good morning

こちらの写真素材は空色地図様よりお借りしています


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「虹色Kiss!」

(3)最後の賭け


 翼の勤め先は大企業だった。T市にある本社と聞かされれば、場所はすぐにわかった。私が現地に着いたのは午後5時前。私と翼が住んでいた地元の街からは電車で2時間の距離だ。
 出発する前に、翼の実家に電話をしてみたら、翼は会社が用意したマンションに移り住んでいると教えてくれた。
 電車の中で色々と考えた。

 翼のお母さんが、電話口ですまなそうに言った言葉を思い出す。
『夏ちゃん、翼と別れたんだってね。ごめんね。翼があんなだから、夏ちゃんも辛かったよね。今までありがとうね』
 優しいお母さんだったな。美羽ちゃんだってとても親切で優しかった。なのに、翼だけは、わかっているくせに知らん顔するような、そんな意地悪を時々見せる。それは、相手が私だからなのかな。だったら、なぜ半年も一緒にいてくれたんだろ。
 そして、私と別れたと、もう家族に言ってしまったんだね。そんなに簡単に割り切れるっていうことは、私は最初から愛されてなかったんだろうか。

 別れた女が逢いに来たら、やっぱり追い返されるのかな。
 逢いに行くとメールを送ったのに、返事は来ない。なんで無視なんだろう。リアクションが無いと凹むよ。「来るな」と言われれば、私だって思いとどまったかも知れないのに。
 でも、私はやっぱり理由を知りたい。私を嫌いになったから? それとも翼の触れてはいけない部分に私がズカズカと入り込んだから?
 仕事で悩んでたことなんて、ちっとも知らなくて、私は、私たちは、本当に付き合ってたのかな。


 本社のビルは大きくて、ビルの前には大きな社名の入った塔が立っていた。塔の周りには噴水や植樹があり、ちょっとした広場になっていて、さすが一部上場企業の本社は違うなと感じた。
 ここでじっと待っているのは正直恥ずかしかった。前に翼が勤務していた支社と違い、都会のど真ん中で人も車も溢れかえっている。
 誰もが忙しそうに早足で歩き去っているのに、私は塔にもたれかかってぼうっとしている。すぐに警備員さんが来て、私に言った。
「御用でしたら正面玄関の受付の方へどうぞ。それ以外でしたら、即刻立ち去ってください」
 酷い言われようだ。受付なんかで呼び出せるわけないじゃん。
 私は仕方なく、本社ビルの真向かいにあるコーヒーショップに入り、そこからビルを伺うことにした。
「ミルクティください」
「うちはコーヒー専門店ですけど」
「あ」
 コーヒーなんて飲めないよ。
「じゃ。キリマンとモカのブレンドで」
 私の口からなんとなくそんなフレーズが出た。翼の言葉のカケラが頭に残っていて、口をついて出てきたんだ。
 はあ。
 こんなところで芸能人ならまだしも、元カレの出待ちをしてるなんて、一歩間違えばストーカー。いや、間違いなく、ストーカー行為じゃん。

 そうこうしているうちに、5時半キッカリに、翼らしき人がビルから出てきた。
 私は慌ててお会計をして、店を出た。大きな道路を隔てているために、信号が翼との距離を開けてゆく。はやく、青になれ!
 夕方の交通渋滞で、翼の姿が車の海に消えそうになる。

「翼!!」
 私は思い切り叫んだ。
 距離はゆうに100メートル。高校時代は14秒台だったけど、今じゃ重い荷物と運動不足と信号のせいで、5分はかかりそうだよ。
 待って、翼!

