この作品の写真素材はあんずいろapricot×color様よりお借りしています
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| 「恋するオトメ」 (13)揺れる 私は、ぶるぶると震えながら鳴り続ける携帯を掴んだまま、黙ってそれを見つめた。 空は、私の様子を見て、うつむいたかと思うと、急にベッドから降りて自分の鞄を手にした。 「空……」 「気にしないで出たら? 瑠貴なんだろう?」 携帯は鳴り続けたまま、切れる気配はなかった。 私は覚悟を決めて、携帯を耳に当てた。 「はい」 『歩?』 懐かしい甘い声が私の名を呼んだ。 「ひさしぶり。こんな時間にどうし……」 『こんな時間になんで部屋にいないんだ? どこにいる?』 「え?」 瑠貴は、速い口調で続けた。 『部屋まできたけど、留守だから。どこにいるの? 会いに行くよ』 「ど、どうしたの?」 『会いたいんだ』 空はゆっくりと部屋を出て行こうとした。 「待ってよ、空!」 思わず私が叫ぶと、空は立ち止まって振り返った。 黒い瞳が、私の様子を見つめる。 私は携帯に向かって言った。 「聞こえたでしょ? いま空と一緒なの。だから……」 会えないの。 会いたいって言われたって、もう、いまの私は空と一緒にいることを選んだから、だめなんだよ。 どうして電話なんかしてくるの? どうして、会いたいなんて言うの? 瑠貴は少しの沈黙の後、再び柔らかな声を出して、言った。 『会いたかったんだ……ずっと……』 うそだよ。アメリカへ行くことを決めて、私を空に譲ったんじゃない。 連絡もしなくなって、学校にだって来なくなって、顔も見ないでも平気だったんでしょ? 会いたかったなんて、……そんな……。 私は思ってもみなかった瑠貴の言葉に、とまどっていた。 『アメリカに来いって親父に言われたとき、オレは絶対歩と一緒に日本に残るんだって決めて歩の部屋に住もうって思ってさ。だけど歩に一緒に生活できないって言われて、考えたよ。歩にとって、オレはまだガキだとしか見てもらえてないって。オレが日本で親父の援助なく生きていくには、きっと歩に頼ってかなきやだめなんだろうって。それが見えたよ……』 「瑠貴、もうやめようよ。いまさら何を言っても……」 『だから、アメリカに行くことにしたんだ。歩に、本当に愛されたかったからだよ』 私は胸が痛むのを感じて、自分でも驚いた。 『もう、何を言ってもだめなの? オレのことはもう過去のことだから? 高村は歩を幸せにしてくれるかもしれないって思ったけど、でもやっぱり、だめだ。オレには歩が必要なんだ』 この胸の痛みは、過去の恋の名残? 瑠貴への同情? それとも……。 私は自分でもまさかと思って、はっきり瑠貴に告げた。 「いまは空とホテルにいるのよ」 わかった? もう、わかって。 私なんて、そんなに求められるほどイイ女じゃないし、瑠貴のことを簡単に忘れることができるような、薄情な人間なんだよ。 目の前で優しくしてくれて、好きだって言ってくれる空のことを、瑠貴の代わりに好きになれるんだもん。 瑠貴の代わりに? 私が空を好きなのは、瑠貴の代わりなの? 空はうつむいたまま、鞄をもってドアの前でじっと立っていた。すごく辛そうに見えたのは、もしかしたら瑠貴のことを思ってだろうか。私が瑠貴にひどいことを言っているのを聞いて、耐えられないのだろうか。 瑠貴は空の生徒。そして私の生徒。 まだ16歳の彼に、私は大人と同じような強さを求めていたんだろうか。いや、瑠貴の、瑠貴という人の素顔が好きだったはず。 『高村とホテル? じゃあ、なんで電話に出たの?』 「それは……」 するどい質問に、私が答えられないでいると、瑠貴はこう言った。 『高村と代わって』 私はどうしようか一瞬迷ったあげく、空に助けを求めるつもりで、 「瑠貴が空に代わってって言ってる」 と、空の方を見て言った。 空は突然言われたにもかかわらず、すっと近寄り、無言で私から携帯を取った。 「高村だけど」 空は、ぼそぼそと話した。 こんなところで自分の生徒と話なんかしたくはなかったのだろう。 ごめん、空。やっぱり、私は卑怯者かもしれない。 空は何度かうなずいて、突然ホテルの名と部屋のナンバーを告げた。 私が驚いていると、空は携帯を私に返すと同時に、 「いまから、ここへ来るらしい」 と言った。 「どうして教えたの?!」 私が空から受け取った携帯は、もうすでに切れていた。 「一度ちゃんと話しないとまずいだろう?」 空は私の顔を見て笑った。 「何の話? いまから瑠貴に会うなんて、私、嫌!」 「なんで?」 「だって……」 私は瑠貴に何も話すことなんか無いわよ。 逃げたい。 逃げ出したい。 瑠貴には会いたくない。 「じゃあ、僕は退散するから。」 「え?」 ちょっと待って。退散するって……。 「じゃあ、私と瑠貴が二人きりで会うの?」 「うん。ちゃんと話するんだよ」 「そんなっ!」 空は優しい笑顔を消さないまま、私の頭を撫でた。 「本当のことを言うとね。僕は歩にちゃんと自分で選んでほしいんだ。僕と瑠貴が歩を取り合うんじゃなく、ね。歩は優柔不断だから、押しに弱いのはわかってる。でもそれじゃ、いつか後悔するかもしれないだろう?」 優柔不断と言われて、ズキンときた。そのとおりかも。見透かされてる。 