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| 「ラブ・マイ・ラブ」 (1)恋の始まり 季節を知る術は、小さく切り取られた空の色と、女の子たちの服のファッションの移り変わりというところだろうか。雑誌の特集に載っていたスタイルで、美しい女性たちが街を歩いている。クリスマスにはまだ早く、でももう誰かの温もりが必要な時期。 豊里遥哉(とよさと・はるや)はスーツの下のシャツの首元を少し緩めながら、眼鏡越しにまぶしそうに窓の外を見下ろした。 ここは高層ビル街で、遥哉の会社もビルの21階にあった。休憩室がわりに椅子がならぶ社の廊下で、遥哉は紙コップのホットコーヒーを口に含んだ。 そうして立っているだけで、傍を通る女子社員たちが羨望のまなざしを送ってくる。彼も気づいているが、もう、それは慣れっこになっていて、まったくなんとも感じない。 今日も、もう何度震えているか分からない携帯が、また新たな振動で遥哉に着信を伝えている。 遥哉はポケットから携帯を取り出すと、着信相手を確認した。そしてまたすぐに携帯をポケットにしまった。 「よう!」 遥哉の肩を叩いて、同僚の姫野流詞(ひめの・りゅうし)が傍にやってきた。 「なんだよ、また、カッコつけてんじゃねーよ」 そんな、流詞の呆れたような言葉も、遥哉にとっては挨拶のようなものだった。 「なんにもしてねえよ」 遥哉はそう嘯(うそぶ)いた。 流詩はニヤニヤと遥哉の顔を見ながら、コーヒーを飲んだ。 「入社して2年かぁ……かわいい子が多いし、彼女なんてすぐできると思ったのになぁ」 そんなことを言いながら、流詞は急に遥哉のボディにパンチを食らわした。 不意打ちに顔をしかめながら、遥哉は眼鏡をはずした。 「やるか?」 「うそうそ、冗談だって。だってさ、なんでお前ばっかりモテモテちゃんなのよ。ムカつくじゃん」 「オレがなんでモテるかとか考えるより、なんでお前はモテないのかを考えろ」 流詞は遥哉に言われて、ぐうの音も出ないという顔でうなだれた。 そんなとき、また遥哉の携帯が震えだした。しばらく放っておいたが、一向に止まらない。遥哉は仕方なく携帯をポケットから取り出した。 実は、遥哉の携帯電話の履歴には、今日だけで電話が20件、メールが28件、すべて未読、そしてすべて違う女性の名前があった。遥哉はしつこい女が嫌いだと知ってるからだろう、何度も連絡してくるようなことは、相手も避けているようだ。 そんな中でただ一人、しつこく何度もかけてくる女がいた。今まさにこの振動はその女からの電話だった。 遥哉は仕方なく電話に出た。 「はい」 ひどく無愛想な声を出した。しかし、相手はそんなことにはおかまいなしで、早口でまくしたてる。 『何回電話したと思ってんのよ、いったいもう! さっさと出なさいよ。せめて留守電にしたりできないの? 3日も連絡とれないなんて、おかしくない?』 「仕事中なんだよ」 『いいから、来なさい。』 「は? どこへ?」 『会社が終わったら、私の仕事場に来て。話があるのよ』 「めんどくせーじゃん。今話せよ」 『いいから、絶対来なさいっ!!』 相手の電話は切れた。 参った顔の遥哉の傍で、流詞がまだ自分のことで遥哉に言い寄ってきた。 「なぁ。お前、バイトしてること、会社にバレたらマズイだろ? ほら、黙っててやってるじゃん。っていうか、オレ、おまえんとこの上得意じゃん。」 「だから、なんだよ。オレを脅す気か? いい度胸だな」 「そういう険悪な話じゃなくてさ、ね、お互いの相互理解と発展のために、彼女をひとりくらい紹介してくれたっていいんじゃない?」 「へぇ。