こちらの写真素材は空色地図様よりお借りしています
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| 「虹色Kiss!」 (4)憎めないライバル 決断すると行動が早い翼。私の重い荷物を全部まとめて持つと、自分の軽いカバンを投げてよこした。 「かなり遠いぞ、歩いて40分くらい」 そう言って私の2・5倍くらいのスピードで先を歩いて行く。 ちょ、ちょっと待って、あ、荷物持ってくれてありがと。あ、でも、そんなに遠いなら……。 「翼、バスとかあるよね……さっきバス停らしきモノが……?」 「歩け。運動だ」 振り返りもしない。ついて来れないなら帰れ、とでも言わんばかりの態度だ。 いいさ。ここではぐれてなるものか。目的地の愛の巣まで、絶対に辿りつく。 すると突然私の携帯が鳴り出した。 翼は立ち止まり、私を振り返った。それを見てから私は、遠慮気味に携帯を取り出した。 『どーおー、夏。オコチャマの彼氏は捕まえられた?』 「ま、真白……」 真白の声が翼にまで届くはずはない。それでも小心者の私は、ドキドキしながら翼の顔を見上げた。 彼はくるりと踵を返し、またさっさと歩き出した。 少しだけほっとして、でもみるみる離れていく翼の後ろ姿を必死で追いかけながら、真白に文句を言う。 「どーおじゃないよ。そういうのはメールにしてくれない?」 『何、今、大事な瞬間だったのかなー?』 「大事な瞬間って……それは……まだ……今、小走りで追いかけてる途中だし」 『こっ、小走りっ』 真白は電話口で吹き出していた。 「いや、笑い事じゃなく必死。……マジで小走りなんだぁー」 『意味わからんわー』 まだ彼女は笑っている。 「もういい。また後でかけるから、切るよー?」 私が携帯に向かって叫んだ時、突然、脇の路地から人が出てきて、避ける間もなくぶつかった。 「あ」 相手は私を突き飛ばしておいて、その場に立ち尽くしていた。 私は見事に舗道に転び、電柱で頭を打った。 「大丈夫?」 相手は少し驚いた様子で、ようやく私の傍に近寄ってきた。 半分ノびていた私は、その人に抱き起こされるまで動けず口もきけなかった。 むせるようなタバコのにおいと交じり合った、男性特有のにおいが私を覆い、反射的にその腕の中から逃げ出そうとした。でもなぜか力が入らなかった。 思い切りぶつけた頭を、その人がそっと撫でてくれた。 「立てる?」 大きい、まるで小犬のような瞳で見つめられて、私は思わずその人を見つめ返して固まった。 何? これは何? 数秒間、見つめ合ったまま。 相手の瞳にも戸惑いの色がはっきりと浮かんだ。 「あ……」 「え、と……」 「おい」 急に声がした。 私は、男性に抱きしめられたまま、顔だけを声の方へ向けた。 傍に翼が立っていた。 翼の声を聴くと、私は我に返った。 助け起こされただけとはいえ、翼ではない男性に触れられて、じっとしていてはマズイ。翼に誤解される。翼には触れられたこともなく、こんな間近に接近したこともないことを一瞬で思い出した。焦る……。 でも、この状況。翼が嫉妬してくれたら、少しだけ嬉しい。『なんだよ、テメー、俺の女に触ってんじゃねー』くらいのこと、言ってくれないかな。『俺の女にぶつかっといて怪我させて、そのまま帰ろうってんじゃねーだろーなぁ。後でワビ入れに来てもらうからなー』なーんてちょっとくらい極道っぽくってもいいかもー。 私の妄想癖が出始めたとき、この体を支えていた相手が急に立ち上がった。私は放り出されて、ころころとまた舗道に転がった。 そして、翼と男性は、言葉を交し合った。 「昨日はどうも」 翼が言った。 「偶然ですね」 相手が言った。 なんと2人は顔見知りだったらしい。しかし不自然に開いた互いの距離は、どこか牽制し合っているような雰囲気があった。 彼らは挨拶をしたものの、その後、酷く無表情だった。 翼は私の目の前に腰を下ろすと、 「夏、タクシーにしよう」 と言った。 大丈夫か、とも聞いてくれなかったけど、それが口下手な翼の、優しさなんだと解釈した。 ぶつかってきた男の人は気がつくと姿を消していた。 彼はボルドーのダウンジャケットとパンツ姿だった。細くまっすぐ伸びた長い脚にブラックジーンズがカッコイイ。顔は、やや童顔でキレイな肌をしていた。少し垂れた目には大きな黒い瞳が揺れていた。柔らかそうな唇がセクシー。緩めのパーマがかかった短めの髪は、シャープな顔の輪郭をそっと隠していた。抱き起こしてくれたその腕は、とても逞しくて、力強かった。低くて甘い声は、優しく耳元に響き、思わずうっとりとしてしまう。最初に違和感があった、タバコの香り、男臭さが、数秒後には、たまらなく離れ難くなってしまったのは、なぜ? ああ、こんなこと考えてていいのかなー。 ……良いわけ、ないない。 翼だって負けてないぞ。っていうか、翼が一番だよ。 顔つきも目つきもちょっとキツいけど、キリリとしたイケてる面だし。ジムに通ってるから、細く見えるけど多分逞しい……はず。まだ抱かれてないから、そこんとこは想像だけど。