good morning

この作品の写真素材はあんずいろapricot×color様よりお借りしています


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「恋するオトメ」

(3)ちょっと待ってください

 私のショックたるや相当なものだった。

 南丘瑠貴。

 飲みに行った時、彼に最初に歳を聞いたはずだ。そうしたら、
「大学3年だよ」
って涼しげな顔で答えた。
 なんで、こうして、教室でご対面することになるんだろう。



 昼休みになった。
 今日は授業よりも、前任者(産休する先生)からの引継とか、学校内の規則やら教師の立場やらPTAに対するうんちゃらかんちゃらなどの話で、午前中が完全に潰れてしまった。
 そんな疲れを癒すまもなく、急にある先生に呼び出されて、生物教室前までやってきた。
 校舎の中でも日が当たらない北側の建物の、それも1階というやけに静かな、ちょっとじめじめしてそうな場所だった。
 私を呼び出したのは、槌田絵美子(つちだ・えみこ)生物担当教諭。
「澤田先生、お昼、よかったらご一緒しません?」
「あ、いえ、私お弁当も何も持ってきてないもんですから……」
 槌田は優しい微笑みを浮かべて、言った。
「こんなところでは食べる気にもならないかしら。私はいつも、ここで食べてるのよ」
「いえ、そういう意味では……」
 私は上目遣いで槌田を見つめ、その態度を警戒していた。

 なぜなら。

 槌田絵美子は、見た目、40歳前後。若づくりしてはいるものの、フリフリのロングスカートはいったい何? って感じの趣味の悪さ。
 アンデルセンというより、絶対にグリムという感じの不気味さが漂っている。
 そう、わが幼なじみ高村空に、終始引っ付いているという女性教師は、彼女である。
 このときも、空に内緒で呼び出されたことに、なんらかの策略を感じる。

「澤田先生。お寿司、取ってますから。どうぞ」
 槌田は、寿司桶を実験準備室から持ってきた。
 果てしない不安がよぎる。
「ありがとうございます……」
 玉子、はまち、アナゴ、マグロ、イカ、エビ…まあ、並のにぎりだった。
「召し上がってください」
「じゃあ。頂きます」
 私がにこやかな槌田の前で、大きく口を開けマグロをほおばろうとしたときだった。
「高村先生のことなんですけど」
 ひときわ大きな声でそう切り出され、私はのどに寿司がつまってしまった。
「ぎゅふ。ぐ。は、はい……?」
 槌田は悠然と私を見ている。
「澤田先生と高村先生は同郷で、幼なじみだとか」
「え、ええ、そうです」
「実際のところは、どうなんです?」
 そう訊ねる槌田の顔は、まるで、魔女のような目の輝きをしていた。
「実際のところというと?」
 私は口に入れた寿司を吐き出したい気持ちでいっぱいだった。

 毒を盛られてないだろうか…。

「恋愛感情とか、そういうものですよ、澤田先生……」
 そうか。やっぱり、そうか。
 彼女は空を狙っているんだ。ここははっきり言っとかないと、嫉妬されたりして酷い目に遭うかもしれない。
「空とは、ですね……」
 私の声が冷たい生物教室に響くと同時に、コンコンコンという扉を叩く音がした。
「どうぞ。入ってください」
 槌田が答えると、すぐに扉がスライドし、弁当箱を持った高村空がやって来た。
「あら、高村先生!」
 驚く槌田。空には内緒で呼び出したのだから、もっともだ。
「いたいた、歩。探してたんだよ」
 あ、歩って、名前で呼ぶなよ。
 そう思ったのも束の間、空は私の肩に手を置いて、言った。
「桜がきれいだよ。茶道部の部室で飯食わない?」
「あ、でも、今、槌田先生に……」
 私は恐る恐る首を振る。
 すると、空は全く意に介さず、
「いいですよね、槌田先生。槌田先生は優しいから」
などと、笑顔で言い放った。
「え、ええ。どうぞ、高村先生……」
 空は私を促して、寿司桶を持ったまま、生物室を出た。
「槌田先生、後で桶、返しに来ますね〜」
 空は、そんな風に平気で言って、微笑んだ。
「行こう、歩。二人きりで食事したかったんだ〜」
「え?」
 まだ、槌田の視界から消えたわけではないのに、空は大声でそんなことを言う。
「僕らの関係は、だいたい勘の良い先生なら、気付いてるから、大丈夫だよ」
「ええ?」
 ちょっと待て、廊下に出てからも、何を言う?
 高村空は、急に、私に寿司桶を持たせると、開いた方の手で、私の背中に手をやり、ぴったりと密着してきた。

 おお、おいっ!

 私は空を殴ってやりたかった。一体どういうつもりだ!
「ちょっと、空!」
「ああ、ごめんごめん、歩。公私混同かなぁ」
 にやりと笑う空。
 違う。そうじゃなくって!!


 そんな私の目の前に、生徒たちの姿が見えた。
 前には生徒、後ろには槌田。廊下の真ん中で、私は緊張した。みんなの視線を感じる。
 特にひときわ強い視線を感じたのは、生徒の中からだった。

 そう、南丘瑠貴が、歩いてくる。
 まっすぐ私を見つめて。
 そして、私の顔から、空の顔へと、視線をじっとりと這わせた。
 瑠貴は急に、彼の隣にいた女子生徒の肩を抱き寄せた。
「なあに、瑠貴ったらぁ」
 女子生徒はまんざらでもない様子で、瑠貴の顔をぽおっと見つめる。

 ちょっと、それは、何?
 あてつけですか。

 狭い廊下をすれ違い様、瑠貴が低い声で言った。


「高村、覚えとけよ」


 空は知らん顔で、私に回した手に力を入れる。


 背中には、相変わらず、槌田の怨念のような視線がまとわりついているのを感じる。


 空、ちょっと、一体、どうしてくれるのよ!!
 しょ、初日なのよ!!!

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