オレに惚れてる女でいいの?」 「いや、できたら、マッサラなコがいいんだけど」 「じゃ、ダメダメ。オレの知ってる女はみんなオレしか見てないから」 「え〜〜〜」 遥哉は廊下の窓から離れた。 サッカーで鍛えたしっかりとした体躯には紺の当たり前の安っぽいスーツは似合わなかった。その23歳の顔には、若さとは裏腹な疲れた表情が浮かんでいた。そんな会社人間とかけ離れた性格と疲れを隠すかのように、遥哉は眼鏡をかけてデスクに戻った。 目の前の液晶画面を見ながら、幹原撫由(みきはら・なゆ)はちょっと小首を傾げて黙っていた。 「幹原さまのご希望される条件に合っているお客様ですよ。この中に気になる方はいらっしゃいますか?」 液晶ディスプレイの置かれたテーブルを挟んで、撫由より少し年上らしいお姉さんがやさしく微笑んだ。撫由は慣れない手つきでタッチペンを持って、画面を進ませ、プロフィールを見ていった。 「幹原様はミキハラ製菓の社長のお嬢様でお家柄もよろしいわけですし、そんなにお綺麗でいらして、そしてお若い。まだ25歳ですし、お相手なんてこんな相談所に来られなくても選びたい放題じゃないんですか?」 お上手を並べ立てるお姉さんをよそに、撫由は真剣に液晶画面と格闘していた。 「う〜ん」 自分で何かを検索するということを初めて行った撫由は、そしてなにより結婚相談所というところに初めてやってきた撫由は、疲れて緊張して固まってしまった。 「あ、あの〜〜」 「見つかりましたか?」 「いえ、あの、やっぱり、退会します……」 「どうしてですか!?」 「だって、私……思っていたのと違うんですもの……こんなんじゃなくて、もっと……」 「なんでしょう。」 お姉さんははっきりと顔に焦りの色を浮かべている。 撫由は顔を上げると、ためいきをついて、しかし微笑みながらこう言った。 「王子様みたいな方がいいんです」 「はぁ??」 「王子様です」 撫由はにっこりと笑顔を浮かべて、店を出た。 「あ、ちょっとまってください、退会の手続きを……!」 撫由にはそんな声は聞こえず、ただ、店のある通りを歩いて家に向かって帰ろうとした。 すると、急に黒いロールスロイスが、撫由に寄り添うように止まった。 「お嬢様、撫由お嬢様!」 「あら、山田先生、どうしたんです?」 撫由は、彼女専属の使用人である山田が運転席の窓から顔を出しているのを見つけた。山田は撫由の小学校時代の担任の先生で、教職がいやになって退職し、撫由の家に使用人として雇われたのだった。年は40、妻も子もある。 「すいません、先生という呼び名はもう勘弁してください。山田で結構ですから。」 「でも、私にとっては先生ですもん」 撫由はニコニコしながら、山田が開いたドアから、ロールスロイスの後部座席に乗り込んだ。 車中で、山田は言った。 「お嬢様、急にフラっと家をお出になるのはやめてください。さんざん探しましたよ」 「だって、私、恋がしたくて」 撫由はきれいな瞳をうるうるさせて言い放った。 「恋を探して歩いているんですか? それは難しいですね。というか、お父様やお母様が聞くとさぞかしお怒りになるかと思いますよ」 「父や母の縁談なんて嫌だわ。家柄だけで人柄は関係ないんですもん。それに容姿だって大切だわ。私は一目で恋に落ちるようなそんな経験がしてみたいの」 「顔のいい男にろくなヤツはいませんよ?」 「あら、そうなの? そういうものかしら……?」 「お嬢様、恋愛の経験は無いのですか?」 「いいえ」 撫由は少し視線を落として、頬を赤らめた。 「中学のときと、高校のときと、大学のときに一度ずつ。でも、なぜか、私が飽きてしまったの。