でも、私は、空を選ぼうとしてるのに。 どうして、また瑠貴に会わなきゃならないの? 「なんで今、会わせるの? 会って、私が瑠貴を選んだってかまわないの?」 「かまわないわけないだろ」 空は急に鞄を床に落としたかと思うと、両手で私の頭を抱え、胸に抱きしめた。 胸いっぱいに、空の匂いを吸い込んで、私は思わず目を閉じた。 空は片手で私の頭を引き寄せるようにして、キスをした。 それは、とても甘いキスだった。 まるで、言葉で約束を交わす代わりのような。 せつなく、苦しく、甘く、とろけるような。 唇が離れて、空の目が私の両の目を交互に見つめ、本当の気持ちを知ろうとしている。 今、求め合ってるこの気持ちは、うそじゃないよね? そう聞いている。 そうだよ。うそじゃない。だって、こんなに離れたくないって思ってる。 「ほんとに帰るの?」 「うん。歩を信じてるよ」 そんな。 ずるいのはわかってる。でも私はぐっと引っ張って行ってくれたらどんなに楽だろうと思っていた。 私は飲みすぎたことを後悔した。空が出て行くのを止められない。 部屋から出るどころか、ベッドから這い出すのにさえ、時間がかかった。足元はフラフラで目は回る。ハイヒールなんか履いているおかげで、何度部屋で転んだことか。 座り込んで、思わず泣きたくなった。 瑠貴と話をしなきゃならないの? 何の話を? 瑠貴の到着をじっと待っていることなんて、私にはできない。 ホテルからチェックアウトするまで、悲惨なほど転んだ。きっとあざだらけになってしまってる。 でも、どうしても瑠貴に会うわけにはいかなかった。 いま会っても、話することなんて無い。 だって、もう瑠貴はアメリカへ行くんだし、私は空のことを好きなんだし。 ホテルの前の道路を渡ろうとすると、急に現れたタクシーに轢かれそうになって、またしりもちをついた。アスファルトにくるぶしを打ちつけて、すりむいた。 痛い。 なんで、こんな目に遭うんだろう。 空のばか。 瑠貴のばか! ふと顔をあげると、そこに手を差し伸べている瑠貴が立っていた。 タクシーに乗っていたのは瑠貴だった。 なぜか、瑠貴と一緒にタクシーに乗り、私は夜の道を走っていた。 道路は海沿いを走っている。左手に黒い海が横たわる。。 深夜になったんだろう、もう車もあまり走っていない。 「なんでこんなに酔っ払ったんだよ」 「べつに」 「どうせ、またカクテルをクイクイ飲んだんだろう」 「そうよ。空と一緒だったから、楽しかったんだもん」 私がそういうと、瑠貴は少し黙った。 「あさひ、病院行く決心したらしいな」 瑠貴は静かに言った。 「あさひはあなたのことが好きらしいから。悲しいことだけど、産むことはできないのよ」 私はそういえば、あさひだけでなく、瑠貴を好きだと思っている生徒たちはたくさんいるはずだなと考えていた。 どうして、その中の誰かではなく、瑠貴は私なんかと付き合っていたんだろう。 瑠貴と付き合いだした、春の初め。そのころの学園での生活は、よくも悪くも鼓動が激しく鳴り続けていた。 「アメリカには来ないんだってさ。あいつは気分で生きてるから、ちょっと反省したほうがいいな」 瑠貴のキレイな横顔は、やっぱりいつになっても見とれてしまう。 「瑠貴はいつアメリカへ行くの?」 「7月に入ったらすぐに」 「そう」 やっぱりアメリカへ行くんだな。 私は眠たくなって、ひとつあくびをした。 瑠貴は自分のひざをぽんぽんとたたいて、私を見た。 「横になれよ。眠いんだろ。部屋についたら起こしてやるから」 「いいわよ、そんな」 私は憮然として唇をとがらす。 そんな、甘い恋人同士みたいに、ひざまくらなんてできるわけない。 でも、酔いと時間のせいで、私の眠気は極致に達していた。 朝の光がまぶしかった。 気がつくと、私は自分の部屋のベッドで寝ていた。 頭が押さえつけられるような違和感がある。二日酔いかな。でも昨日のことはちゃんと覚えてる……はず。あれ?でも家に帰ってきた記憶がないな。 ベッドから出ようとして、掛け布団をめくろうとすると、重くて動かなかった。 ベッドの脇にしゃがみこんで、眠る瑠貴の頭が見えた。 やわらかそうな茶色の髪に隠れた顔をそっとのぞくと、子どものような寝顔だ。いや、まだ子どもなんだわ。錯覚する。あんまり強くてきれいな人だから。 縮めた長い脚が、窮屈そうだ。 私は、つん、と瑠貴の頭を指で押した。 びくっとしてから顔をあげ、私を振り返った瑠貴は、思った以上に柔らかな顔をしていた。 「おはよう」 そう言って笑う瑠貴の笑顔が、私の胸の中の扉を開けて急に入り込んできた。 鮮やかな色の映像が目の前で展開されたみたいに、私は少し身震いした。 なんどもここで繰り返した、瑠貴との「おはよう」が甦る。 抱き合った夜のことも。 いつもこの狭いベッドで苦しいくらいに抱きしめられたことを。 「どうした?オレの顔、へん?」 瑠貴がそっと、ベッドに体を乗せた。 だめだよ。近寄らないでよ。 そんな、前と変わらない表情のまま、近づいてこないでよ。 どうして、こんなにも気持ちが乱れるの。 「歩は、もうオレと会いたくなかった?」 寂しそうな顔で、そう訊く瑠貴。 「会いたくなかった」 正気のときに会ったら、また、好きになってしまう。 |
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