この作品の写真素材はあんずいろapricot×color様よりお借りしています
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| 「風と君とを抱きしめて」 (11/最終話) まだ強い日差しが残っているものの、涼しい風が秋らしさを感じさせる。 この日は9月30日。 沙智が消えてちょうど、一ヶ月が経っていた。 四季の墓の前では誰もが口を開かなかった。 この日、英と大成と倫子は3人だけで、墓に花と線香を供えた。 四季が行方不明になった日である17日は、命日でもあったらしい。 彼女は17日の日に亡くなり、その後31日に発見されるまで、海のどこかしらに沈んでいたのだろう。 岩場から落ちたらしい酷い傷痕と、腐敗のため、両親はその遺体が四季だとはすぐに判らなかったという。 指にはめていた指輪や歯の様子などから、彼女だろうという結論に達した。 四季の遺体はすぐに焼かれ、その後、彼女が高校を卒業するまで住んでいた父親の実家に運ばれ、 しめやかに葬儀が行われたらしい。 親戚や近くの高校時代の友達だけが、彼女を見送ったという。 その後、竹内家の代々の墓に、四季は眠っている。 たった一人の娘を奪われた、父親の怒りは英に向けられ、彼は英に全く四季のことを知らせなかった。 毎月の命日に、そうとは知らずにやってくる英に、父親は殴りかかりたい衝動を抑えながら、応対していた。 お前など、一生そうして四季を探し続ければ良いのだ。 そう考えていたのだろう。 そんな事情を、英に教えてくれたのは、四季の母親だった。 彼女は四季の死を事故だと考えるようになっていた。 四季の運命だったのだと、受け入れられる気持ちになっていた。 そして、毎日墓の場所を尋ねてやってくる英に、そっと陰から電話でいきさつを話してくれた。 四季には会えるようになった。 英も大成も、ぼんやりと墓前から立ち上がった。 倫子は英と大成の真ん中に立ち、そっと二人の背中を支えるように手を置いた。 「沙智、元気でいればいいけどね。」 四季の墓前だというのに、三人ともが沙智のことを考えていた。 沙智が英のそばにいたのは、たった2週間だった。 その2週間が、英と四季との4年間を色褪せさせたというのに、今ここに、沙智はいないのだ。 携帯電話は会社に返された。彼女へ連絡を取ることは不可能だった。 倫子でさえ、沙智の母親のいる田舎という場所がどこなのかわからなかった。 沙智は、そういうことをあまり話題にしなかったからだ。 大成と倫子は英を残して、先に霊園から出た。 「沙智はもう帰って来ないつもりかな。」 大成がつぶやいた。 倫子はちょっと首を傾げてから言った。 「戻ってくると思うわ。あの子、この街が好きだったし。今さら、両親とうまくいくとも思えないしね。」 「そうか。早く帰ってくるといいな。待ってる兄貴がかわいそうに思えてきたよ。このオレが。」 二人が車のエンジンをかけて待っていると、ゆっくりと英が帰ってきた。 英は運転席の隣に立ち、窓を開けた大成に向かって言った。 「僕は電車で帰るから、お前たちはこのまま、デートでもなんでも、どうぞ。」 「え、それ、気を遣ってくれてるワケ?」 「うん? 気を利かせてみました。人の気持ちを考えるのが下手なヤツなんでね。」 「ほお、ちょっとずつ進歩してますねえ。」 もしも、あのとき英に、沙智の気持ちの辛さが少しでも理解できていたなら、彼女も街を出てゆくことは無かったはずだ。 それは、今、英が身に沁みて感じている。 二人から離れた英は、街に着くと沙智の行きそうな場所を、フラフラと歩いていた。 いつも暇さえあれば、そうしている。 高い場所に上っては、じっと風に吹かれてみたり、図書館で詩のコーナーを探してみたり、コンビニなんかをはしごしてみたり。 高尾海岸へも何度か行った。 彼女が前に住んでいたアパートの近くまで行っては、人気(ひとけ)の無いことを確認して帰ってきたり、 彼女の足跡をたどるような毎日を送っていた。 この日も同じだった。 そうすることで、長引く胃の痛みを忘れることができた。 