最初は良かったんだけど……」 「ほら、男を顔で選ぶからですよ。いいですか? 男は顔ではなく心です。強さです。ちゃんと見極めないで飛びついて安売りしてはいけませんよ」 「はーい」 撫由は、山田の言葉だと誰の言葉よりも素直に聞けるのだった。 「あ、先生、お願いがあるの。あそこのスーパーに寄ってみたいわ」 「スーパーですか? 車を停める場所すらない、あの小さな?」 「ええ! だって、恋はどこに落ちているか、わからないんですもの!!」 「なるほど」 山田は、何を言っても無駄であることを知っていた。 ロールスロイスは小さなスーパーの前で、自転車に埋もれながら停車した。 佐野物産受付嬢たちは、来客が無いのをいいことに、ひそひそと噂話を始めた。 「営業の高橋さん、また今日も同じ服で出社してきたわよ」 「うそぉ。週に3日は同じなんじゃない? ちゃんと家に帰るか、彼女の家に着替えを置いておくべきよね」 「あら、ホテル好きでホテルめぐりしてるらしいわよ。もう着替えを持参して行くしかないわね」 彼女たちが夢中になって話していると、正面のドアが開いた。 思わず彼女たちは立ち上がって、入ってきた人に頭を下げようとしたところ、相手のほうが先に声をかけてきた。 「お疲れ様」 営業の幹原侑(みきはら・あつむ)だった。 3人の受付嬢は笑顔で侑の姿を見送ると、また小鳥のようにペチャクチャと話だした。 「幹原くんだ〜〜。かわいい〜〜〜」 「ほんと、かわいいよね。気取ってないしね」 「そうそう、ミキハラ製菓社長の一人息子なんでしょ? いずれは社長よね」 しかし、3人のうちひとりだけ侑の話題には口を挟まない受付嬢がいた。 「あれ? 神川さん。幹原くんのこと嫌いなの?」 「え、いえ、そういうわけじゃ……」 神川彩乃(かみかわ・あやの)は、大きな目をくるりとさせて、今来た来客に頭を下げた。 「彩乃ちゃん、今日もかわいいね〜」 得意先の営業の男性が、視線を彩乃の全身に絡ませるようにし、下品な笑いを浮かべて前を通り過ぎた。 彩乃はただ、頭を下げてその男たちが通り過ぎるのを待った。 フロアに誰もいなくなったとき、受付嬢の一人がつぶやいた。 「神川さん狙いの男って、多いわよねぇ……」 彩乃は黙っていた。 「かの幹原くんも神川さんのこと、好きだっていう噂だけど?」 彩乃はさらに横を向いて黙っていた。 受付嬢たちは、しーんと静まり、その後はあまり話をしなくなった。 彩乃は、なんとなく気が抜けると、少し唇の端に笑いを漏らした。 (ザコには用は無いわ。佐野物産で一番人気の幹原侑、あのコ、案外楽勝なのかしら) また、来客がやってきた。 彩乃は天使のような微笑みを浮かべて、妖艶なボディラインをひねらせて、雌猫が媚びる様に相手を見つめた。 来客の40代紳士は、視線を完全に彩乃だけに向けて、ぎこちない微笑みを浮かべた。 来客の紳士は、受付を離れてから、付き添いの若い営業マンにつぶやいた。 「ああいうのは、生来の娼婦だね」 「えっ、彼女ですか? そうですか? めちゃくちゃカワイイと思いますけどっ!」 「ふーん。そういうふうに見えるもんかね……」 その頃、彩乃はまた、次の若い来客を虜にしていた。 「第2営業課の柳本ですね? ただいまお呼び致します。少々お待ちくださいねぇ……」 上目遣いでグラビアアイドルのように微笑む彩乃に、若い来客の顔は雪崩を起こしていた。 お昼の12時近くになると、店内は慌しくなってくる。レジに並ぶ人の数が格段に増えるのだ。お昼の買い物を済まそうとする主婦やお弁当を買おうとする近隣の会社員たちがほとんどだ。次のピークは夕方5時ごろやってくる。 