good morning




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「はっぴぃ☆らっきぃ☆」

(5)

私が帰省したのは29日の夜だった。
今日は、12月31日。つまり大晦日。
その朝一番の目覚ましコールは、なんと、菅野恵太さんのケータイからだった。
私は寝起きが悪いほうだが、携帯の着信画面を見たとたん、すっきり目が覚めた。
「あー、あー、んんっ、ううんっ」
布団の中で、喉の調子を整えた。
寝ぼけ声で菅野さんからの電話に出るわけにはいかない。
「はいっ。未散ですっ。」
目までパチパチと瞬きして、精一杯可愛い声を出してみた。
菅野さんの第一声は、やはり爽やかだった。
『朝早くから、ごめんね。』
「いえ。大丈夫ですっ。」
『あのね…』
「はいっ」
菅野さんは、なぜか少し言いにくそうに、言葉を区切った。
『ウチの親が遠藤さんを家に呼べゆうてうるさいんや。…なんとか理由をつけて断っててんけど、
 とにかく電話くらいしろゆうて、しょうがなく、今かけてんねん…。
 忙しい、て断ってくれてええよ。』
あの早口で頭脳明晰という感じのしゃべりかたのはずの菅野さんが、
この時ばかりは、違っていた。
多分、困り果てて、電話してきたのだろう。
「菅野さんのご自宅に?」
 
 
その時、私は、別に何も考えていなかったわけではなかったけれど、
もう一度菅野さんに会える口実ができたことが、とても嬉しかった。
 
 
昨日、一日、菅野さんのことを考えていた。
菅野さんには東京にカノジョがいる。
二人の関係がどうなのかわからないけれど、
私の入り込む隙があるとすれば、実家の両親を丸め込むという方法しかない。
そんなことを、考えること自体が不毛な気もするけれど、
私は、菅野さんとめぐり合えた偶然を、この数日の架空の関係だけで終わらせたくないと、
心から思っていた。

どんな関係だってかまわない。
菅野さんと、繋がっていたい。
「友達」でだって、
ただの「知り合い」でだって、いい。
 
『その点遠藤さんみたいな人やったら、家を継ぐことの大変さとかわかってくれるし、
 こうやって本音で話できるから、ええわ。カッコつけんでええしなあ。』
菅野さんが、そう言ってくれたことを思い出す。
だから、私は……。
 
 
「菅野さんのお宅に呼ばれるなんて、嬉しいわぁ。
 伺ってもいいんですか?」
『え?』
電話の向こうの菅野さんは、驚いて絶句していた。
「うちは大晦日やゆうても、特に何もすることないし。ヒマなんです。」
『あ…そ、そうなん?』
 
菅野さんは電話をくれた2時間後、私の家まで車で迎えに来てくれた。
 
 
 
菅野さんの家族の出迎えはなかった。
私の考えは甘かったらしい。
 
風呂屋の隣の大きな平屋が、菅野さんの家だった。
菅野さんの後について中に入ると、私とさほど年の変わらない女性が、
ジャージを着て玄関の拭き掃除をしていた。
「篤子、おかんに、遠藤さん連れてきた、言うて。」
ぼそぼそと話す菅野さんの肩越しに、篤子と呼ばれた女性が私を鋭く見つめた。
「はじめまして…」
私は思わず頭を下げたが、その頭を上げたときには、
相手の女性が奥へ向かう後姿だけが見えた。
 
あ、無視された…。
そんなことはささいなことだった。
家の中が妙にドタバタしている。
「上がって。」
菅野さんに促されて、私は玄関でブーツを脱ぐ。
お気に入りの白いコートも脱ぎ、黒の革のスカートとピンクのセーターになって、
ちょっと身体のラインなんかを強調してみたけれど、なんだか今日は意味が無かったみたい。
っていうか、私の格好はかなり場違いな気がした。
菅野さんもジーパンとトレーナーで、腕まくりなんかしているし、
もしかして、大そうじのど真ん中に、おしゃれして来てしまったのだろうか。
 
私たちは奥の部屋へと廊下を進んだ。襖を開けると、そこには、
この前病院で会った人たちと同じくらいか、もっと多い人数の人が布団の回りに集まっており、
もちろん、その布団には菅野さんのお父さんが、
やはり、元気そうな顔で座って、笑っていた。
私たちが入ってきても誰も気付かないくらいに、わいわいとにぎやかで、
唯一、篤子と呼ばれた人だけが、私たちの元にやってきて、言った。
「お兄ちゃん、お母さん今、番台。おばちゃんが、これ未散さんに渡してって。」
篤子さんがヒモの付いた布を私の前に突き出した。
 
受け取って、広げた。
エプロンだ。
 
「私、まだ掃除残ってるから。後はおばさんに聞いて。」
結局、挨拶もないまま、篤子さんは私の横を素通りして、玄関に戻ってしまった。
菅野さんは、私の手のエプロンを取り上げた。
「ごめん、ごめん。気にせんといて。こんなん、つけんでええから。」
菅野さんの笑顔に、ちょっとほっとした。
 
