good morning




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「はっぴぃ☆らっきぃ☆」

(4)

菅野恵太さんが立ち上がった。
「それじゃ、今夜はそろそろ帰ります。」
「ええ? ゆっくりしていきはったらええんに。もう帰りはんの?」
足腰が弱って一人では立てないお祖母ちゃんが、そう言って立ち上がろうとした。
美郷(みさと)お姉ちゃんが慌ててお祖母ちゃんを支えに動いた。
「あ、どうぞお構いなく。ここで。」
菅野さんは、お祖母ちゃんやお母さんにお辞儀をして、二人の見送りを遠慮した。
「うちが駅まで送るから。」
私が急いでコートを着ると、菅野さんは私にも軽く手を振って、
「ええよ。一人で帰れる。まっすぐ行ったら、どっか大通りに突き当たるやろ?」
と言って廊下へ出た。
 
穂波ちゃんが寂しそうな目で菅野さんの服を引っ張っていた。
「穂波ちゃん…。バイバイ、またね。」
菅野さんは穂波ちゃんを一度軽く抱っこしてから、下におろした。
美郷お姉ちゃんが言った。
「また来てよ? お正月にでも。」
菅野さんは黙って笑っていた。
 
私は菅野さんより先に靴を履くと、土間を走って外へ出た。
私の後から土間に下りた菅野さんが、まだ丁寧に家族にお辞儀をしていた。
豆腐屋の小さな看板の側で、暗い路地の中、私が立っていると、
ゆっくりと菅野さんが木戸をくぐって出てきた。
彼は手に持ったコートをひらりと羽織った。
私はぼーっと見とれていた。
 
菅野さんは木戸を閉めると、ほっとした顔で私を見た。
「もう暗いから危ないし、ここでええよ。」
私は首を横に振った。
「いいんです。だっていつも家に来てくれたカレシを駅まで見送ってたから、
 今回だけ見送りしいひんかったら、変に思われるし。」
「そう?」
 
私は菅野さんと並んで歩き出した。
「あー、なんとかごまかせたなあ。」
そう言って笑う菅野さんのことを、なぜか、今日会ったばかりの人とは思えない。
すごく礼儀正しいし、優しい。
好きやなあ、こういう人。
顔がどうこうとか言うより、雰囲気が好きやな。
「穂波に、めっちゃ気に入られてましたね。」
「ああ、穂波ちゃん。めちゃめちゃかわいいなあ。思わず、連れて帰りたぁなった。」
目じりにできる皺が、なんだか人の良さを語ってる気がする。
「オレな、子供好きやねんけど、今付き合ってるカノジョが、子供嫌いでさ…」
 
今付き合ってるカノジョ…。
ああ、当たり前か。
カノジョくらいいるよなあ…。
 
「東京の子やから、大阪にも絶対行くの嫌やって言うし…。
 ほんまやったら、親にも紹介したいんやけど…。」
「残念ですね…」
私は上の空のまま、そう答えた。
「うん。風呂屋の息子やって言うたから、絶対に結婚とか拒否されそうや。」
「やっぱり、そんなもんでしょうか…」
澄んだ空に輝く月が、よりいっそう空気を冷たくしているような気がした。
「その点遠藤さんみたいな人やったら、家を継ぐことの大変さとかわかってくれるし、
 こうやって本音で話できるから、ええわ。カッコつけんでええしなあ。」
「本音で話してくれてるなんて、嬉しいです。」
 
「豆腐屋、また再開できるとええのにな。オレ、ああいう雰囲気好きや。懐かしい気がする。」
「ありがとう…」
 
私は駅で手を振って、菅野さんを見送った。
すごく、
なんかすごく、辛かった。
 
 
家に帰ると、美郷お姉ちゃんが、目をキラキラさせて私を待ち構えていた。
「どこであんなええ人見つけたん!」
言うと思った。
「礼儀正しいし、子供にも優しいし、めっちゃ好青年やん。」
男の人を見る視点も、私と同じやね。
私はちょっと疲れていた。
久しぶりに家に帰って来ると、やはりこの賑わいが負担に思えた。
「いい人やろ。でも、うちの片想いみたいなもんやし…。」
自嘲気味に答えると、美郷お姉ちゃんは目をパチクリさせて言った。
「片想い? 実家にまで来てくれたのに?」
「うちがお願いしたから…」
お姉ちゃんは指で私の前髪を上げて、目を見つめた。
「勿体無いこと言うてたらあかん。うち、もらうえ?」
「……!!」
 
こらこら、バツイチのくせに。
あ、忘れてたけど、お姉ちゃん23歳で、菅野さんより年下やわ…。
「どーぞ、勝手にしい。」
私は半分ヤケクソで、そう言った。
そのときだった。
 
玄関のドアがガラリと開いた。
「ういっすー!!!!」
あの声はっ!
 