そしてその5時のピークが始まったころ、晩御飯の買い物客でごった返す店の中に、幹原撫由は一人でフラフラと入って来た。 フードショップ・ハートスでは、7台のレジスターにそれぞれ二人の社員を投入して会計をこなしている。 そんなレジでは、必死でPOSを通しているおばさんたちがわき目も降らずに働いている。 撫由はジュースを1本手に取り、長い列を作っているレジに並んで順番を待った。とても王子様などいそうにない状況だった。ただ、レジに近づくにつれ、妙な胸騒ぎがした。三角巾をかぶり、エプロンを締めて、手際よく商品をカゴからカゴへと移しているオバサンの様子を見ていると、どこかで会ったことがあるような気がしてきた。 撫由の順が回ってきて、ペットボトルのジュースをレジで通している間に、撫由は思い切って声をかけてみた。 「お姉さん、どこかでお会いしてますよね?」 おばさんというのは失礼かしら、と思った撫由は少し相手の様子を見ながら、お姉さんと言ってみた。 レジの手を止めずに、顔だけ上げた店員は、撫由の顔を見て何かハッとした様子だったが、首を大きく横に振った。 「いえ、記憶にございません。失礼ですが、人まちがいだと思われますが」 そう言われて、撫由は、記憶に衝撃を与えられたように何かを思い出した。 「その声、聞き覚えがあるみたい……。あれ? もしかして?」 撫由の声の調子が少しずつ変わってきたのを、店員は全く聞いていないふうで、次の客の精算を始めていた。 「あ、夏穂ちゃんじゃないの?」 撫由に大声を出されて、店員はあきらめたように目を閉じた。一緒にレジで仕事をしていた男性社員が、夏穂と呼ばれた店員に対して、 「杉村くん、お客さんならちょっと出て行っていいよ。15分で戻ってね」 「あ、いや、お客さんっていうんじゃなくて、その、コイツは……」 杉村夏穂(すぎむら・なつほ)は恨めしげに撫由を見た。しかし、社員やほかのお客さんの手前、静かにレジを出た。 「おーい、高木くん、こっちのレジ手伝って!」 男性社員の声が店内に響く。 「夏穂ちゃん、久しぶりね〜。小学校卒業以来じゃない?」 夏穂は肩に手をやって、首をコキコキ鳴らしながら、店の出入り口で撫由の前に立っていた。まさに迷惑という顔つきだった。 「夏穂ちゃんっていうけどね、私はアンタとは相当仲が悪かったはずだけど、忘れたの?」 「え〜、だって、子供の頃のことでしょ? ちょっとくらいのケンカなんか、水に流しましょうよ」 「ちょっとくらいのケンカなら、ねぇ……」 夏穂はため息をついた。 「”杉村さん”ですって? 夏穂ちゃん結婚したの?」 撫由は無邪気に尋ねた。 「そうよ。もう25ですから。子供だっているわ。だから、こんなスーパーで一生懸命働いてるのよ。お金持ちのお嬢様のアンタとは、こんなところで会うことは絶対にないと思ってたけど、アンタが天然だってこと、忘れてたわ。」 「王子様に会いたくてね〜〜〜。うふふ。ステキな恋がしたかったのよ」 「アンタ、ぜんぜん変わってないわね、頭オカシイわ。こんなところに、ステキな王子様がやってくるわけがないじゃないの。もっと、乗馬クラブだとか船上パーティーだとか、どっかの社長の誕生パーティだとかに行きなさいよ」 撫由はきょとんとして、 「あら、そんなのは飽きるほど行ったのよ。でもどこにも王子様はいなかったわ。だからもしかしたら行ったことの無い場所にいるのかなと思ったのよ」 と、至極もっともだというように、夏穂の顔を見つめた。 「アンタにはついていけないわ。とにかく、私はアンタとは仲良くする気は無いから、もう二度とここには顔を出さないでよ。絶対絶対、顔を見せないで。二度と会いたくないんだからね」 「そんなぁ〜〜どうして? 