河のそばを歩いていると、誰かが英の肩をつついた気がした。 振り返ったが、誰もいなかった。 英はゆっくりと周囲を見回し、近くに高いビルがあるのを確認した。 この辺りでは一番高いビルだ。 あそこからなら、この街を全て見渡せそうだった。 そこは展望スペースにもなっているので、誰でも簡単に屋上へとあがることができる。 その展望台のあるビルへ向かうさ中、ふと白いものが頭上を飛んでいったのに、気付いた。 英は振り返った。 白いものは川面に着水していた。 紙ヒコーキだった。 幾つも、幾つも、川面に浮いている。 英は、胸がぎゅっと音を立てて縮まってゆくのを感じた。 英は辺りを見回した。何処から飛んでくるのだろう。 そこに、きっと沙智がいる。 場所はわからなかった。とりあえず、一番高いビルに登ってみることにした。 そこからなら、何か見えるかもしれない。 エレベーターに乗りビルの最上階で降りると、エスカレーターで更に上に上った。 展望広場には無数の人がいて、まだ夕方には時間のある明るい空の下で、晴れ渡った街を見下ろしていた。 強い風が吹いていた。 英は河の方を見てみると、誰かが紙ヒコーキを飛ばしているのが見えた。 近くの歩道橋の上からだった。 でも、それは、英の想像した光景とは違っていた。 小学生くらいの男の子が数人、答案用紙のような紙で、飛行機を作り、飛ばしているだけだった。 英は言いようの無いくらいに疲れた心を抱えて、しばらくその展望台の端の方で手すりにもたれて立っていた。 すると、英の携帯電話が鳴った。大成からだ。 「はい。」 『あ、兄貴? 沙智がさ、沙智がいたんだって…』 「え? どこに?」 『沙智の大学時代の友達だった子が見つけたらしいんだけど、電車に乗って、ウチの駅で降りたって…。』 彼の心臓は速く動きだした。その音が、英の耳に大きく響いてきた。 『ちょっとの差で、駅ではぐれて、捕まえられなかったらしいんだけど、この街に来てることは確かだよ。』 「それ、いつ頃の話?」 夢中になって話す英の肩をぽんぽんと誰かが叩く。 英の目の前のおじさんが口に手をあてて、静かにという素振りを見せた。 そんなこと、青天井の下なんだから、このさい大目にみてくれ。 そう思いながら、英は風で聞き取りにくい大成の声を必死で聞こうとしていた。 『30分くらい前らしいんだ。』 「そか、ありがとう。」 まだ背中をつつく、誰かがいた。 「今、電話終わりましたから…」 そう言って振り返ると、そこには沙智が、紙ヒコーキを持って立っていた。 「英。ひさしぶりだね。」 一瞬、心臓が破けたのかと思うほど、体中がじーんと熱くなった。 「英!」 沙智は嬉しそうな笑顔で、動けない英の胸に飛び込んできた。 「会いたかった〜。」 彼女はなんのためらいもなく、まるで旅行から帰ってきたかのような雰囲気で、英に抱きついている。 「さ、ち…さん…。」 「何?」 何、と聞かれて、英は何を言って良いかわからなかった。 帰ってきてくれたの? そう聞きかけて、声が出なくなった。 英は沙智の背中にしっかりと手を回すのが精一杯だった。 「沙智さん…」 「英…どうしたの?」 風が強く吹きぬける、展望台で、多くの人が見守る中、ただ抱き合っていた。 「英はもう、私のことなんか、忘れてると思ってたよ。」 と、沙智らしくない、元気の無い声でそう言った。 「忘れられる人じゃないから。」 英はまだ抱きしめた手を離さなかった。 大勢の人がいる。冷やかすような視線を感じる。 それでも、英は沙智から手を離すのが怖かった。 またどこかへ飛んでいってしまいそうだった。 紙ヒコーキのように、この強い風に乗って、どこまでも手の届かない場所へと行ってしまいそうだった。 沙智は両手を英の胸に置き、少し、隙間をつくるようにして、顔を上げた。 英も腕の力を弱め、目の前の沙智の顔を見つめた。 「風がきもちいいね。」 沙智はこれ以上は無いという極上の笑顔で、微笑んだ。 「英。好きだったよ。ずっと。」 英にもう一度、ぎゅっと抱きついた。 「我慢できなくて、逢いにきちゃったよ…。」 強い風が容赦なく吹き付けるが、二人には全く邪魔ではなかった。 