good morning




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「はっぴぃ☆らっきぃ☆」

(14)

私はくるりと踵を返すと、菅野さんから遠く離れようと小走りに引き返した。
けれど、バッグの中の携帯が鳴り出して、私は仕方なく立ち止まった。
着信は、菅野恵太。
私は振り向いた。
菅野さんが、立ち上がり、携帯を耳にして、私の方を見ていた。
自分の手が勝手に、携帯を耳元へとあてがった。
『来てくれたんやなぁ。』
菅野さんの声が聞こえた。
私は、菅野さんの声を聞くと、もう、そこから逃げ出すことができなかった。
表情まではよく見えない菅野さんを、私は黙って見つめた。
『嫌われたんやと、思って…』
菅野さんの小さな声がぽつぽつと聞こえてくる。
『めっちゃショックやった……』
 
ごめんね、菅野さん。
そんなに落ち込まないでよ。
私は菅野さんのこと、嫌ってなんかいないよ。
好きすぎちゃって、困ってるんだ。
自分のこと、コントロールできなくなりそうでさ。
 
『でも、会えてよかった。』
私は菅野さんの言葉が聞こえてくるのに、何一つ、言葉を返さなかった。
『…なぁ、この便で、一緒に東京へ戻らん?』
なんて言っていいかわからない。
菅野さんのとなりに、ゆっくりと寄り添う影が見えた。
来海さんが、菅野さんの肩に手を置いて、私を見ている。
まるで、菅野さんの携帯から、私の声を聞こうとしているみたいだ。
菅野さんは慌てて、来海さんから離れ、携帯をたたんだ。
そして、
私の元に駆け寄った。
 
 
菅野さんは、私のそばにやってくるやいなや、こう言った。
「オレに言いたいことあるんやったら、言って。」
菅野さんは優しい顔だった。
「来てくれたんは、言いたいことあるからやろ? はっきり言ってくれてええよ。」
私は、菅野さんの向こうに小さく見える、来海さんの姿をチラっと見た。
「来海のこと、気にしてるよなあ」
私は、そう言う菅野さんの目を見た。
私が何も言わなくても、菅野さんは、一人で話してる。
ちょっと焦ってる感じも、見て取れる。
 
そんなに頑張らんでもええんよ。
無理せんといて。
答えって、簡単に出るもんと違うもん、ね。
 
「オレね……。」
菅野さんは苦笑する。
「自分でもおかしいと思うけど、めっちゃ、焦ってるっていうか、崖っぷちにいるみたいにビビってるっていうか…。」
情けなく瞳を閉じた菅野さんは、今まで見た中で、一番親しみを感じた。
「会えんようになるのが、こわい。そうならんために、できるだけのことはしたい。なんでも言って。オレにできることやったら、なんでもするから。」
菅野さん…。
何か言わなくちゃ、菅野さんがかわいそうだ。
わかってるけど、言えない…。
「来海は、同じ会社の同僚で、2年前くらいから付き合ってた。でも、最近はすれ違いが多くて…。言い訳っぽいけど、本当の話、そろそろきちんと別れ話せんとあかんと思ってた。」
菅野さんは顔を上げて、私に微笑んだ。
「さっき、ロビーで待ってる間、言うたよ。別れ話、した。そしたらさ、…ちょうど良かったって言われたよ。どうも、オレは振られたらしいわ…。」
私は再度、来海さんを見た。
私と目が合うと、彼女はタバコを吸いながら、荷物を持って、ロビーを出て行った。
搭乗ゲートへ向かったらしい。
「カッコ悪い男やけど、カッコ悪いついでに、もう一言。」
菅野さんは私の前に手を差し出した。
「…オレと付き合ってください。」
私は、その、触れればきっと暖かいだろう彼の掌を見ながら、
喉元から先へと出てこない言葉を、捜し続けた。
「あかん?」
私はうつむいた。
「あかんかな?」
菅野さんは、何度も私の顔を覗き込んで聞いた。
「なんで…」
私は顔を隠すように下を向いたまま、やっと言葉を漏らした。
「急にそんなこと……。」
菅野さんは、まだ手を差し出したまま、言った。
「急にとちゃうよ。最初に、この空港で会ったときから、まさかと思ったけど、胸が変な感じで…、一目ぼれかもしれんって……、恥ずかしいけど…。」
そんなことってあるんかな。
話がうますぎない? ほんとかな。
うそかな。
うそだったら嬉しいな。
だって、うそついてくれるほど、引き止めたいって思ってくれるんでしょう?
それって、嬉しいよ。
菅野さんはそっと、差し出した手を引っ込めた。
「こういうの、どうかな。」
菅野さんはあのオレンジ色の携帯を取り出して、私の前に差し出した。
 
