good morning

この作品の写真素材はあんずいろapricot×color様よりお借りしています


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「恋するオトメ」

(2)夢であってほしい

 その日、私は南丘瑠貴に、一緒に飲みに行こうと誘われ、かなりいい気分で飲み続けた。
 あまりお酒は強くないくせに、瑠貴のかわいいとしか言えない笑顔と、すごくオトコっぽい横顔に見とれ、現実離れした楽しい時間を過ごしたのだ。
 一日中立ちっぱなしのバイトの疲れもどこへやら、多分、夜中まで飲んでいた。最後の方の記憶はもう、定かでない。
 ただ、翌朝目覚めた私の頭の中には、最高の余韻ではなく、二日酔いの胸苦しさと、多少の自己嫌悪だった。


 窓の無い部屋。独特のクリーニングのにおいが鼻を付く。
 ああ、ラブホテルに、勢いで入ったような…。かすかな、記憶の断片を、パズルのように組み合わせる。

 となりを見ると、安らかな寝息を立てて、瑠貴が眠っている。
 なんて幼い顔で眠る人だろう。真直ぐな前髪が鼻にかかっている。昨日からタバコを銜え続けていた唇も、近くで見るととても柔らかそうだ、ほんの少しだけ髭が伸びている。少し荒れた肌をしている。
 じっと瑠貴の顔を見つめていると、ゆっくりとその目が開いた。
 目を覚ました瑠貴に、とりあえず、おはよう、としか言えない私。
「おはよ。今何時?」
 私は腕時計を見て10時よ、と答えた。
「そうか」
 瑠貴はううーっと伸びをした。彼はベッドに半身を起こした。素肌にシルバーのペンダントが静かに動く。指先にいくつものリング。
 そして、思ったよりも筋肉がついている上半身を、ただ、呆然と見つめていた。
 ふと、瑠貴は、目だけ出して鼻までシーツを被っている私を振り返った。
「家まで送って行こうか? それとも、もう少しこのまま?」
「うん……」
 歯切れの悪い私の返事。
 私の顔を覗き込んだ瑠貴は、ちょっと甘えた目つきで言った。
「歩、昨日のこと、ちゃんと覚えてるよな?」
「え?」

 ぎくぅ。

「な、なんとなく、微かに……覚えてるような、ないような……」
「それは覚えてないって言う」
 瑠貴は、私の顔半分を隠しているシーツを細い指で、すーっと下げた。
 リングの鈍い銀色が私の目の前を通り過ぎる。私の髪を書き上げ、顔を近づけると、唇のそばで囁いた。
「なりゆきのえっちはいやだって。好きになってくれなきゃいやだって。さんざんわめいてたよな」
 え、私がそんなこと、言ったのか? 全く記憶にないない。
「中学の時に付き合って以来だから、はずかしいって」
 そ、そんなことも言いました?
「処女だから、コワイから、いやだって……」
「うそよ!! そんなこと、言ってないわよ!!」
 私は真っ赤になって、反論した。
「言ったの」
 瑠貴はニヤッと笑うと、顔を上げ、枕元のタバコを探して、吸い出した。
 呆然自失。そんなこと、言ってしまったのか。私はふてくされてシーツにもぐった。
 そしてしっかり着ている下着に気付いた。確かに時計だってはめている。昨日、二人の間でそーゆーコトはなかったようだ。
 とんとん、とシーツの上から、瑠貴が私を軽く叩く。
「付き合おうよ」
 瑠貴は簡単にそう言った。
 私は、バッとシーツをめくって顔をだして、瑠貴を見た。
 瑠貴は横顔のまま、タバコをふかし、目だけで私を見た。
「いいじゃん、べつに。付き合ってる男いないんだろ?」
 いないけども、あなたのコト、よく知らないし……。

