good morning




<<home  <<Text  <<1 <<2 <<3 <<4 <<5 <<6 <<7 >>9 >>10 >>11 >>12 >>13 >>14 >>15 >>16

「はっぴぃ☆らっきぃ☆」

(8)

和やかな大晦日の夜になるはず…がなかった。
時刻は午後9時少し前。
菅野恵太さんを巡って、遠藤家では微妙な空気が流れているというのに、
美郷お姉ちゃんがこう言ったのだ。
「菅野さん、申し訳ないんやけど車でドラッグストアまで
 連れてってもらいたいんやけど、あかんかなぁ…。」
「いいっすよ。」
当然イヤとは言えない菅野さんに代わって、私と椙矢がブーイング。
「そしたらうちも行く!」
「オレが運転する!」
「未散は台所の片付け頼むわ。すぐ帰ってくるから。
 椙矢は飲んでるから運転はあかんでしょ。ゆっくりしてて。」
美郷お姉ちゃんにそう言われると、私も椙矢も弱いもので、
言いなりになってしまった。
美郷お姉ちゃんは菅野さんに向かって微笑み、そして、
私に向かってニヤリと笑う。
「穂波、行こ。なんか久しぶりに家族で買い物って感じやねえ。」
はしゃいで飛び上がる穂波ちゃんの後ろ姿を見ていると、
悔しさ半分、諦め半分の、萎えた気分になった。
 
私は久しぶりに家の台所に立ち、お姉ちゃんに少しだけ感謝の気持ちを持った。
たくさんの洗い物だ。毎日大変だろうなあ。
私はこういう家事は苦手で東京で一人暮らしして楽して来たけど、
考えてみればお母さんが腰を悪くしたり、お姉ちゃんが離婚した時点で、
そういう贅沢はどうなのか、考えるべきだった。
美郷お姉ちゃんが、また誰かと再婚でもしたら、話は別なんだけど。
誰かと…。
 
いや、いくらお姉ちゃんに感謝しているとは言っても、
絶対に菅野さんは譲れませんよ。
私のモンでもないけど。
 
紅白に見入っているお母さんとお祖母ちゃんの隣で、
こたつに胸までもぐって、ふて寝している椙矢の姿が見えた。
「椙矢、寝たん?」
椙矢は薄く眼を開いた。
「起きてるけど…?」
私は洗い物を済ませ、椙矢の隣に座った。
「10時やねえ。」
「うん。」
「あっちの部屋でトランプでもしいひん?」
「二人でかよ。」
「イヤなん?」
「イヤっちゅうか…、面白ないやろ。」
そう言う椙矢を、私は無理やり隣の部屋へ連れて行った。
 
大晦日のK-1もバラエティも時代劇も見る気がなかった私は、
その部屋においてあるテレビで穂波ちゃんが見るために撮ったであろう
ドラえもんのビデオをつけた。
「なあ、椙矢、あんたほんとに、ここに婿入りする気?」
私が聞くと、椙矢は両手で慌てて私の口をふさいだ。
「声が大きい!」
椙矢は顔を赤くして、声をひそめた。
椙矢が手を離してくれるまで、私は精一杯頷いて、小声で話すことを誓った。
椙矢がやっと手を離してくれたので、私は話を続けた。小さな声で。
「私のことが好きなん?」
「んなわけないやろ。」
「酷い言い方やな。」
そうは言ったものの、さすがに椙矢の態度はわかりやすいので、
目当てが美郷お姉ちゃんであることはわかっていた。
「がんばりいやあ。なんで、告白もせんとじっとしてんの?」
椙矢は苦い顔をして私を見た。
「お前ら姉妹、好きなタイプが似てるやろ。まさに、菅野さんみたいなタイプやねん。
 ああいう、シュッとした爽やかタイプが好きやねん。」
それを言われると、確かに納得せざるを得ない。
「オレみたいな、顔も態度も三枚目では勝ち目が無い。」
「ほんまやねえ。かわいそうに。」
「同情せんでくれ。」
椙矢はガックリと頭を落とし、仕舞いにはカーペットの上にゴロ寝してしまった。
「なんか、『のび太』みたい。」
「言うな!」
 
私はそんなことを言いながら、
菅野さんとお姉ちゃんが何時に帰ってくるつもりなのか、気が気でなかった。
国道沿いの大きなドラッグストアまで、多分、往復30分もあれば足りるはず。
「未散。」
「何?」
「お前、菅野さんを美郷に取られたりしいひんやろうなあ。」
「ま、まさかっ!」
私は顔を引きつらせていた。
「もしも、そういうことになったら、いいか、未散。」
「な、何よ。」
「オレはお前と結婚する。」
「ええ!!! なんでよ!!!」
マジメな顔で、いや、マジメというよりも威圧的な顔で、私を見つめる椙矢に、
私はゾッとした。
「お前への罰ゲームや。」
「冗談やめて!」
「その罰ゲームを受けたくなかったら、お前も頑張って美郷に取られたりすんな。」
「う。」
私は身震いした。
「わかった。わかったから、ここは、お互いの幸せのために、協力しよぉよ。」
「そうやな、とりあえずは共に頑張ろう。」
そんな闇協定が結ばれた時、急にお母さんが私を呼びながら部屋に入ってきた。
「未散、そろそろ準備しよか。」
「へ? 準備?」
 
