good morning




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「はっぴぃ☆らっきぃ☆」

(2)

そう、ここはタクシーの中。
私、遠藤未散と、空港で偶然出会ったこのヒトは、菅野恵太さん。
タクシーの後部座席で、一緒に座っている。
私も彼も他の帰省の乗客たちと違って、小荷物だけで大阪へやってきた。
単身。実家にはなんだってある。そういう状況は一緒みたい。
 
「あのさ、ほんと突然で申し訳ないんだけど。」
彼はそう言ってメモ帳を取り出した。
「実家の父親が心筋梗塞で危篤らしくって、前から心臓が弱いって言われててね
「多分助からないと思うんだ。それで…」
彼は私に横顔を見せたままで、説明を続けた。
「ずっと嫁の顔が見たいって言ってた人なんで、できたら死ぬ前に、嫁さんに会わせて
 やりたくて。つまりね、その…、今日だけ嫁さんのフリをして欲しくって…
 あ、もちろん、お礼はします。っていうか、君のお願いってなんだっけ?
 えっと、そのまえに、名前と年とかちょっと聞いておきたくて…」
能面のように表情を変えずに早口で言う菅野さんは、ぼーっとしている私とは大違いで、
かなり頭がよさそうだ。
頭が良い人でも、父親が危篤だという一報を受けると、偽の嫁を連れて行こうなんて、
安易な考えを起こすものなんだなあ。
「遠藤未散です。21歳。実家は京都で、東京の大学に通ってます。」
「え。21? そっか。落ち着いてるからもう少し上かと思った…。あ、オレは24で
 実家は大阪。東京の大学出て、そのまま東京で東和食品っていう食品会社に入社して2年目。
 今から、病院に行くけど、ちょっと病室のオヤジに顔だけ見せてくれたら、
 すぐ家まで送り届けるから。ごめんね、へんなお願いして。
 あー、でも本当はこんな風に男の言うままについてきちゃダメだよ? 危ないよ?
 でも、オレはそんなつもりは全然無いから。絶対安心してよ。」
うーん、見事な早口。言葉を挟む隙が無いわ。
「えっと、それで、21歳で大学生。名前はえんどうみちるさん、と。」
菅野さんはメモを取っていた。
ふと顔を上げて私を見た。
「そっちのお願いって?」
「お願いは…。そのお…、言いづらいんですけどお…。実は、私の…」
私は菅野さんに見つめられて、思わずうつむいて声が小さくなっていった。
「なに?」
「カレシになってください。」
「え?」
「カレシになってください。」
「ど、どういう理由で?」
「理由ですか…? それは、いつも実家に帰るとお見合いばっかりで、たまんないからです。」
「ああ、それならいいよ。お互い親には苦労するよね。帰省している間、恋人のフリをすれば
 親を納得させられるって言うんでしょ? わかるわかる。そんじゃ、オレの携帯の番号とか
 一応教えといた方がいいよね、それで、やっぱ顔を出した方がいいんだよね。
 今晩、病院の後でご実家に一緒に行けばいいね。」
さすがに物分りが早いというか。
でも、できれば本当のカレシになって欲しいんですが。
欲しいんですがーーー。
この雰囲気では言えない。危篤の父のために病院に向かっている人ですもんねえ。
 