「オレ、歩のこと、もっと知りたいって思ったよ。歩は、そう思わなかった?」

 うーん。とりあえず、そのじゃらじゃら付けたアクセは趣味じゃないんだよね。男の人のピアスもちょっと。でも、でもさ…。

 それ以外は、結構好きかも。

 もっと付き合ってみたいかも。


 その日、私と瑠貴は、しばらくしてホテルを後にした。彼の車が近くに停めてあって、一緒に日曜の春の海まで行くかぁ、なんて話になり、あっというまに夜を迎えた。

「会いたくなったら、いつでも電話して。っていうか、絶対電話してくれよな。オレからもするから」
 私のアパートの前で、瑠貴はかわいい笑顔で、そう言った。
 なんか、衝撃的な週末を過ごしてしまった。都会って、やっぱりこういうこと、多いんだわ。いや、私が都会に来て、開放的になりすぎたのだろうか。それとも、南丘瑠貴という人と出逢ったことが、大きすぎたんだろうか。




 翌日、月曜の朝。桜はほぼ満開。
 私は、高村空に紹介してもらって得ることができた仕事のために、私立星成(せいじょう)学園高等部の職員室にいた。
 今日から新学期が本格的に始まる。その2年生の英語の講師として、雇用された。実は、この星成学園は、空が2年生の担任をしている、つまり、空の勤める学園だった。
 空がいると思うと、本当に心強い。
 知らない土地だけど、懐かしいにおいのする親友がそばにいる。

 職員室で他の先生方に紹介され、挨拶をしているのを、空が満足げに見守っていてくれた。なぜか、空の隣には、40歳近いんじゃないかと思われる、女性の先生が、ぴったりと寄り添っていたが。


「澤田先生、2年3組に行こう。僕のクラスだから、紹介するよ」
 空に、澤田先生なんて呼ばれると、なんかくすぐったい。
「わかりました。高村先生」
 そんなふうにわざとらしく、答えてみた。すると、苦笑いした空は、私の肩に軽く手を添え、
「緊張すんなよ、頑張ってなー」
と、優しい言葉をかけてくれた。
 何度も頷く。初めての教師の仕事だった。たとえ雇われ講師といえど、実はかなり緊張している。
 そんな私のパンツのポケットで、微震が起こった。
 私は空の前で、しかも、廊下の真ん中で、急に立ち止まった。

 瑠貴からのメールだっ!

 そう思うと、時と場所を選ばず、見たくてたまらない。
 メールはやはり、瑠貴からだった。
<今度、いつ会える?>
 昨日会ったばかりなのに。そんな風に苦笑いしていると、空がケータイを覗こうとした。私は絶対に見せないようにして、さっとケータイを隠した。
「なーに? 僕にも見せられないものがあるの? 歩」
 空が私の腕をつついた。
 当たり前よと反論しながらも、なぜか、ふっと寒気を感じた。思わず振り返ると、職員室の前の廊下に立って、じっとこちらを見ている影があった。
 さっきの40前の女の先生だった。
 誰? あれ。なんか、こわい顔。



 クラスに入って、私は驚いた。
 さすが進学校。殆どの生徒が、担任教師が来る前に、びしっと席について、教科書や問題集を出して自習していた。
「おはよう」
 空がそう声をかけると、クラス全員が立ち上がった。いや、一人を除いて。
「おい。立てよ、瑠貴」
 空が大きな声でその生徒に促す。


へ?


「瑠貴、ケータイを預かるぞ。メールなんか、後にしろ」
 教室の一番後ろで、机に両脚を上げ、いすにふんぞり返って、おなかの辺りでケータイを触っている生徒が、空を睨みかえした。
 聞き間違いか? よくある名前とは思えないけど。
 私はその生徒をじっと見つめた。学生服で真っ黒のクラスの中で、一人だけカッターシャツだけでいる。しかも半分ほど開いたシャツの胸からは銀のペンダントがじゃらじゃらと覗いている。髪は銀色、ピアスやリングも数えられないくらい、つけている。

「南丘瑠貴、立ちなさい」
 空が大声で言った。


 瑠貴は立ち上がった。
 そして、その時初めて、教壇に立つ高村空の側の私に気付いた。
 私は、そして、瑠貴は、お互いに口をあんぐりとあけるがごとく、呆然と見詰め合った。


「新しいセンセかよ」
 瑠貴がポツリと言った。




 高校2年生になりたてってことは、まだ、16歳?
 私は言葉が出なかった。



 たしかに、あの、南丘瑠貴だったから。

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