むしろ、風があることのほうが、自然だった。 全てを抱きしめて、英は幸福を体中で感じていた。 二人はいろんな場所をゆっくりと歩いて回ったが、決して繋いだ手は離さなかった。 夜になってもまだ、歩き続けていた。 英は、なんだかまるでシンデレラを連れているかのような錯覚に陥っていた。 夜が明ければまたいなくなってしまう。手を離したら、消えてしまう。 この再会は、魔法によるめぐり合わせで、期限付きであるような恐怖が、彼の心のどこかに巣食っていた。 「ねえ、英…」 「何?」 無口な英に、少し戸惑いながらも、沙智は嬉しそうに話しかけた。 「前に見せてくれた、四季さんの撮ったデジカメの写真あるでしょ?」 「ん…ああ。あるよ。」 「あれも私にくれない?」 英はくすっと笑っていいよと答えた。 「あの写真、好きなの。もっとじっくり見たい。詩が浮かびそうなんだ…。」 「そう…」 二人は英の部屋へ向かった。 英の部屋で、ノートパソコンを開いて画像を待っていると、急に、英がソファを立って、どこかへ行ってしまった。 ゴーという音が低く聞こえてきた。手洗いだったらしい。しかし、しばらくたっても英は戻ってこなかった。 「英ぁ〜。」 何度か声をかけてみたが、うんとだけ声が返ってきた。 ようやく出てきた英は、なぜか服を脱いでいて、下着姿だった。 「お風呂に入るの?」 「いや、いやいや。」 英は青い顔をして首を横に振った。 「着替えを取ってくる。」 英は着ていたTシャツを洗濯機に放り込むと、沙智の座っているソファの後ろを通って洋服を取りに行った。 ふと、その姿を見ていた沙智は、英の手が赤く染まっているのに気付いた。 沙智は立ち上がると、洗濯機の中身を調べた。 Tシャツにどす黒い血がべったりついていた。 「検査に行きなさいってば。」 「大丈夫。そんな暇ないしさ。」 「どんな病気かわかんないでしょ!」 「胃だよ、胃。ちょっと風邪薬飲みすぎたの。」 沙智は黙り込むと、うつむいた。 「うちのお義父さん、会ってみたら結構いい人で、ずっと一緒に暮らそうって言ってくれてる。今、向こうでバイトもしてるし、私はまた、帰らなくちゃならない…。」 着替え終わった英は、まだ唇に血の色を滲ませながら、つぶやいた。 「そうか…むこうでうまくやってるんだね…。」 「でも…、こんな英、放っておけない。」 「大丈夫、僕には大成もいるし。親だって近くに住んでるしね。」 英は灰色に翳った瞳で、優しく笑った。 「英!」 沙智はソファに座ってぐったりしている彼に、抱きついて言った。 「英、いや。私のこと、どうでもいいみたいに、手放さないで。」 「沙智…さん。」 「だから、私、英から離れちゃうんだよ。…もっと必要とされたいよ。」 「必要だよ…。」 英はまだ青い顔で言った。 「必要だよ。そばにいて…。」 英は沙智の頬にキスをして、頭を優しく抱きしめた。 「僕の…僕だけの人になって…。」 沙智は英の苦しげな呼吸の音を聞きながら、涙を流した。 「本当は、君がいなくなるのが怖くて、たまらないんだ…。」 少し隙間を空けていた窓から、秋の夜風が舞い込んできた。 熱い呼吸を、覚ますかのように。 数日後、英は胃潰瘍と診断され、投薬治療を受けることになった。 沙智は田舎に帰り、四季の風景写真を見ながら、好きな詩を書いていた。 たまに、夜、英が沙智に逢いに来た。 英は、昔、胃を患ったという沙智の義父とも顔をあわせた。 優しそうな男性で、この人なら沙智を十分に受け入れてくれるだろうと安心できた。 沙智の部屋であたたかいお茶をもらいながら、英は沙智の詩を聞いていた。 「だめだ。なんかうまくできない。」 沙智はちょっと怒ってため息をついた。 英はそんな沙智を見て、笑って言った。 「田舎にいるからだよ。君は街の方が似合うから。」 「そうかな…」 「街の風を受けて立つ、強さのある君が好きだな。」 「…街が似合うって、褒め言葉?」 「ん?」 英は少しうつむいて笑っていた。 「ちょっとした、プロポーズ。」 <END> |
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