菅野さんは病院につくと走って病室へと向かった。私は後を追うのに必死だった。
ちょうど菅野さんが病室に辿り着く寸前、病室からぬっと顔を出したのは、
真っ赤な洋服に身を包んだ、60歳は近いんじゃないのと思われる女性だった。
「おばさん!」
菅野さんが叫んだ。
「けいたー。」
ああ、さっきの電話の相手だわ…。その声の大きさとしゃべりかたは間違いない。
「おとんは? 意識ある?」
必死で話す菅野さん。…おとんって。しょうがないか、大阪人だもんね。そういう私も、そろそろ
標準語をしゃべるのは限界かも。自然に関西弁にスイッチが切り替わりそう…。
「けいたー、遅かったわー。」
「えっ…」
菅野さんはおばさんの前で立ち尽くしていた。
私も彼に追いつく。自然に叔母さんが横目で鋭く私を見る。
「遅かったねえ、けいたー。…あんたのおとうさん…、」
おばさんは菅野さんがうつむくと私の顔をまじまじと見ながら言った。
「峠を越えてもうたで。」
「はい?」
私はおばさんの顔を見て、思わず聞き返した。
菅野さんが顔をあげた。
「峠を越えた?」
「そうそう。せっかくやったら危篤状態のときに、こうやって会いに飛び込んできたかったやろ?」
おばさんはにやりと笑った。
「今、目ぇ覚ましてて、めっちゃ元気やで。」
「うそやん。まじで?」
菅野さんは一人で病室に入って行った。私はどうしていいかわからず、おばさんの前で立っていた。
「あんた、恵太の彼女かいな?」
「あ、あ、あの、えっと、あー…」
こういう状況ならば、私って彼女の役をする必要あるんだろうか。
どう答えればいい?
「なんやねんな。ヘンな子やなあ。」
「あ、はい。」
「そうか、彼女かあ。」
「え?」
いや、私はヘンな子やと言われたから「はい」と答えたんですってば。
「ほら、一緒に行き。」
おばさんは私の背を押し、病室へと送り込んだ。
 
そこは個室で…。
 
20人前後の人々がいっせいに私を見た。
ベッドの上には、普通の顔をした、おじさんが座っていた。
とても危篤状態だったとは思えないくらい、普通の顔色だった。
「誰や、恵太。」
ベッドの上の菅野さんのお父さんが大声でつぶやく。大声はこの一家の特徴なのかしら…。
「あ、ああ。彼女は…。」
 
 
待てよ。
私は心の中でよからぬことを考え始めた。
 
 
今ここで彼女だと認知させてしまえば、無理やり恋人に昇格することもアリかな?
 
周りから固めるっていう戦法があるよなあ。
フフフ。
 
 
「私、遠藤未散です。恵太さんとお付き合いしてますっ!」
 
 
 
 
 
回りの親戚と思われる人たち、菅野さんを冷やかすようにつつき始めた。
菅野さんは呆然と私の顔を見ていた。
 
菅野さんのお父さんが嬉しそうに笑った。
「そーか、恵太、やっと嫁を連れてきたんか。」
 
 
菅野さんが私のそばに早足でやってきて、小声でつぶやいた。
「遠藤さん、オレの方のお願いやねんけど、あのぉ、状況が変わったんで…」
私はそう言う菅野さんの顔を上目遣いで見たまま、
「でも、後で別れましたってことにすればいいじゃないですか。この場は一応最初の打ち合わせどおりで、やっときましょうよ。」
と、ちょっと小悪魔ちっくに迫ってみた。
あんまり誰にも効かない私の上目遣い光線だけど、菅野さんはよほどいい人らしい。
ちょっととまどってから、父親の方に向き直った。
「今東京で付き合ってる、遠藤さんや…」
 
私は深々と頭を下げて、いいお嫁さんになりそうな女性を演じてみた。
 
 
うふふ。
これで上手くすれば、菅野恵太ゲット。ってなことにならないかなあ。
東京で、サラリーマンの妻。
ああ、私の理想の未来像だわ。
あの豆腐屋を継ぐために適当な誰かと結婚させられることを思えば、
これ以上無いほど、ハッピーな未来。
 
 
 
菅野さんのお父さんが口を開いた。
「うちの風呂屋もワシが動かれへんし、お母さんだけやったらしんどいからなあ。よかった、店、手伝うてくれる嫁が見つかって。」
黙って、ゆっくりうなずく菅野さん。
 
風呂屋って?
 
嫁って、何?
大阪で風呂屋の番台に座ったり、タワシでゴシゴシ風呂場を洗う人のことなの?
ええ?
 
 
「今日は今から彼女の家にも行くから、また後で。」
「なんや、こっちの人なんや。それはええわ。東京の人より関西の人のほうが扱いやすいしなあ。」
そんな風に、真っ赤なニットにおなかの肉をくいこませたおばさんが言った。
ちょっと待ってよ。
なんか計算が狂ってきたような…。
 
菅野さんが私の肩をそっと抱くようにして、病室から外へと連れ出してくれた。
「ありがとう。さ、遠藤さんの家に行こか。」
私は菅野さんの顔を見続けた。
 
……。
だ、大丈夫よねえ。
わたし、まずいこと言っちゃった????

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