 すると、翼はふと振り返って、私の姿を見つけたらしく、立ち止まった。

 必死で荷物を持って翼の傍へ向かおうとする私を、彼は黙って見ていた。翼の姿が間近に見えるにつれ、その姿に驚いた。
 無精ひげを剃り、すっきりした顔。眼鏡もしていない。グレーのコートを着て黙って立っている。その姿、態度に子供っぽい要素は何も無く、私のしていることの方が、随分子供じみた行為だと気付かされた。
「翼ぅー」
 それでも私はヘロヘロになりながらも、鈍い足で走り、翼の傍にたどり着いたときは、半泣きの状態だった。
「お疲れ」
 翼は私を見て、動じることも無く、口元に笑みさえ浮かべていた。
「逢いに来た」
「おう」
「おう、じゃなくて、ほかに言うことは?」
「うーん」
 翼は空を見上げて、考えていた。
「来てくれて嬉しいとか、来られて迷惑だとか、無いの?」
 翼はニヤリと笑うと、
「大迷惑だけど、ちょっと笑える」
と言った。
 そんな。
 そりゃあ、期待はしてなかったけど。


 翼は私の荷物を持ちながら、
「なんでこんな大荷物なんだ」
と真顔で尋ねてきた。
 わかりませんか?!
「決心して来たからでしょ!」
「はあ? 決心?」
 そう聞き返しながら、翼は辺りをチラチラを見回して何かを探している。
「何を探してるの?」
「んー? テキトーな店。マックやサイゼリアじゃ、いくらなんでも……だろ?」
「はああ?」
 待てよ、こいつ。そこで話をして終わらせるつもりじゃないだろうな。
「店なんて行かない。翼の部屋に連れてって」
「嫌だ」
「嫌だ、じゃない!」
「嫌なもんは嫌だ」
「なんで? 女でもいるの?」
「お、女?? まだ引っ越して三日目だぞ」
「じゃー、いいじゃん」

「ちょっと待て、夏」
「何よ」
 翼は眉根に皺を寄せて、疑わしそうに私を見た。
「もしかして、この荷物、俺んちに住もうなんて考えてるんじゃ……」
「その通りです」
「はーっ???」
「親に許可取って来ました。何も二人の仲を邪魔するものはありませんー!!!」
 ああ、空が青い! 神様サンキュー。やっと言い切ったぁ!

 それは、私にとって、最後の賭けだった。
 拒絶されるかも。
 突き飛ばされて、立ち去られるかもー。
 蔑んだ目で見られてしまうかもーー。
 絶交になってしまうのかもーーー!

 そうは思ったけどね、翼。
 私は中途半端は嫌いだ。好きだっていう気持ちに終止符を打てるだけの、台詞が聞きたい。納得できることなら、私はすぐ、荷物を持って帰るから。


 翼はその場でしゃがみこみ、脱力していた。
 そして私の顔を見上げて言った。
「俺たち、別れたんだけど」
「一方的に別れを告げられただけ」
「どっちでもいいけど、俺は別れたいんだよ」
「じゃ、理由を教えて」

 翼はまた下を向いた。
 私は翼と同じようにしゃがみ込んで、彼の視線をとらえようとした。
 人の行きかう歩道で、私たち二人はまるでコンタクトでも落としたかのように、じっと地面を見つめていた。

 気分を変えるように、私は少し明るい声で聞いてみた。
「翼の携帯の待ち受け、誰の写真だっけ?」
「ドンキーコング」
 翼は顔色一つ変えない。
 くぅ、即行でウソのつけるタイプなんだな。今までどれだけ騙されて来たのかわからん。っていうか、ドンキーコングはないだろう。私はゴリラ似か。
 翼に勝つには、なんだろう。色仕掛けはダメ、頭の回転でも負ける。誠心誠意っていうのも、効果は無い。プライドを傷つけるとかえって拒絶されそうだしな。
 翼の弱みってなんだろう。どうしたらいい?

 
「わかったよ。じゃあ、とりあえず今晩はウチに来いよ」


 翼の口から妥協の言葉が出た。すごい。それは奇跡に近い。
 二人きり。今晩は、二人きりだよね。
「引っ越したばかりだから、荷物だらけで寝るとこないけど、いーの?」
「いいよ」
 もちろん、翼の腕の中で眠るから!
 私は満面の笑みで答えた。
 翼はなんだか、嫌な顔をして、すぐに荷物を持って歩き出した。

 逢いに来てよかった。
 これは、勝利だよね?
 別れ話は白紙だよね?

 私たちの、初めての、夜がくるぞぉ。ファイトォー!
 今夜は決戦だ!

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