タバコも吸わないし、いつもすごくいい香りがする。何の匂いだろう、香水なのかな。少しハスキーな声は、カラオケに行くとマジで惚れますってくらいカッコイイ。殆ど笑わない人だけど、笑うとすごく優しい顔になる。きっとあの顔、自分では見たことないんだろうな。態度がデカイから学生時代なんか、よくケンカ売られたみたいだけど、特に武道を習ってるわけでもないのに、無敗の悪魔だって、彼の友達が言ってた。私はそういうの好き。怖いというより、めっちゃカッコイイと思うんだ。 最近はオシャレもせずに、飾り立てもしない翼だけど、そのせいで、普段着だとまだ高校生くらいにしか見えない。無邪気で無敵な少年……て、褒めすぎかな。 タクシーを待つ間、翼は荷物を足元に置き、私の顔色を見ながら、驚いたことに、そっと肩を抱いて「もたれていいよ」と言った。 ……びっくりした。 それは、電柱に頭をぶつけたから? 体を心配してくれたから? それなら、もっともっと電柱とか壁とかに激突しちゃおうかな。いや、マジで。 「頭がいたい……かなー」 私は翼のコートの腕に額を寄せて、小さい声で言った。 すると翼は意外な反応を見せた。 私の予想では、「どうせ、たんこぶだろ?」なんて、まさにお見通しの一言で一蹴されると思っていた。しかし、彼は私の肩を抱いた手に力を入れ、 「痛みが酷いなら病院へ行こう」 と言った。私は慌てて、 「大丈夫。ごめん、ほんとはただのたんこぶ」 と頭の天辺のたんこぶを撫で、情けなく笑って見せた。少しだけ、反省。 翼の体に初めて近づいて、優しい体温を感じた。調子に乗って、そっと翼の掌に指を絡ませてみた。 大きな手は温かく、私の冷えた指を包んでくれた。 胸がじゅわって熱くなる。 タクシーに乗り、翼の住む部屋に到着した。アパートのような、小さな古びたマンションだった。会社が翼のために特別に借りた部屋なので、社宅のように周囲に会社関係の人は住んでいないらしい。3室ある1階の真ん中の部屋、それが翼の部屋。 さあ、いよいよ、だ。 どうやって甘えよう。今日は珍しく優しいから、案外すんなりいっちゃうかも。もしかしたら、翼が積極的になっちゃって、私の方がたじろいじゃうなんて展開もアリかもー。病院なんて行かなくても俺が診てやるから、ほら、服を脱いでみろよ、なんてさーー。えー、翼ったら、お医者さんごっこー? 頭を打って裸にさせる医者なんて、ほとんどAVじゃーん。でも嫌いじゃなーい。 私がそんな妄想に耽ってニヤついていると、翼はドアに鍵を差し込んだまま、動かなくなった。 「翼、どうしたの?」 翼はなんだか疲れた顔をして、でも思い直したように私を見た。 「いや、なんでもない。お客さんが来てる」 翼はそう言ってからドアを開けた。 すると中から、悲鳴のような大声が聞こえてきた。 「きゃーっっ、翼〜。お帰りなさ〜い」 ええ?? 私たちが部屋の中に入るより先に、その声の主が部屋から飛び出して来て、翼に抱きついた。 翼は荷物を全部落とし、脱力して、されるがままになっている。翼に抱きついて翼の頬にキスをして、そしてその人は、硬直している私の存在に気付いた。 「あれ、お連れ様?」 翼は黙って荷物を持ち上げると、部屋の中へと入っていった。 「あ、ちょっと、翼〜。あたしも手伝うのに〜」 その人は私を無視して翼の後を追って、部屋に入った。 何だよ、あれは。 私はまだ部屋の外で硬直していた。 「翼……」 私は呼んでみた。 「翼……」 私は声を上げた。 「翼ーーーー!!!!!」 私は大声で叫んだ。 翼が慌てて部屋から出てきた。 「な、何だよっ!」 「何だよ??? 何だよじゃないだろ、何だよじゃああ」 「わ、悪い。せ、説明するから、入って」 「ここで、説明しろ」 「ここって、色んな人に聞かれるじゃん」 「聞かれるとマズイのか!」 「いや、いや、違うけどさ」 すると、翼の後ろから、さっきの人が顔を出した。翼の背中に抱きつくようにして、翼の肩越しに私を見た。 「あたしー、このマンションの管理人なんですー。仲間類(なかま・るい)です。よろしくねー」 「私は夏原夏です。翼の彼女です!」 「いやーん、彼女なんだあ」 「ここに住むつもりですからっ」 「あら、そうなんだああ。じゃあますます仲良くしなくっちゃ〜」 その人は笑うと二つえくぼができる。かわいい。かわいすぎる。でも、どこからどう見ても、男じゃん。オ・ト・コじゃんっ!!! そうだったのかあ。翼、やっぱり、そうだったのかよお。 「夏、あのさ、とりあえず中に入らねえ?」 翼が類に強く抱きしめられて、むせながら言った。 「そうよー。入ってちょうだい。3人で住むのはちょっと狭いかしらー。でもあたしは大歓迎よー。翼の大切な彼女なんだもーん。」 大切なのかどうか、わかりませんがね。 どっちが彼女なのかも、わかりませんがね。 私はそれでも、類の屈託のない笑顔を見ると、なぜか憎めなくて、ただただ、落ち込んでいた。 |
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