good morning




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「はっぴぃ☆らっきぃ☆」

(15)

自分で決めた結論。
離れて気持ちを確かめたい。
 
東京に帰ってきてから、半月がたった。
毎日のように、私は菅野さんのことを考えていた。
もう、菅野さんの携帯の電源は切ってしまおうか、と何度も思った。
そのオレンジの携帯が低い音を出して震えるたびに、どうしようもなく落ち込む。
でも、切れなかった。
どんなつながりでも、残しておきたい。
もしかしたら、菅野さんが自分の携帯にかけてくるかもしれないから。
 
待っていることが、こんなに辛いなんて、初めて知った。
 
辛いっていうことは、
多分、いや、間違いなく、
会いたいってことだ。
 
私は、自分の携帯から目を離せなくなっていた。
まるで、お守りのように、抱きしめる。
どうか、菅野さんから、連絡がありますように。
 
 
2月になった。
今日は菅野さんの携帯が、ひっきりなしに着信している。
毎日のようにアルバイトをして、気分をごまかしていた私だったが、
今日は日曜日だというのに、珍しく休みだった。
起きる気力がなくて昼近くなってもまだベッドの中だったが、
鞄の中で低くうなっている菅野さんの携帯を、ようやく取り出そうと起き上がった。
見ると、着信履歴は、篤子、となっていた。
あ、篤子さんだ。
10回ほど、着信履歴が残っている。
何か、菅野さんに急ぎの用事だろうか。
見ると、篤子さんからメールも入っている。
私は、そのメールの件名を見て驚いた。
 
「未散さんへ」
 
中身を読む。
『このメールを読んだら、恵兄と連絡を取ってください。
 恵兄の東京の部屋の電話番号を教えます。』
 
私が、電話をするの?
電話して、いいのかな。
菅野さんからの連絡を、待ってなくて、いいのかな。
でも、声が聞けるんだ。
一月ぶりに、話ができるんだ。
 
急に体温が上がったような気がした。頭に血が上っている。顔も火照っている。
心臓は早くなるし、大きな音を響かせる。
自分の携帯を握り締めて、03から始まる番号を入力する。
発信して、耳に当てるときには、上手く呼吸もできないくらいだった。
 
呼び出し音が鳴ると、妙な恐怖感が湧き上がった。
5回コールの後、
繋がった。
 
 
 
『……』
3秒ほどの沈黙があった。
『…はい。』
男性の低い声。でも、あの優しい菅野さんの声とはちがうような。
ひどくけだるい声。
 
「……菅野さんのお宅ですか? 遠藤と、申します…。」
また、数秒の沈黙があった。
『……未散ちゃん?』
かすれた声がした。
「うん…。菅野さん?」
『…うん……。……びっくりした…。』
途切れ途切れの会話。
一言発する前に、短く息を吸う、沈黙が伝わる。
『…どうして、ここの番号がわかったの?』
「…篤子さんが…。」
『……そっか……。心配してくれたんだな、あいつ……。で、話したの?篤子と。』
「ううん。メールを見たの。連絡を取ってほしいって……。」
『そう……』
電話の向こうの声が少し柔らかくなったと思うと、菅野さんは急に笑い出した。
『あはは、ごめん、寝起きなんだ…。頭、回ってねーや。』
あ。
関西弁は出てこないけど、いつもの菅野さんだ。
 
 
『昨日も土曜だってのに、夜中まで仕事してたんだよ。連日残業でさー。 あー、こんな話どうだっていいよな。せっかく、未散ちゃんと話ができたのに…。』
「いいよー。」
グチだって、なんだっていいよ。2時間でも3時間でも聞いていたい。
 
すっごく、幸せだあ。
 
菅野さんの話が止まった。
また、数秒の沈黙が流れる。
姿が見えない分、そして、表情が分からない分、何を考えているか、すごく不安になる。
「菅野さん?」
『ん?』
私は思い切って言ってみた。
「会って。会ってください。」
 
けれど、また、黙り込む菅野さん。
「菅野さん。」
私は、怖くなって、名前を何度も呼んでいた。
「菅野さん?」
『…ん。会う?』
「うん。会いたい。」
 
『…オレも、会いたいよ。』
優しい声に、胸が痛くなる。
『でも…』
でも、なんて言わないでよ。
会おうよ、ね、会いたいよ。菅野さん。
『今月決算なんだけどね、決算が済んだら、オレ、福岡へ転勤なんだ。』
 