美郷お姉ちゃんが苦笑いをして、玄関に向かった。
「椙矢、未散のにおいでもしたん?」
「へえ? 何のこと?」
近所で幼なじみの新谷酒店の息子、椙矢(すぎや)が、
いつもの如く遠慮もせずに家の中へと入ってきた。
「おっす。」
私は少しふくれ面で、椙矢に挨拶した。
「おおー、未散、帰って来てたんかー。」
「今夜ね。っていうか、あんた、夜、遅うても平気で人の家、上がるんやね。」
「まあ、昔からの習慣やしな。」
「何が習慣よ。ずうずうしいのが大人になっても直ってないだけやし。」
椙矢は左手に持ってきた一升瓶を、私の目の前に突き出した。
「そんなこと言うたら、これ、持って帰るで。」
お姉ちゃんが、私たちの間に割って入った。
「はいはい、仲良きことは美しき哉(かな)。
 椙矢、ありがとうね。」
お姉ちゃんはすぐに椙矢の酒を取り上げると、お祖母ちゃんとお母さんの所へ行った。
「うー、美郷には勝てんし…。」
「そうよ、あんたは身長以外、お姉ちゃんに勝ってるもん無いんよ。」
「くっそお。未散のチビには何でも勝てるのにな〜〜〜。」
「なんやってえ〜!」
 
そこにお母さんがやってきた。
腰を悪くしているが、普段の生活はコルセットをはめていれば、なんとか支障なく過ごせるらしい。
「椙矢くん、お父さんによろしゅうな。」
「ああ、ええよ。」
「椙矢くん、いくつになりやった?」
椙矢はおもむろにジャンパーを脱いで、こたつに入り込んだ。
どこまでくつろぐつもり?
「24。おばちゃん。」
「そうか、美郷の1こ上か。」
「そんな貫禄、ぜんぜん無いけどなぁ。」
私が口を挟むと、椙矢に頭を小突かれた。
 
お姉ちゃんが新谷酒店にお礼の電話をしている声が聞こえてきた。
お母さんがふとつぶやいた。
「そしたら、椙矢くん、菅野さんと同い年やねえ、未散。」
うわっ、ほんまやわ。
「誰? 菅野さんって…。」
「未散の婚約者。」
お母さんが当たり前のように言った。
「婚約者?!」
私と椙矢が同時に叫んだ。
お母さんは不思議そうに言った。
「あれ? 違うの? 向こうさんのお宅にも行ったんやろ、未散?」
「あ、う、うん。」
椙矢が疑わしそうな目で私を見た。
「ほんまに? 未散。」
「え。あの、えっと…向こうの家というか、お父さんの入院してる病院に行ってきたよ。」
「お嫁さんやって紹介されたんでしょうに、未散。」
お母さんは私が照れていると思ったらしく、笑っていた。
「う、うん。」
ここに、お姉ちゃんがいなくてよかった。
私のウソを簡単に見破る、あの人が。
 
椙矢は、何の気兼ねもせずに、ウチで夜食を食べて風呂に入った。
昔からそういう感じだったから、違和感はないけど、
本当に菅野さんと同い年とは思えない。
ゴロリと横になって、テレビを見ている椙矢に、お母さんがビールを出した。
「久しぶりに未散と一緒に飲んだら?」
「おお、未散も酒飲める年になったんか。」
椙矢は身体を起こして私を見た。
「21よ。」
私は椙矢の隣でビールをコップに注いでもらい、一口飲んだ。
椙矢がこの家の主で、私の方がお客さんみたい。
 
「なあ、未散…。」
テレビを見ながら、椙矢がつぶやいた。
 
「オレ、ここに婿入りしようかなあ。」
 
ブッ!!!!!!!
思わず二口目を吹き出した。
 
なに言うてんのよ!!!
やめてっ!!!
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