good morning

この作品の写真素材はあんずいろapricot×color様よりお借りしています


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「LONG ROAD」

(2)

佐野 涼は、じっと私の顔を見ていたが、すぐまた前を向いて歩き出した。
「涼!」
私は今度は叫んでいた。
しかし、彼の足が止まることはなく、どんどん下り坂を降りていった。
「待って、今ここに住んでるの? 携帯の番号変えた? ねえ、話がしたいんだけど…」
私は涼のそばに走って降りていった。
彼の腕を取って、無理やり彼を振り向かせた。
しかし返ってきた言葉はなんの情動も感じられないものだった。
「話がしたい? なんで?」
私は、その言葉は聞かなかったことにしようと思った。
「元気? ひさしぶりよね…」
涼はゆっくりと瞬きをすると口元に笑みを浮かべていた。
「直は、元気そうだな。」
そして、視線で隼人を指すと、
「お連れ様がお待ちだ。」
と言って、くるりと向きを変え、また坂を下って行こうとした。
「待ってってば!」
私は涼の前に立ちふさがり、行く手を阻んだ。
彼はふっと笑って私を見おろしていた。
「あれから、…電話も通じなくなったし、メールも戻ってきた。その後、涼がどうしてたのか、知りたいの。」
「ふうん。」
涼は私の目を見ていた。
かと思うと、急に私を押しのけた。
私は倒れそうになって、傍の電柱に身体を打ちつけた。
「何すんだよ!」
隼人が飛んできて、涼の肩を掴んだ。
涼は隼人に一瞥をくれたが、すぐに冷めた顔で、視線を落とした。
隼人は涼を睨みつけながら、私の手を取り、引き寄せた。
「大丈夫? 箕川さん…」
私はそれには答えずに、涼の顔を見続けていた。
「そんなに、話したくないって言うの?」
私の声は震えていた。少なからずショックだった。
「懐かしいとか思ってんの? ちがうよな。単なる興味本位なんだろ? 残酷だな。」
涼のつぶやくような声が、やけに寂しく響いた。
「残酷…?」
 
私がよく知っている涼は、そこにはいなかった。
何があったのだろう。
今さら詮索するなと言うのだろうか。
でも、ずっと気になっていたことなのに。
 
坂道を下ってゆく涼の後ろ姿が、
色の無い絵のように、私の胸に刻み付けられた。
 
 
夜、隼人の部屋でテレビを見ていた。
一つ年下で、可愛い顔をした神戸のお坊ちゃん。
「ね〜箕川さん、そろそろ良くない?」
「なにが?」
「来年あたり、ジューンブライド、どう?」
「相変わらず考えることがロマンチックねえ。」
ロマンチックでなぜ悪いとばかりに、隼人はソファにふんぞり返っている。
「お互い、たかが塾講師で、生活安定してないしー。何か結婚する意味とかあるかなあ…」
私がそう言うと、
「意味? もちろん、箕川さんのこと、独占できるでしょ。」
と彼は胸を張って答えた。
はあ? それだけなの?
私は少しがっかりして、目を閉じた。
隼人との生活は、まあ予想ができる。別に嫌な未来ではない。
でも、なぜか喉の奥に刺さった骨のように、気になってしょうがないカケラが存在していた。
 
涼が、この神戸にいたなんて。
 
 
私は仕事が忙しくて、8月にあった高校の同窓会には出席しなかった。
去年、同窓会は初めて行われたらしいが、これが結構好評だったらしく、
毎年やろうということで今年の夏もあったらしい。
去年も同様に忙しく、同窓会どころではなかった。夏休みは大変な時期なのだ。
でも、出ておけばよかった。
今さらながら思う。
同窓生なら…、地元にいる人間なら…、涼の事件や、彼のその後を詳しく知る者がいるはずだ。
でも、出席しなかった。
 
