good morning

こちらの写真素材は空色地図様よりお借りしています


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「虹色Kiss!」

(2)自慢のオンナ


 どういうことだよ、それって!
 何? 私が迫ったのがいけなかったのかあ?
 だって、こっちから誘わなきゃ、一生向こうは手を出して来なさそうだったんだよー!
 童貞なんだよ、きっとそうだ。それじゃなきゃ、ホモか、何かでしょ!
 あーん、腹が立つー!!

『わかったからさー、大声出すなよ、耳が痛いよ』
 携帯電話の向こうでは、親友の椿真白(つばき・ましろ)がため息をついていた。
『要するに、あんたはちゃんと別れの理由を聞いて来なかったんだね?』
「うん」
 私は怒りだか悲しいんだかわからない涙で、顔をぐしゃぐしゃにしていた。とても人には見せられない。
『今までの、あんたたちの付き合い方も聞いてたけどさ、確かに不自然というか、納得できない部分はあるよね』
「そーだ、そーなんだーぁ」
『じゃあ、ちゃんと聞いてみたらー?』
「翼に聞く……?」
 私は頭の中でシミュレートしてみた。


夏:「ねえ、あんたエッチの経験無いんでしょ」
翼:「はー?」


 ダメだ。そんなこと言ったって、あいつはとぼけるに違いない。


夏:「ホモなの? ゲイなの? それともなんかのニュータイプ?」
翼:「はー?」


 ダメだ。あいつの冷め切った反応が目に浮かぶ。

「夏、お前ってサイテー。別れて正解だワ」
 そう言って、軽蔑のまなざしで、私を見るかな。



 だけどね。半年待ってたのは、本当に好きだったからだよ。
 そりゃー、子供っぽくて、マイペースで、ガンコで、人の気持ちなんか知ろうともしないでいる、彼氏としては最低ランクの人だけど。
 そばにいられることが楽しかった。日に数えるほどだけど私の顔を見て笑ってくれるときや、誰に接しても礼儀正しくて偏見を持たない所や、愚痴なんか全く言わない所や、その辺のモデルなんか足元にも及ばないルックス(オシャレすればの話だけど)や、ほかにもたくさん大好きなところがあった。
 だから、翼に好きだって言われることをずっと夢見てた。それこそ、笑えるくらい純粋に。
 キスされたい。
 抱きしめられたい。
 翼と一つになりたい。
 翼に大切に思われたい。

 翼の自慢のオンナになりたかったのに。結局、翼は私を求めてくれなかった。
 求められないって、辛いよね。


『だからさー。泣きながらしゃべらないー。ほら、ちゃんと鼻かんで!』
 携帯電話の向こうでは、真白が悲鳴をあげていた。あー、私、一晩中愚痴ってらー。電話代いくらだろ。



 あの日から翼は電話もメールもくれない。私がいくら電話しても出ないし、メールを送っても返信してはくれなかった。
 私は自分がニートに近いフリーターという無敵の環境でいることを感謝しつつ、バイトなんか辞める覚悟で数日休み続けた。
 ふと、立ち上がって腫れぼったい顔を鏡で見た。
 化粧も落としてなかったか。そういえば三日ほど風呂にも入ってねえ。顔が雪崩を起こしている。

 私はシャワーを浴びてから、念入りに化粧した。泣き腫らした目元には深くアイラインを入れ、カールマスカラで睫をくりんと上げる。なんとかごまかせたか?
 久しぶりに家を出るとき、母親が不思議そうに言った。
「何か、ショーでもあるの?」
 どういう意味だ。


 4時半。私は翼の会社の前で立っていた。道路脇に植えられた樹にもたれかかり、マフラーで半分顔を覆い、携帯でお気に入りの音楽を聴きながら、翼が帰る時間になるのを待っていた。
 自販機でホットのミルクティを買い、近くを通った焼きたてパン屋さんでメロンパンを買い、コンビニに行って肉まんを買い、いつしかビールを飲んでいた。

 樹の下で蹲っていると、誰かが近寄ってくるのがわかって、顔をあげた。
 ビルの警備員さんだった。
「誰かをお待ちですか?」
「えー、えーと」
「もう殆どの方は帰られましたよ」
「今、何時ですか?」
「8時です」
 ぐわッ。

 どうりでブーツの脚がパンパンで痛くて立てなくなったわけだ。

 コンビニとか行ってる間に、翼はもう帰っちゃったのかな。すれ違ったのかな。

「あのー、総務課の空生さんは、帰られましたか?」
「は?」
 警備員さんは驚いた顔をして私を見つめた。
 警備員さんに訊いても無理かな。私は首を振って、立ち去ろうとしたとき、なんともいえない同情心のこもった声が私を追いかけて来た。
「空生さんは、昨日付けの異動でT市にある本社勤務になりましたよ」

 ええーーーー!!

