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| 「恋するオトメ」 (15)優しい予感 空は私を抱きしめていた手を緩めた。 「僕を……」 空がぽつりとつぶやいた。 「僕を選んでくれたんだよね?」 「結婚はまだ考えられないの?」 「東京にいたいの?」 空は少しずつ、私との距離をとり、まるで客観的に確認するかのように、私を見つめていた。 私は、誰かに教えてもらいたかった。 どうして、素直に空に甘えられないんだろう。 私ってやつは、人並み以上に仕事への執着があるわけじゃない。 東京暮らしが性に合ってるとも思ってない。逆に、東京に一人でいると寂しい。誰かがそばにいてほしいと思う。 今までも空に頼ってきた。 一人で都会を生き抜く自信なんて無い。 空。 暖かい存在。彼がいないと、安心できなかった。 だから、もっとその中に心をうずめて、甘えればいいのに。 どうしてなんだろう。 何かがひっかかっていて、私は一歩を踏み出せないでいる。 その、中途半端な状態が、ものすごくしんどかった。 頭は空を選んでいるのに、私のこころは別の方向を向いている。 「歩、僕は小学校の時から、歩のことが好きだったんだよ」 「えっ?!」 私は思わず顔を上げた。 すると、やっと私の視線を捕まえた空は、微笑んで続けた。 「歩は中学まで僕より背が高くて、せいぜい、隣の席に座って冗談を言う程度の友達でしかなかったけど、僕はずっと好きだった」 「一緒に仕事を始めて、今、やっと歩が僕のことを見てくれて……。うれしかったよ」 言わないで。 余計に苦しくなる。 どうしたらいい? どうしたらいい? どうしたら……。 「帰って」 私は空に、そう一言、言い放った。 「歩……」 「ごめん。ごめんね。今日は帰って」 私は思わず頭を掻き毟りたくなるほど、胸の中がざわついて、イライラして、ギリギリと音を立てていた。 「わかった、帰るよ。」 空は立ち上がり、玄関のドアのそばへと向かった。 そして、ドアを開ける前に、もう一度私を振り返って、言った。 「重かったら、僕の言った事忘れていいんだよ」 私はその言葉を背中で聞いていた。 「僕の気持ちなんかどうだっていいんだ。少しでもいいから、歩に僕を好きになってほしいだけなんだ」 「そのためには、僕はなんでもする。どんなことだってがんばれるよ」 その夜、私は眠れずに、ずっと暗闇の中、天井を見つめていた。 ひとつの考えが頭から離れなかった。 それは、逃げるように見えるだろう。でも、私は新たな未来を選択したつもりだった。 今、私は田舎の町で、ショップの店長をしていた。 年も三十路になり、一人暮らしにも慣れた。 あれから、6年。 私は東京で、幼馴染の高村空に紹介してもらった講師を仕事をしていた夏、休みに入る前に、退職した。 ほんの数ヶ月の講師生活だったけれど、今となってはいい思い出だ。 辞めてしまったのは、無責任だったかもしれないけれど、あの頃の私は仕事に対して高村空のように熱意溢れた講師であったわけでもなく、ただ、給料をもらえる場所が、単に学園だったというだけだった。 今こうして若い主婦層をターゲットにしたショップで、接客業をしているのも、単にお金のため。この仕事を始めてみて、結構こういう仕事も私に向いているんだわと知ったくらいだ。 私は一人で生きていけるくらい、強くなったつもりだ。 でも、時折、寂しい気分をお酒で紛らわせることもある。 それは、今も、忘れられない、講師時代の切ない恋。 思い出すたびに胸が詰まる。 恋をしていたのは、7歳も年下の生徒、南丘瑠貴。 今だからわかる。心のよりどころとして、頼りにしていて安堵感を求めていたのは、空に対してだったが、それは恋でも愛でもなく、孤独が生み出した幻の感情だった。 私は、瑠貴の心も、体も、欲しいと思っていた。いつもそばにいて触れていたいと思っていた。 キスは止まらず、抱きしめあうぬくもりに癒され続けた。 瑠貴がいると、空気まで優しくなった。 少し甘えた視線も、私の体を辿る指先も、無邪気に笑うと垂れ下がる目も、遠くに立つときの強い背中も、全部が私の宝物になった。 