しかし、部屋にいる大勢のうちの誰かの声が飛んできた。
「恵ちゃん、お嫁さん、今日はごくろうさん。がんばってなー。」
菅野さんは敏感にその声に反応し、
「嫁さんて、…まだ、そこまで決まってないから。」
と、否定する。
「そうかぁ? 女の子家に連れて来たん初めてやんか。しかも大晦日に。」
「がんばれよぉ…」
「ワシらに会わせたゆうことは、もうキマリやで。」
「かわいい嫁さんやな。応援してるで。」
オジサンの面々が口々に、私たちに声をかける。
しかも、どうも励ましているという色あいが濃い。
 
微妙に不安が押し寄せる。
 
菅野さんは顔だけはオジサンたちの方を向いていたが、手は私の腕を取り、部屋を出て行こうとした。
「お父さんにご挨拶せんでええの?」
「ええよ。遠藤さんはお客さんなんやから、気ぃ遣わんといて。」
「お客さん…っていう雰囲気やないんやけど…」
 
案の定、台所にいた例の派手好きのおばさんが、私たちを呼び止めた。
「未散さん、これ、お父さんに運んで。」
やはり挨拶もなしに、大きなトレーというか、「お盆」を渡された。
椀やら皿やらが乗っていて、ずっしりと重い。
「ああ、オレが運ぶ…」
そう言ってお盆を取り上げた菅野さんに、おばさんが一喝した。
「未散さんの立場が無いで。恵太は黙っとき。」
 
私の顔を見る菅野さん。
私は精一杯微笑んで見せた。
だって、こんな近くに菅野さんがいてくれて、私のことを心配してくれるんやもん。
がんばるわ!
私はエプロンをさっとつけると、菅野さんからお盆を返してもらった。
そしてもう一度、菅野さんのお父さんのいる部屋へと戻った。
「未散さん、よう来てくれたなあ。有難う。」
そうやって笑ってくれる菅野さんのお父さんは、当然ながら、菅野さんに似ていて、
その笑顔を見ると、勇気が湧いてきた。
「いいえ。早くお元気になってくださいね。」
お父さんは頷いた。
私も頷いた。
今日は、私は嫁でいいわ。なんだか、それも、楽しい。
私の後ろに立って、すまなそうな顔をしている菅野さんがいた。
そして、その後ろに、今日はラメの入った黄色のセーターのおばさんが、
私を見張るようにして立っていた。
「未散さん、次はここのお客さんらに出す器運んでや。」
「はいっ」
女は働き、男は酒を飲んで盛り上がる。
親戚や町内の人が会した場では当然のことらしい。しょうがないわ。
 
「恵太、ちょっと車でお使い頼むわ。」
おばさんが菅野さんにそう言った。すかさず菅野さんは、
「じゃあ、遠藤さんと一緒に。」
と言った。
「あかん、あかん、人手が足らんのに。あんた一人で行っておいで。」
「遠藤さん一人、ここに残していけるかい…!」
菅野さんの言葉は、たくさんの親戚の女性の前では、ただのわがままとしか受け取られなかった。
「遠藤さん!」
お女中のように働く私を、菅野さんが呼び寄せた。
「なに?」
私は菅野さんの側に急いで走りよった。皆が見ている前だ。彼は誰にも聞こえないように、
私の耳元で囁いた。
「ごめんな。やっぱり、本当のこと言うよ。このままやったら、遠藤さんに悪い…」
私は首を横に振った。
「お願いです。このままやらせてください。」
「どうして? あほらしいやろ。関係ない男の家でこき使われてさぁ…」
私はぐっとこらえていた言葉を吐き出した。
「関係ない男のためには、ここまでしません。私の言う意味、わかりますか?」
菅野さんは驚いて、私の目を見つめていた。
「でも、オレ…」
「いいんです。これは、私の気持ちですから。」
「遠藤さん……。」
菅野さんは、困ったように一旦目を伏せたが、また目を上げ、私の肩に手を置いた。
「ありがとう。」
菅野さんの手が、肩から背中に回って、ぎゅっと抱きしめてくれた。
そして、すぐ、私を放し、私の頭を撫でながら、目を見てもう一度「ありがとう」と言ってくれた。
「いってらっしゃい、『けいた』さん。」
私はわざと下の名前で呼んでみた。
菅野さんは明らかに顔を赤らめて、私から視線を外して、俯いた。
「うん。行ってくる。」
 
菅野さんを玄関まで見送った後、おばさんと篤子さんが、私のすぐ後ろで、私の両肩に手を置いた。
「未散さん。」
「はいっ」
反射的に振り向いた私の前で、おばさんはニヤリと笑った。
「私は恵太の母の姉の村岡です。」
「私、妹の篤子です。」
二人はよろしくと言った。
 
なんなんだろう、この時点での自己紹介は。
「遠藤…未散です……。」
おばさんは私の腕を取り、玄関から奥の部屋へ連行して行った。
「さあ、未散さん、がんばってねえ。」
 
…一体、何を、がんばれと言うのよお……。
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