多分、私は、もう涼のことなどどうでもよかったのだろう。
消えてしまった恋人よりも、神戸の現実の方が重かったんだろう。
だから、もう、涼のことは忘れよう。
それが、今、私が歩いている道なんだ。
今さら涼が現れたって、私の行く道は変わらないんだ。
変わるわけがないんだ。
 
きっと。
 
 
私は土曜の朝、休みをとり、新幹線で新横浜まで向かった。
駅からタクシーで少し行くと、父の住まいがある。
単身者向きの小さな社宅だった。
私は久しぶりに父の顔を見たあと、昔住んでいた街へと向かった。
 
きんもくせいの香りが漂う、あの、二人で手を繋いで歩いた道があった。
一人きりで歩くと、自分が自分で無いような気持ちの悪い感覚に陥った。
あの頃の自分と同じ制服を着た生徒たちが、部活だろうか、連れ立って歩いている。
その中に、あの日の私がいそうで、
そして、佐野 涼も、そこから笑顔で現れそうで、
何か不思議な気持ちがした。
 
「あら…、直じゃない?」
そういう声がして、私は振り返った。
なんと赤ん坊を抱いて歩いているのは、高校3年のときに仲の良かった、江嶋冴子だった。
「さえ〜。」
私は嬉しくて、いい大人だというのに、少し飛び跳ねてしまった。
彼女も一緒になって跳ねていた。この道に立つだけで、学生時代に戻っているようだ。
「元気そう。なによ、赤ちゃんまでいるの〜?」
「そうよ〜。直こそ、同窓会にも来ないで、みんな、かなり心配してたのよ。」
「心配?」
私の意外そうな問いに、冴子はちょっと困った顔をして、頷いた。
「あ、聞き流して。元気だったらいいのよ。関係ない関係ない。」
「うん…? なんか隠そうとしてる?」
冴子は眉間にしわを寄せて、私を上目遣いに見た。
「だって、知っててわざと来なかったんだろうって思ったから…」
「何を?」
「だから…」
冴子は赤ん坊の顔を見ながら、話した。
「佐野くんのあの事件以来の、酷い生活よ。…エリート間違いなかったのに…」
「あの…事件…。」
「コンビニ強盗の件よ。結局、確かな証拠がなくて、不起訴になったけど。」
 
私は胸に重石を乗せられたような苦しさを感じた。
「事件のおかげで受かっていた大学にも行けなくなったし、ご両親は心労で倒れるしで…。佐野くんは地元で就職したかったらしいのに、事件の影響がある地元では働き口が見つからなくて、夜働いたり…。苦労したらしいわ。」
「そう…」
「彼も同窓会にはやっぱり来なくて、全部、彼と仲の良かった菊田くんが教えてくれたの。」
私には言葉を失くすには十分過ぎるほど、衝撃的な内容だった。
多分、疑いをかけられただろうとは思ったが、その後は正義は勝つとばかりに、私は、涼の無実が証明されると、疑わなかった。
頭がよく、皆の憧れだった彼の将来には、悲観するようなことは何一つ起こるわけが無いと信じていた。
それが、あまりにも、幼稚で楽観的な考えだったと今気付いた。
「最近は、菊田くんも佐野くんを見ていないのよ。横浜から出たんじゃないかって。
 今頃どこでどうしてるのか…。」
「大丈夫、神戸で逢ったわ。」
「え?」
私は冴子の赤ん坊の前髪を撫でながら言った。
「表情の無い顔をしてたけど…。」
「そう…。」
 
「会えてよかった、さえ。涼のこと知りたくて、ここまで来たのよ。涼がどうしてあんな顔してるのか、知りたくて…」
「そうだったんだ…。次会ったら伝えて。クラスの皆、応援してるからって。辛いことがあったら、ここに頼ってきてって。」
「うん…。」
私はぼんやりと、次、会えるだろうかと考えていた。
会えるはず、そう思いたい。
だって、涼には、まだ一度も、さよならを言ってない。
 
「任せといて。ちゃんと伝えるわ。」
 
きっともう一度会える。
ただ、そんな予感がする。

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