『年明けすぐに辞令が出て…。それで、もう、未散ちゃんには連絡しない方がいいなあって思ってた。…会ったりしたら、辛いしさ。』
 
『未散ちゃん?』
今度は菅野さんが私の名前を呼ぶ。
私は呆然としていた。
え?
終わりってことなのかな。
 
『未散ちゃん…。』
なんで私は、ばかみたいに、じっと待ってたりしたんだろう。
その気になったら、携帯の電話帳から、大阪の自宅を調べたり、なんとかして、菅野さんと連絡を取ることはできたはずなのに。
ばかだ。
『未散ちゃん。』
ばかだった。
ほんのちょっとの時間でも、一緒にいたかったのに。
 
『ごめんね、勝手に決めて、連絡しないで…。』
 
ラッキーな偶然の出会いで、私はいい気になってたかもしれない。
タイミングって、本当に大事だったんだね。
いい気になって、大切な時間を、私は逃してしまったのかな。
もう、取り返せない?
幸せは、もう、どっかに行っちゃったんですか?
 
『ずっと、未散ちゃんに会いたいと思ってた。……会いたくて、しょうがなかったよ。』
 
菅野さんの心地よい、優しい声を聞いていると、
知らないうちに、なんだかあったかいものが、頬を伝った。
「菅野さん…」
あ、恥ずかしい。私の声、震えてるよ。
「会うと辛いのはわかってます。でも、それでも、お願いです。会ってください。」
『…未散ちゃん…』
「お願いです。このまま、会えないなんて、嫌です。」
 
菅野さんは静かに言った。
『携帯のおもり、今まで有難う。携帯、引き取りにいくよ。』
菅野さんは、私の家の近くの駅まで、来てくれると言った。
 
 
 
 
駅の改札を通ってきた菅野さんは、なんだか少し感じが違って見えた。
痩せたのかな。疲れてるのかな。
菅野さんは、私を見つけて歩み寄ってきて、言った。
「痩せたね。」
私はそんなことないよと言った。
お互いに、時間の経過を感じてたみたいだった。
「どっかでお茶でも…」
菅野さんは辺りを見回した。
「ウチに来て。一生懸命、片付けてきたよ。」
でも、菅野さんは私の声など聞こえていなかったように、私の手を取って強引に近くの喫茶店に入った。
 
「来海が急に退職してさ、なんでかと思ったら、留兄がいる店に、通ってるらしいんだ。あんなに嫌ってた大阪にいるんだぜ。あいつの行動力には感服するよ。もともと、思い立ったら即行動するやつだったけどさ。ああ、そうそう、オヤジはあれから順調で、週一で病院に通う程度で済んでる。」
菅野さんは楽しげに話していた。
なんのわだかまりも無い、普通の友達みたいに、
微笑んで。
 
私は菅野さんの笑顔を見るだけで、なんだか、安心できた。
今日でおしまいなのに、へんだなあ。
喫茶店はエアコンがきいて、とても暖かだった。
紅茶を飲みながら菅野さんの楽しげな話を聞いていると、このまま、今日という日は終わらないような気さえした。
 
人生ってきっとうまくできていて、
楽しいことや幸せなことばっかり続くわけじゃない。
悲しいことや辛いことだって、乗り越えなくちゃならない。
始まりがあれば、終わりだってある。
出会いがあれば……。
 
だけど、無理やり消去しなくったっていいはず。
3月からは、菅野さんは福岡で新しい生活を送る。
私は、東京で菅野さんを応援してればいい。
そして、いつか、自然に忘れられる日が来るまで…。
 
そんなことを頭で考えていると、菅野さんの声が止まった。
私は顔を上げた。
それまで、自分がうつむいていたことに、初めて気付いた。
「つまんないよな。ごめん。」
苦笑いしている菅野さんに、私は必死で微笑もうとして、口元を歪ませた。
「そんなこと、ない、菅野さん、菅野さんは、いい人だから…、あの…」
菅野さんは、目を細めて私を見ていた。

優しいし、一生懸命話してくれて、えっと・・・」
勝手にぽたぽたと落ちるものが、ひざの上に置いた私の手の甲ではじけ飛んだけれど、私は続けなくちゃいけない。
「聞いてるだけで安心するし、こうして顔を見れて嬉しかった…。嬉しくって…えっと、感動してるって感じかなあ…。」
情け無い笑顔をさらしてるんだろうなあ。
だって、こんなに好きになったのは、初めてで、こんなに急に別れが来るのも、初めてで。
すみません、心の鍛錬が足りないんです。恋愛経験不足なんです。
申し訳ありません……。
 
号泣してしまう前に、私は菅野さんの携帯をテーブルに置き、店を出た。
 
 
最悪の日曜日。
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