私は恋をして、それがダイヤのように心の奥で輝き続けている。 今でも。 それは愛じゃなかったかもしれない。 まだ愛になる前の、淡くキラキラした粉雪のようなきれいな感情だった。 でも、だからこそ、忘れられなかった。 今頃、南丘瑠貴は、どうしているんだろう。ちゃんとアメリカの大学に通っているだろうか。 私はもちろん、高村空とも連絡を取らなかったので、瑠貴がどうなったのか、聞いていない。それどころか、空がまだ学園にいるのか、辞めてあの孤児院の指導員になったのか、それすら知らない。 携帯電話の番号も変えてしまった。 「お疲れさま」 ショップで働く店員たちを送り出して、最後に私は着替えはじめた。 シャッターが閉まっても、テナントとしてショッピングセンターに入っているので、店はまだ煌々と明かりがついている。 着替えが終わると店の裏口から出て、ほかのお店の人たちに挨拶をしながら、ショッピングセンターの出口へ向かう。 時計を見ると10時半だった。夜食はこれからだ。 自炊する元気もないし、また居酒屋で食べようかなと思っていた。 そんなとき、ショッピングセンターの駐車場にエンジンのかかった車が一台、停まっているのが目に入った。 もう、閉まったショッピングセンターだけに、駐車場にはその車一台しかいなかった。多分、誰かスタッフを迎えに来た家族とか恋人の車なんだろうと思っていた。 すると、その車は私が通り過ぎようとするとスルスルと動き出した。 暗くてよく見えないが、シルバーっぽい色のセダンで、エンジン音の静かさが高級車のような感じがする。私はあまりここの駐車場でこういうタイプの車をみかけたことがない。たいていファミリーカーだった。 その車は、私の傍をスーッと抜き去ると、駐車場の出口付近で停まった。 出口は自動だし、駐車券でも探してるのかな、と私が思っていると、車の中から人が降りてきた。 そのドライバーはなぜか私を見ていた。 そして、次の瞬間、彼は大声で 「歩!!」 と、私の名を叫んだ。 私は驚いて立ち止まった。 誰? その、人懐っこい声は、もしかしたら……。 ドライバーは走りよってきて、笑顔で急に私を抱きしめた。 「ひさしぶりっ!! 元気だったかぁっ……探したんだぞ!!」 高村空だった。 「空……」 私は唖然として、空に抱きしめられるままになっていた。 空は私を抱きしめていた両腕を放すと、右手で私の左手を引っ張って、歩き出した。 「空、どうしてここに……」 空は6年前よりもたくましい気がした。 「そんなことより、さぁ、急ごう!」 「え? どこへ???」 「待ってるヤツがいるんだよ」 「待ってるヤツ??」 助手席に乗った私は、空の横顔を見ながら尋ねた。 「どういうこと?」 「歩の一番会いたい男だよ」 「え?」 「決まってるだろっ、瑠貴だよ。瑠貴に逢いに行くんだよ」 「えっ、今から?」 「そうだよ。瑠貴も会いたがってる。仕事が忙しくて時間がなくって、ここまで来れなかったけど、本当は瑠貴が迎えに来たかったんだよ」 「瑠貴が……」 「大学を飛び級で卒業して、今はもう会社興して社長さんだよ、アイツ」 「ええっ??」 「歩にもう一度会うために、アイツがんばったんだよ」 「空……」 「僕はよくわかってた。本当は歩は瑠貴を好きなんだって。それを無理やり自分に向けようとしてた。ゴメンな。歩が急にいなくなったとき、ひどく後悔したよ。」 「だから、もう一度、この二人を逢わせたいって、ずっと思ってたんだ。叶いそうだなぁ」 瑠貴に逢える。 もう少ししたら、瑠貴に逢える。 世界が変わるほど、すべてが震えるほど、感じていた恋にまた再会できるの? 変わらないで、そのままでいてくれるかなぁ。 私が恋した瑠貴に、逢えるのかなぁ。 私は車窓に映る街の明かりに目を奪われながら、鼓動が高鳴るのを感じた。 信号で停まったとき、空が、触っていた携帯を私に渡した。 耳に当てると、小さな咳払いが聞こえてきた。 「もしもし?」 『あ、……歩?』 瑠貴の声が、あの頃とちっとも変わらないままで、私の耳に流れ込んできた。 |
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