good morning

こちらの写真素材は空色地図様よりお借りしています


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「虹色Kiss!」

(1)私の彼は


「ぎゃははははは!!!」
 大声上げてお笑い番組に涙しているこの人は、私の彼氏。名前は空生翼(そらう・よく)、年は23歳会社員。

 2月の雪が窓の外の世界を白く変えて、どこかへ出かけるのが億劫なこの時期、部屋でくつろぐのは悪くない。でも。
 ここは彼の実家で、お茶の間に通されたまま、2時間半。彼はテレビの前から動く気配はない。
 そして、なによりも、付き合って半年、いまだ彼の部屋に通してもらったことが無いという事実。それが問題だ。


「夏ちゃん、今日も来てくれてありがとう〜」
 翼の妹の美羽(みう)ちゃんがかわいい笑顔で紅茶を運んでくれた。二十歳の美羽ちゃんはもうどこの男だって惚れるでしょうっていうくらいの美人で愛想良し。確かに兄の翼も、普段は眼鏡をかけて髪もボサボサで無精ひげなんか生やしているけど、キチンとすればキュンとするくらいカッコイイ。
 キチンとすれば。

 付き合い始めたのは、よく行くトンカツ屋さんで相席になったことから、私が一目ぼれしてしまった。それくらい、最初はかっこよかったのに、今はかっこよさを持続しようという気が見られない。
 でもまあ、それはいい。あんまりかっこよすぎてモテモテだったら、こっちの精神力が持たないから、普段は薄汚くってもまあガマンしますよ。
 でもね。
 この人はどうしてコミュニケーションをとろうとしないの?
 愛の言葉がない。ボディタッチもない。キスもない。当然、エッチもない。

 美羽ちゃんが私の顔を申し訳無さそうに見ては、つぶやく。
「お兄ちゃん、優しくしてくれます?」
「うーん。そーねー。優しい……かなあ?」
「そうですかあ」
 美羽ちゃんの表情が気になったので、私は翼には聞こえないように尋ねた。
「なんで? なんでそんなこと聞くの?」
「だって…実は…」


 私はとうとう彼の部屋に通されること無く、夕飯前に実家を出ることになった。
「外で飯食ってくる」
 翼が家族に向かってそう告げ、私たちは彼の車に乗った。
 そうやって二人で御飯を食べようと思ってくれることなんかは、まあ、合格なんだけど、結局今日の半日、翼の家でお笑い見てただけだよね。それって、どうなのよ。

「焼肉食いたいんだー」
 翼は焼肉店に入ると、すぐにメニューを睨みつける。
「生中一つ、夏は何飲む?」
 そういうことも、メニューを見ながらで、私の顔を見てくれることも無い。
「ウーロン茶で」
「えー、飲まないの?」
「ていうか、私までが飲んだら、誰が運転すんのよ」
「あー、そっか」
 二つ年下の私が言うのもなんだけど、なんていうか、精神年齢が低いというんだろうか。好きなことには必死だけど、周りの状況を考える力が足りないぞ。特に、彼女のキモチ、考えたことあるんだろうか??
 
 さっきの美羽ちゃんの囁き声が頭をよぎる。
「お兄ちゃんね、夏ちゃんと付き合う前までは、1ヶ月くらいですぐ別れちゃうの」
「えー、サイクル短いね」
「うん。理由知らないし、振ったのか振られたのかわかんないけど」

 間違いなく振られてるでしょ。こんなにマイペースじゃ。


 車に戻ると、車内には焼肉のニオイが充満した。
「くせーなー」
 笑いながら言って、翼はチーンと鼻をかんだ。
「あー。寒ィ。カゼひきそ」
 なんて、なんて、色っぽくないの。私たちは夫婦? それも熟年並みじゃん。
 夜の8時。まだ時間はあるのに、運転手は私。
「ね、翼、どこか行く?」
「え、マジで? こんなニオイさせて、どこ行くんだよ」
「うーん」
 確かに。
「ねー、うちに来る?」
 私がそう言うと、翼は3秒黙り込んだ。
「お前んち、ゲームもDVDもたいしたもんないから嫌だ」
 私はぐっと言葉を飲み込んだ。
 確かに、前に一度だけ部屋に通したら、ゲーム機を探し、古いなあと不満を垂らしながら、少し遊んで、後はDVDを観ていたが、それも不満たらたらだった。
 ちがうじゃん。
 そんなことするために呼んだんじゃないってば。
 今夜だって、せめて10時くらいまで一緒にいたいし。
 それって、普通でしょ?

「ラブホテル……行ってみない?」
 私は恐る恐る口にした。
 翼が固まって黙り込んでいるのがわかった。急いで言葉を継ぐ。
「ほら、ゲームだってあるしさー、プールも岩盤浴もあるしー、ネットもできるしー、エステだって……」
「なんでお前そんなに詳しいんだよ」
「え、そんなの誰でも知ってるよ。っていうか、雑誌に載ってるし……」
「へー」
 翼はそれきり黙ってしまった。
 私はため息をついて、車を公園の近くの歩道脇に止めた。
「だって、翼だって、行ったことあるでしょ?」
 翼はチラと私を見た。
「何で停めたの? 夏んち帰ろう」
「翼、ごまかした」
「ごまかしてなんかねーよ」
 翼が私の顔を見て何か言いかけて、言葉をやめた。そしてそのまま私の顔を見ていた。
「翼、ねえ、私たち、トモダチじゃないよね。付き合ってるんだよね」
「……」
「手をつないでもいいよね?」
 私は、情けないなと思いながら、自分から翼の手を握った。
 翼の手が少し震えた。
 もしかしたら、女性の経験が無いのかな。
 どうしたらいいか、わかんないの?
 私は無理矢理助手席の翼へ体を寄せた。
 顔を近づけ、さあ、キスしてと言わんばかりに翼の目を見つめた。必殺のうるうる瞳で迫ったら、きっと翼だって気付いてくれるよね。
 翼はじっと私の目を見て、私の頬に手を添えた。
 と思うと、
「公園にはノゾキが多いんだぞ」
と一言。そして私の頬に添えていた手に力を入れて、なんと私の顔を押し返した。
「マジにんにくくせー!!」
 そして、腹を抱えて笑っている。


 翼、そんなにキレイな顔で、女心をズタズタにしてくれる、どうしようもない男。そりゃ1ヶ月で振られるわよ。
 なんなら今すぐ振ってやろうか。

 でも、その後すぐ、翼は言った。
「別れよ」

 え?

 もう一度翼は大きな声で言った。
「別れよー」


 夏原夏(かはら・なつ)、言葉が出ません。

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