お母さんは、私が去年の成人式に着た振袖を出してきた。
「髪もちゃんとしょうか。」
お母さんが私を鏡台の前に座らせると、きれいに髪を纏め上げてくれた。
15分ほどで私の髪は、夜会巻きのような、ちょっと違うような、髪型に仕上がった。
その後20分ほどで、今度は着付けをしてくれた。
帯を巻くときに力が入らないお母さんは、椙矢に力を借りた。
椙矢には長襦袢姿を見られようが、なんとも思わない自分も自分だ。
一応椙矢は男なんだけどなあ。
 
「ふうん。」
着付けが終わった私を見て、そう椙矢がつぶやいた。
「ふうん、て何よ。」
「いや、馬子にも衣装やなあ。」
「はいはい、どうせ、そうでしょうよ。」
「ん〜。」
椙矢はちょっと口を尖らせて、視線を落とした。
「毎日着物着てくれる嫁さん欲しいなあ…。」
そんなやつ、今時いないっちゅうの。
 
時計は11時半を指した。
紅白も終わりかけだというのに、三人は帰って来ない。
「遅い!」
椙矢が怒るのもムリは無い。私もイライラしている。
「椙矢、電話してよ。お姉ちゃんに。」
「未散がしいや。妹やろ。っていうか、菅野さんの携帯鳴らせよ。」
「う、…運転中やったらマズいし。」
私たちは二人とも電話できずにいた。
 
私は着物を着て座っていることに苦痛を感じ始めた。
「ちょっと、外の風に当たって来ていい?」
私はお母さんに言って、外へ出ようとした。
「あー、オレも行く。」
椙矢が付いて来た。
「お前、顔赤いぞ。」
草履を履くのも苦しい。ちょっと帯を締めすぎたのかも。
椙矢が手を差し伸べてくれた。
私は椙矢に半分もたれかかりながら、玄関の扉を開けた。
すると、椙矢の動きが止まった。
 
門の向こうに車が止まっている。
菅野さんの車だ。
誰かの影が見える。寄り添うような、抱き合うような……。
 
美郷お姉ちゃん?
 
そして相手は、菅野さん?
 
椙矢は私の手をパッと離すと、あっという間に門を開け、
その影へと突き進んで行った。
私はただ椙矢のしていることを見るだけだった。
「何してんの? 二人。」
椙矢に言われて、驚いたように、二人は顔を上げた。
確かに、菅野さんが美郷お姉ちゃんの肩を抱いている。
 
 
 
 
 
「ちょっと気分が悪くなったんよ。」
美郷お姉ちゃんの声がした。
私が呆然と立ち尽くして見ていると、
椙矢がお姉ちゃんを菅野さんから奪うようにして引き取っていた。
私は菅野さんと目が合った。
その瞬間に、なぜか、私は目をそらしてしまった。
 
美郷お姉ちゃんと椙矢が私のそばを通って、家の中に入った。
菅野さんが、荷物を持ち、眠ってしまった穂波ちゃんを抱いて、私に近づいて来た。
 
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
 
私は菅野さんの目を見れないままだった。
菅野さんは家の中に入っていった。
 
 
私は一人で玄関から、門の外へと出た。
 
ゆっくりと家の前を、何処へ行くとも無くフラフラと歩いた。
除夜の鐘の音が聞こえる。
 
 
 
 
 
頬の赤みは引いただろうか。
冷たい夜の空気が痛いくらいに耳や鼻先を冷やす。
ほんの数分歩いただけで、寒さが体を覆った。
 
美郷お姉ちゃんは、私と違ってしっかりしている。
頭の回転も速いし、自己アピールも上手い。
2時間半も一緒にいたら、菅野さんもお姉ちゃんに傾倒するかもしれないな。
子供好きな菅野さんに対して、穂波ちゃんという武器もあるし。
そんなことを考えながら、私はため息をついた。
 
足音が聞こえたような気がした。
 
「未散ちゃん。」
その声と同時に、私の右手の指先に温かいものが触れた。
右肩に菅野さんが並んでいた。
いつの間にか私の後を追ってきていたらしい。
私の右手は菅野さんの左手の中にあった。
 
「初詣行くの?」
菅野さんが聞いた。
「うん。」
「歩いて行くの?」
「うん。」
菅野さんの存在を感じた瞬間から、うつむいたままの私。
「なんでこっち見てくれへんの? …何か怒ってる?」
「うん……ううん……。」
この冷たい冬の夜、私の体は一箇所だけ暖かい。
菅野さんの掌に包まれた右手。
 
 
そして、私は、何も菅野さんにかける言葉を見つけられないでいた。
聞きたいことも、本当はあったのに。
<<Home  <<Text  <<Top  <<Back Next>>