夏穂ちゃんっ」 「大っ嫌いだからよっ!!!」 夏穂の大声が近くにいた店の客を驚かせた。夏穂は仕事場であることをついつい忘れて興奮していた。自分を取り戻そうとして息を整えていると、急に撫由が小さな悲鳴を上げた。 夏穂が撫由の様子を見ると、一点を見つめて、両手を口に当て、放心状態である。 「どうしたのよ、大丈夫?」 夏穂が言うと、撫由が小さな声でつぶやいた。 「いた、いた、いたのよ」 「え?」 「いたのよ、王子様がっ!!」 「えええ??」 夏穂は撫由の視線の先を見た。店の外は人通りが激しく、自転車や車やバイクが行き交う大通りがあり、その視線の先を確かめるのに時間がかかった。 「どんなやつなの、王子様って……」 夏穂はいつのまにか必死になって、撫由の前に出て望遠鏡でも持っているかのように目の上で手を広げ、人波の中の宝石を見極めようとしていた。すると、夏穂は目の前の男性にポンポンと肩を叩かれた。 「おい、何やってんだ?」 夏穂の前にはスーツ姿の背の高い男性が眼鏡越しに皮肉な笑みを浮かべて立っていた。 「わっ、びっくりした」 夏穂は驚いて、その男性を見つめた。そして、われに返って、また怒り出した。 「やっと来たわね、この親不孝息子が! アンタのせいでお姉ちゃん、どれだけ苦労してると思ってるのよ、携帯も3日も通じないし、なんのための携帯よ、いい加減にしてよね!!!」 「わかったわかった。だから電話にも出たし、こうして呼び出しにも応じたじゃんか」 「わかってないわよ、遥哉は!!」 「ごめんてば、姉ちゃん」 「姉ちゃん?」 撫由は夏穂と男性のやり取りを見てようやく二人の関係に気づいたようだった。 豊里遥哉は、夏穂の隣に立って、茫然自失の状態で彼の顔を見つめ続けている撫由に気づいた。撫由のその様子を見て、夏穂は嫌な予感がした。 「どなた?」 遥哉が夏穂に尋ねると、夏穂は口をつぐんだ。 「紹介して、夏穂ちゃん。」 そう夏穂に言った撫由は目をキラキラさせている。 きっと、間違いない。夏穂は気づいてしまった。撫由が見つけた王子様とは、彼女の弟……。 夏穂は首を横に降った。 かたくなな拒絶にあって、撫由は困った顔をしていたが、ついに自分から自己紹介することにした。 「私、夏穂ちゃんと同じ小学校だった、幹原撫由です。」 「ふーん。よろしく」 「あ、こちらこそっ。あの、遥哉さんって言うんですか?」 「うん。あー、店でバイトしてるんで、ショットバーだけど、飲みに来てよ。今日、これから、一緒に来る?」 「えっ、ほんとに? 行く行くっ、私そういうところ、行ったことなくて……」 「ダメよ!!!!!」 はしゃぐ撫由を一喝するようにして、夏穂が叫んだ。 「遥哉、このコには手を出さないで。そんなことしたら、後で酷い目に遭うわよ」 「なんだよ」 遥哉は釈然としない様子で、出しかけた名刺を仕舞った。 「さ、撫由はさっさとおうちに帰んなさい。お父様とお母様が心配なさってるわよ。こんなところでうろついてる場合じゃないわ。じゃあね、もう来ないでね。バイバイ、はいさようなら」 夏穂は撫由にくるりと背を向けると、遥哉の腕を引っ張って、店内に戻って行った。 撫由は店の出口に立って、中に入ってゆく二人の後姿を見ていた。遥哉の後姿から目をそらすことができなくて、じっと見ていた。すると、遥哉がふと振り返った。撫由と目が合うとちょっと微笑んだような気がした。それだけで、撫由の胸はきゅんと痛くなった。 ハルヤ……その名前が忘れられず、撫由はその後一週間寝込んでしまった。 |
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