 ま、マジですか?
 酷い、酷すぎる。一言も教えてくれないなんて!

 私は思わず駆け戻り、警備員さんに抱きついて、胸の中でえーんと大声を出して泣いていた。
 ひどーい、ひどーいと言いながら。

 私はなんでこんなところで見ず知らずの60近いオッチャンを抱きしめているんだろう。
 迷惑なのはわかってるけど。
 すると、困り果てた警備員さんを見かねて近寄ってきた男性が、私の顔を覗き込んで言った。
「あ、こんばんは。夏さんだ。夏さんでしょ?」
 私には見覚えの無いその人は、優しそうな顔で私の手を取り、
「よかったら、飯でも行きません?」
と笑った。

「なんでっ。なんで私に優しくするの? 翼の関係者?」
「関係者って……」
 その人は苦笑いをして、胸ポケットから名刺を出して、私にくれた。
 総務課長、春村とある。
「空生は僕の部下です」
 それほど翼と年が変わらないように見えるこの人は、実は30歳で、そしてプライベートでは翼とはタメ口で話すほど仲が良いのだと、後で知った。

 会社近くのイタリア料理店に入ると、私に好みを聞き、慣れた様子でオーダーした。そして
「美味いですよ」
とにっこり笑った。
 おおー、自分が女だったって思い出した。こんなに優しく扱われたのは、実に半年ぶり。いや、もっと前か?
 こんなことくらいで感動するなんて、ちょっと情けないなと気付き始めたとき、春村さんは言った。
「ごめんね。空生が本社に行くのは随分前から決まってたんだけど、会社の都合でギリギリまで本人には言えなくて。だから、あいつも夏さんにも言うことができなかったんだろうね」
 いえ、違います。
 「メエル」とかあるじゃないですか。「デンワ」とか。
 飛脚の時代じゃないんですから。言葉が一瞬で相手に届く時代なんですよ。
 ちょっと教えるくらいできるじゃないですか。それを黙ってたなんて。
 
 でも何も言えずに、春村さんの顔を上目遣いに見ていた。
 別れたんですよ。そんなことさえ、言えなかった。
 春村さんは言った。
「半年くらい前からかな。急に空生が仕事を辞めたいって言い出して」
「え?」
 そんな話、全く知らなかった。
 仕事が辛いとかムカツクとか、その類の言葉は全く聞いたことがない。
「どうしても辞めたいっていうからね、理由を聞いたら仕事が合ってないって言うんですよ。そんなこと言っててどうするって随分説得しました。だってこんなこと言ったら嫌なやつだと思うかもしれませんが、ウチの会社に入りたくても入れないやつが大勢いる。業界トップのシェアを持つメーカーで、ネームバリューもある。待遇だってかなりいい方なのに、まだ1年やそこらで仕事を辞めるなんて根性が無いってね」
 春村さんは続けた。
「でも、ずっと悩んでいたみたいです。一緒に飲んで、一緒に気晴らしをして、やつは心を開いてくれたと思うんですが、それでも退社の意向は変わらなかったみたいで。退社がどうしても無理なら、環境を変えてくれという申し出がありました。それで、僕が彼を本社勤務にするように手配しました」

 じゃあ、ずっと、仕事のことで悩んでいたんだ。

 翼はいつも楽しそうだったのに。
 でももしかすると、今までの自分勝手ぶりはストレスのせいだったとか? 休みの時にまで人に気を遣いたくなかったのかな。
 そんなふうに思えて、私は少し罪悪感を感じた。
「夏さんの写真、空生の携帯の待ち受けになってますよね」
 それは、私の知らない事実だった。
 人の携帯を勝手に覗くようなヤツはサイテーだと言われていたから、見ようともしなかった。翼も私の携帯を触ろうとはしなかったし。
 それにしても、いつ、写メを撮ったんだろう。
「酔うとね、何度も自慢されましたよ。かわいいだろーって。確かに、かわいいですね」
「え、いえ。あ、そんなっ」
 私は恥ずかしくて真っ赤になって、嬉しさで漏れる笑いをかみ殺すのに必死だった。
 そうなんだ。
 翼、私のこと、自慢してくれてたんだー。


 逢いたい。
 ねえ、はっきりと理由を知りたい。
 私は春村さんにご馳走になったあと、一人で駅に向かいながら、メールを打った。
<翼、逢いに行くね。別れたくない。別れなきゃならない理由を知りたい>



 その翌日、私は荷物をまとめてT市へ向かった。

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