good morning




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「はっぴぃ☆らっきぃ☆」

(12)

あたりを見回してみた。
人はたくさんいるのに、知っている人は、この人だけ。
私のとなりに立つ、菅野恵太さん。
美郷お姉ちゃんたちともはぐれ、恵太さんのカノジョである来海さんも消えてしまい、
この人混みの中、私たち二人だけが取り残された。
「どうする……?」
菅野さんが遠慮がちに尋ねた。
「帰りたい。」
私は強く菅野さんの手を引っ張った。
「すぐに帰りたいです。」
冷たい真冬の空気が、私の喉の奥まで染みとおった。
 
 
薄暗い立体駐車場の中で、菅野さんの車の助手席のシートベルトをしめた。
カチャリという音がしたら、もう、後は音がしなくなった。
菅野さんはエンジンをかけずに、シートに深く体を沈めたまま、前を見ていた。
私は、さっき菅野さんが買ってくれた缶コーヒーのプルタブを引いた。
熱い缶から、コーヒーの香りが車内に漂った。
「あのね。」
そう、菅野さんは切り出した。
優しい声だった。
「明日、一緒に東京へ帰ろうよ。」
菅野さんは、いつもの早口で、それだけ言った。
私はすぐには答えられなかった。
 
「来海さんも一緒に?」
 
菅野さんは一瞬だけ口ごもったが、すぐにこう続けた。
「じゃあ、便、変えよう。それか、明後日でもいいよ。」
「なんで、そんな……予定、変えてまで無理せんでも…」
「なんでって、さぁ……。言いようがないねん、そうとしか。」
菅野さんは相変わらず、前を見たままで、全く私の方を見ようとはしなかった。
「少しの時間でもええから、できるだけ長く一緒にいたい。」
「一緒に…」
リピートする私の声は小さくて、もしかしたら声になっていなかったかもしれない。
 
菅野さんはなぜか急にふっきれたように、明るい声で言った。
「東京に帰ってからも、会いたい。」
 
「会いたいねん。」
 
 
頭の中には来海さんの姿がちらついていた。
分かっているけれど、菅野さんの言葉は、涙が出そうなほど、嬉しかった。
フタマタでも、いいか。
それでも、いいかなぁ。
 
ありがとうって言いそうになってる私って、相当、あほなんやろうなぁ。
 
 
私はゆっくり頷いて、つぶやいた。
「また、会えるんや。」
 
私は腹を決めた。
泥沼でも何でもなってやる。
奪い取る女っていう悪女っぽいキャラとちゃうけど、そう言われたかて、
別にかまわんもん。
また、会える。
これきりじゃない。
そういう言葉が、すごく、私を勇気付けてくれるから。
 
菅野さんもコーヒーの缶を開け、コクリと一口飲んだ。
「今、好き、なんてゆうたら、頭、はたかれるよなぁ?」
「え?」
菅野さんはやっと私の方を見た。
照れて赤い顔をしているのが、薄暗がりでもわかる。
「せやから、今は、一緒にいたいとしか、言われへんねん。でも…」
ふっと菅野さんの顔が、近づいてきた。
私が飲んでいたのとは違う、苦いコーヒーの香りがした。
「好きや……」
私は、菅野さんの吐息を飲み込んだ。
 
わ。
 
呼吸が止まる。
 
キスするの?
 
 
 
するの?
 
 
 
 
 
 
 
 
バンバンバン!!!!
 
 
というものすごい音がして、私たちは体を一瞬でひねらせた。
運転席側の窓を、叩く子供の手が見えた。
「パパ!」
ウィンドウ越しに微かに聞こえる、あの声は間違いなく、穂波ちゃんだ。
 
し、心臓が止まるとは、このことやわっ!
もう、なんでこんなタイミングで〜〜〜〜!!!!!
 
にやにやしながら、美郷お姉ちゃんと椙矢が隣の車に乗り込んだ。
そう、来た時、確かに隣に駐車したわ。
忘れてた。
 
んっ、も〜〜〜〜!!
絶対車内温度5度くらい上がってる。めっちゃ熱い。顔が火照ってる!
菅野さんが、思わず運転席側のドアを開けた。
すると、穂波ちゃんが、きゃ〜という声と同時に、車の中に上がりこんできた。
「みちるちゃん、後ろ行って!」
「ええ?」
「穂波がパパの隣の席やの!」
「ええぇ〜?」
私は仕方なく、穂波ちゃんに助手席を明け渡した。
思わず心で舌打ち。
もしかしたら、強敵は、来海さんより、穂波ちゃんの方かもしれない。
 
 
私たちは美郷お姉ちゃんたちと一緒に、京都へ帰ることになった。
途中で私と穂波ちゃんとが、新谷酒店のバンに乗り換えた。
菅野さんは一人で、自宅へと帰っていった。
去って行く車のテールランプを見ていると、
もう二度と会えないような不安が、急に沸き起こった。
寂しさは、突然、恐れに変わるんだなと、初めて知った。
 
