good morning




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「はっぴぃ☆らっきぃ☆」

(3)

ウチ、遠藤家はそう、たいして大きな家でも無いし、間口も狭いただの豆腐屋。
だけど、一応お得意さんを抱えて、今年の秋口までは母が一人で頑張っていた。
一昨年父が亡くなり、その後は母が一人でなんとか店を続けてきたのだ。
 
そんな小さな豆腐屋の前で、菅野恵太さんは少しじっと立っていた。
店の全体を見つめるようにしている。
なぜだろう。
 
「菅野さん?」
「うん?」
「入りづらい?」
行灯の消えた小さな間口は、古い木の小さな扉でふさがれている。
背の低い私とは違い、彼が入るには小さすぎるなあと思った。
それも、ちょっと夢に描いた光景だわ。
素敵な彼が、この小さな玄関をくぐって私に会いに来る。きゃ〜〜。
 
にたにた笑っていた私の顔を振り返ると、菅野さんはちょっと驚いて言葉をなくしていた。
 
「入ってください。母とその他約3名が待ってます。」
私は慌てて言葉を継いだ。
「ああ、お姉さんとお祖母さんと姪っこもいるんやな。」
「女ばっかです。」
いままで能面のような表情で、クールなイメージの菅野さん、結構、顔が赤いんだけど、
ちょっと意外。
「う〜〜、緊張する〜〜。」
「なんで、緊張するんですか?」
「いや、こういうの、いつかはせんとあかんことやと思うし、なんかどきどきするやんか。それに…」
「それに…?」
私は菅野さんの赤い顔を確認するように、彼の前に回って顔を見上げた。
菅野さんは半分口を開いたが、はっきりわかるくらい赤面し、何度も瞬きをして動揺していた。
「いや、なんもない…。」
 
なんやろう、あの態度。
もしかして、私にちょっと好意、感じ始めてたりして…? きゃ〜〜〜。
 
ありえへんわ。
さっき初めて会ったばっかやし。
 
 
 
木戸を開けると、いつもなら、あの蒸した大豆のにおいが充満していたり、熱気が感じられたり、
出来上がった豆腐をつける水の冷気を感じたり、おあげさんを揚げる油のにおいがしたり、
はじける音がしたり…。
でも、今夜は開けても、そんな情景はなかった。
足元の土間も、乾いている。
 
ほのかな温かみが、奥の部屋から伝わってくる。
みんなが部屋に集まって、テレビを見てるんやな。
お母さんが腰を悪くしてから、店は休んだまま。
お祖母ちゃんも、お姉ちゃんも、お母さんの跡を継げない。
お姉ちゃんのお婿さんが、豆腐屋の厳しさに逃げ出してから、小さい穂波ちゃん抱えて、
お姉ちゃんは大変やもんね。
お祖母ちゃんの介護も必要なんやし。
動ける人、誰もいない。
 
私の後について、菅野さんが木戸をくぐった。
暗い小さな作業場を見回しながら、菅野さんは黙っていた。
何を考えてるんやろうなあ。
こんなとこに婿に来るやつなんか、おらへん、とか思ってるんかなあ。
 
「ただいま〜。」
私が声を出すと、奥の部屋の襖が開いた。
「あ、未散、お帰りー。」
美郷(みさと)お姉ちゃんの、いつもながらの低い声。迫力あるなあ。
「うん。今日はお客さん、連れてきてんけどー…。」
「へえ?」
お姉ちゃんは驚いた様子で、襖を全開にして、廊下へ出てきた。
一段低い土間続きを歩いてきた私たちは、その廊下が玄関がわりで、土間に靴を脱ぎ、
廊下に上がる。
「なんでこんな店の出入口から来るんや。向こうの玄関から連れておいでや。」
お姉ちゃんはそれだけ言うと、慌てて部屋に引っ込んだ。
私が男性を、つまりカレシを連れてきたってことが、青天の霹靂(せいてんのへきれき)くらいの
大事だったんやろうなあ。
家の中にものすごい緊張感が流れて、誰も一言も発さなくなっていた。
 
8畳間に大人が5人、コタツを囲んでなんとか入り込んだ。
 
 
 
みんな顔を引きつらせて笑っている。
 
 
「えっと、菅野恵太さんですぅ。」
私が、菅野さんを指して紹介すると、みんな何も言わずに大きくうなずいた。
穂波ちゃんだけが、珍しそうに、菅野さんの後ろからじゃれ付いていた。
菅野さんは、小さな声で
「こっちくる?」
と言って穂波ちゃんを自分の胡坐(あぐら)の上に乗せた。
穂波ちゃんは、軽々と抱き上げられて、妙に嬉しそうに菅野さんの足の上に納まっていた。
その姿を見ていたお姉ちゃんは、なんだかとても嬉しそうな表情を浮かべていた。
 
「東京の人?」
お母さんが口を開いた。
「うん…。東京で…。」
ウソはヘタくそで、家族にはすぐ見破られる私は、声が小さくなってきた。
「へえ、東京の人やのん…。」
お姉ちゃんが低い声を発した。
 
ウソとちゃうか?って、威嚇されてるんかな。
お姉ちゃんは背も高いし、声は野太いし、お父さんそっくり。
やっぱり、なんか怖いなあ。
いまさらやけど、こんな無謀な計画、立てるんやなかったなあ。
なんだか、説明せんと!って思うと、うまく言われへん〜〜。
 
「東京で知り合ったんですけど、僕も実家は大阪で。一緒に帰ってきたんですよ。」
菅野さんが助け舟を出してくれた。
「あ〜、そうなん〜。大阪の人? ほんまにぃ〜。」
やけにお姉ちゃんが嬉しそうやなあ。なんでやねん。
「穂波、お兄ちゃんにじゃれついたらあかんえ。」
「いや、いいっすよ。子供,、好きやし…」
ますます、お姉ちゃん、嬉しそうやわ。
嫌な予感…。
 
 
昔っから…。
 
 
そう、昔っから、人のものを欲しがる性格やからねえ。
っていうか、姉妹で好きなタイプが似すぎてるんよ。
 
 
きっと、お姉ちゃん、菅野さんのこと、嫌いじゃないはずやわ。
 
お姉ちゃんが、菅野さんに向かって言った。
「未散のどこがよかったん?」
 
おっ、大きなお世話やわっ!!!
毎回カレシに同じ質問すんの、やめてくれる〜〜〜!!
「お姉ちゃん!!!!」
私は思わず、立ち上がった。
お姉ちゃんはにやにや笑っていた。
「未散、まあ、そう恥ずかしがらんでもええやん。」
菅野さんは、困ったように私を見た。
「あ…、優しいですし、素直だし、かわいらしかったんで…。」
なんか、究極に恥ずかしい。
きっと、菅野さん、めっちゃ想像して、答えてはるわ〜〜〜。
私は手を握り締めて、恥ずかしさに震えていた。
そんな私を見て、そして、菅野さんを見て、お姉ちゃんはまた質問した。
「付き合って長いん?」
「いえ、まだ浅いです。」
そこだけは、即答するんやね、菅野さん。
 
「あー、そうなん。」
そう言うお姉ちゃんは、なんで、そんなに嬉しそうなんよー!
穂波ちゃんが、菅野さんに無邪気にじゃれ付いて、言った。
「穂波、こんなパパ欲しいー。」
 
 
 
げっ。
 
 
私の思い過ごしやろうか。
お祖母ちゃんも、お母さんも、もちろんお姉ちゃんも、
なんか、ほほえましい顔になってる〜〜〜〜。
 
 
おいおいっ!!
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