「携帯、預けるよ。」
 
私はびっくりした。
でも、菅野さんは気にも留めず、鞄の中から充電器やイヤホンなどを取り出して、
私の手に携帯と一緒に握らそうとする。
「電話帳に500件ほど、知り合いの番号が入ってる。当然、一つも番号なんか覚えてない。でも、未散ちゃんの番号だけは頭にあるから、オレはそれだけでいい。」
「そんな、冗談でしょ?」
「いや。誰からかかってきても、放っといていいし、出たかったら出てもいいよ。ずっと電源オフにしててもええし。履歴とか調べたかったら調べてもええよ。おもいっきり、電話かけたり、ダウンロードしまくってもええし。」
菅野さんは笑った。
「それが、証。オレの気持ち。時間は短かったけど、それくらい、信用してる。それくらい、オレのことも信じて欲しい。」
 
菅野さん。
アナウンスが流れてる。
東京行きに乗る人は、もう、行かなくちゃ。
「私…、菅野さんと、一緒に東京へは戻りません…。」
私はオレンジ色の携帯を菅野さんに、返そうとした。
しかし、菅野さんは受け取らなかった。
「なんでか、理由、教えてくれる?」
私は、菅野さんの携帯をぎゅっと握り締めたまま、言った。
「自分の気持ちが、まだ、信じられへんし。だって、時間が短すぎて…それやのに、こんなに、こんなに…周りのことが見えないような状態って、こわいもん…。」
菅野さんは、黙って聞いていてくれた。
「ちょっと、離れて、気持ちを確かめたいから。」
 
「わかった。オレ、いつまででも、待ってるわ。」
菅野さんは携帯を私に預けたまま、私に背中を向けた。
「新たに携帯買う気無いから、壊したりだけはせんといてや。」
そんなふうに言って、笑って、立ち去った。
 
ごめんね、菅野さん。
本当は、心のどこかで、菅野さんのこと信じられなかったのかも知れない。
傷付きたくなかったんだと思う。
ずるいかな。
自分のことばっかり考えて、ずるいよね。
菅野さんのこと、試してるみたいで、酷いよね。
 
私は美郷お姉ちゃんと椙矢があんなに簡単に結婚を考えられるのは、
やっぱり、積み重ねてきた時間のおかげだと思う。
時間って、やっぱり大切だと思うんだぁ。
タイミングっていうのも、大切なのかも知れないけど、信頼を感じてから、好きになりたい。
そう思うんだ。
 
毎日会いたい、そんな気持ちが、
単なる熱病でないことを祈って……。
 
 
そうして、私は予定通りの七日、東京へ帰った。
 
 
菅野さんからは、一度も連絡は無かった。
 
菅野さんの携帯は、毎日ジャンジャン鳴ってたから、マナーモードにしておいた。
時々、誰からかかってきたのか、見てみたら、
いつも仕事のメールとか、男友達の誘いだとか、
たまに女の子の名前の履歴が残ってるけど、しつこくかかってくることも無かった。
 
菅野さんは、携帯を持たずに、苦労してるだろうな。
どうして、こんなこと、したんだろう。
 
 
 
私から、
菅野さんを捕まえることも、できないよ。
 
 
 
東京の部屋で、私は、胸の奥がギューッと痛くなるのを感じていた。
 
もしかして、
 
もう、会えないの?
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