかどうか迷い、その迷いが彼女にも伝わったのだろう。少し距離を置いて歩いた。
 買い物をしていても必要なものだけをカゴに放り込み、会話もなく、顔も見なかった。
 部屋に戻っても無言でテレビをつけた。
 あまりにもそっけ無い行動に、自分でも嫌になった。

 僕のTシャツとハーフ丈のジャージを手にして、詩鶴さんは浴室に行った。
 テレビは何かを発信していたが、僕の中には何も入ってはこなかった。新聞を開いたが、その文字は僕の目には映らなかった。
 機能がダウンしたように、僕というロボットは、床に寝転がった。
 シャワーの音が聞こえる。

 急にその音が止み、ドアを開け閉めする音が響いた。
 僕は急いで身体を起こし、さも関心深げにテレビの方を向いて座りなおした。
「お風呂、ありがとう」
 詩鶴さんが、僕の後ろに来てそう言った。
 僕は振り向かずに、背中でその温度を感じながら、うん、とだけ言った。

 僕はシャワーを浴びた後も、しばらく居間でテレビをつけてビールを飲んでいた。詩鶴さんのことを考えなかったわけじゃなかった。彼女には早く、寝て欲しかった。
 でも、彼女は、ソファに座って、一緒にテレビをみていた。時折、笑顔を見せながら。


 一つあくびをした彼女に、僕はベッドを勧めた。ベッドのある部屋に彼女を呼んだ。
「寝ていいよ」
 明りはつけていなかった。隣の居間の光が、少し入ってきて、彼女の顔を照らす。
「ううん。まだ平気」

 僕は、彼女の目を見つめた。
 眠そうなのは、あきらかだった。なんで我慢してんの?
 どうして?


 だめだ。


 化粧を落とした肌は優しいピンク色をしていて、触れるとマシュマロのように柔らかかった。


 ベッドのそばで、僕は彼女を引き寄せていた。





 抱きしめると、とても小さい。

 とても、はかない。





 8 に続く

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