疲れたはずの一日。なのに、車の中でも、家に帰ってからも、眠ることはできなかった。
椙矢が相変わらず、こたつで酒を飲んでいるが、誰一人として相手をしてやらないでいる。
疲れすぎている私は、思わず、椙矢の隣に座って、彼の大きな体にもたれかかった。
「お? なんや?」
「ん? べつに。」
「飲むか?」
「飲んだら、眠れるかな。」
椙矢は日本酒を小さなグラスに注いでくれた。
「未散も酒の似合う女になったなぁ。」
「そんなん、まだ、なりたないわ。」
 
はぁー。
 
ため息をついたのは、私だけではなかった。
椙矢も同時にため息をついた。
私たちはお互いに顔を見合わせて、お互いの気持ちを察した。
「お前はがんばればええやろうが。変な女はおったけども。気にすんな。」
「椙矢こそ、さっさと言うたらええやん。プロポーズ…」
「あほかっ!」
そこへ、美郷お姉ちゃんが、みかんをもってやってきた。
「椙矢、いつまでもウチにおってええの? 大丈夫?」
「ん? お、おう。まだ家には誰もおらん。」
「そう。…あ、未散、あんた東京へいつ帰るんやったっけ?」
私は口ごもった。
「どうしたん?」
「いや、明日かもしれへんし、明後日かもしれへんし、もしかしたら7日かもしれへんし…」
「なによそれ。」
私がギューッと握り締めている、この携帯に聞いてくれ〜。
「それより、未散。」
美郷お姉ちゃんは、妙に母親のような顔をして言った。
「あんた、菅野さんでええの?」
「え?」
なんてことを言うのよ。
「フタマタなんでしょ? そんないい加減な男、やめとき。」
「菅野さんは、いい加減とちゃうもん。」
「あほやなあ。男は顔やないよ。中身よ。」
「菅野さんは、カッコだけの人と違うもん。絶対に。」
私が聞く耳を持たないでいると、美郷お姉ちゃんは、
椙矢と私をかわるがわる指差して言った。
「あんたら、ちょうどええやん。幼なじみやし。どう?」
 
「え?」
「ええ?」
 
もう、やめてよ、お姉ちゃん、信じられへんわ。
冗談は椙矢の顔だけでええのに…、と思いながら、椙矢の顔を見てみると、
椙矢は赤い顔をさらに赤くして、むっと黙り込んでいた。
「お似合いやと思うけど? 椙矢と未散。」
冷めた表情できっぱりと言う美郷お姉ちゃんに、私は、慌てて否定した。
「私は嫌やわ。菅野さん以外考えられませんから、今は。」
「俺は、どーでもええ。」
その椙矢の声は、今まで聞いたことがないくらい、不機嫌な怒鳴り声だった。
「どうしたん、椙矢。」
美郷お姉ちゃんが、びっくりして目を丸くしていた。
「俺は、どーでもええってゆうたんや!」
椙矢は真っ赤な目で美郷お姉ちゃんを睨みつけて、言った。
「美郷がそう言うんやったら、誰と結婚しても一緒や。」
美郷お姉ちゃんは、きょとんとしていた。
多分、気付いてへんのよねえ。椙矢の気持ち。
でも、椙矢が椙矢だけに、先に進まへんよ。ちゃんと告白したらええのに。
「結婚したくないのん?」
相変わらず、半分笑いながら、低い声で聞く美郷お姉ちゃんに、椙矢は必死で答えていた。
「したいよ。結婚願望は人の8倍くらいある。」
「じゃあ、したらええのに。店、継がなあかんの?」
「いや、そういう問題やないねん!」
あーあ。かわいそうな椙矢。
 
「なんでわかれへんねんっ!!」
 
椙矢の絶叫が部屋に響き渡ると、お祖母ちゃんやお母さんまで、居間に集まってきた。
「どないしたん? 椙矢くん。」
「酒、飲みすぎたらあかんで?」
「ちゃうねんっ! 酒とか関係ないねん!! オレはなあっ…!」
言いたいこと、わかるよ、椙矢。
言っちゃえ、言っちゃえ。
 
そのとき、私の手の中で、振動があった。
同時に音が聞こえ出したけれど、ワンフレーズも聞かずに、バッと開いて耳に当てた。
温かい携帯電話が、優しい声を運ぶ。
 
『未散ちゃん?』
「はい!」
 
 
「だから、…もう、…ずっと、好きやったんやからさぁ…。」
椙矢の声には泣きが入っていた。
 
 
『明日、10時に出発ロビーで、待ってるから。』
 
 
「ずっと好きって、誰を???」
「なんでわからへんねんっ!」
 
 
 
 
私は携帯に向かって深く頷いた。
「わかった。ありがとう。」
携帯を切って、顔を上げた私に、
なぜか、みんなの視線が集まった。
 
 
「ええ? そうなん? やっぱり、未散やったん?」
美郷お姉ちゃんが、素っ頓狂な声を上げた。
「わかった、ありがとうって。あら〜。適当に椙矢とひっついたらって言うてみたけど、なんや、相思相愛やったん?? もう、ちゃんと言うてよ〜」
 
 
 
 
 
ええ?
なんでそうなるの?
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