good morning

この作品の写真素材はあんずいろapricot×color様よりお借りしています


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「恋するオトメ」

(6)反発

 私は南丘瑠貴に両手を引っ張られて、図書室を出た。そして、3階の北館と西館を結ぶ渡り廊下で、立ち止まった。誰かに見られてはいないかと、緊張して窓際から離れる私に、瑠貴は一言つぶやいた。
「そんなにオレと一緒にいると、ヤバイの?」
 瑠貴は廊下の窓に寄りかかり、窓から下を見下ろしていた。
「付き合ってることを知られていいわけないじゃない」
「じゃあ、バレたら、別れる?」
「別れる?っていうか、別れざるを得ないでしょう! 考えてもみてよ、学園側は、あなたのことを……」
 私が言いかけるのを、瑠貴は無視してすっと廊下を立ち去った。
 ちょっと、待ちなさいと声をかけたのだが、瑠貴は廊下の端の階段をものすごいスピードを出して下りていった。どうしたんだろう。何かあった?
 私は瑠貴のスピードに追いつけるはずがないので、さっきまで瑠貴が寄りかかっていた窓に近づくと、眼下の様子を伺った。
 数人の男子生徒がかたまっている。よく見ると二手に分かれていて、一方がもう一方ににじり寄ってゆくように見えた。
 急にそのかたまりの中に、瑠貴が飛び込んできた。
 なにやらもめていた関係が、瑠貴が入るとすっと引いていくのが分かった。
 面白い。磁石と磁石が同じ極同士で反発しあうように、瑠貴が前へ進むと、下の男子たちは一定の距離を保って引き下がる。二方向に分かれてしまった男子たちのかたまりは、そのうちに、それぞれどこかへと散っていった。
 私はそれを見届けてから、職員室へと戻った。
 ポケットの携帯が振動し、メールの受信を告げる。開いてみると、やはり瑠貴だった。
 <今日は会えないの?>
 私は廊下を歩きながら考えた。
 会う? どこで? 見られたらどうすんの? 絶対無理じゃん。
 職員室について、私は、昼休みの終わりを告げるチャイムの音を聴いた。
 メールに返信しないでいると、瑠貴はまた懲りずに送ってきた。
 <歩の部屋に行っていい?>
 まるで、芸能人がマスコミの目を逃れて付き合ってるみたいじゃないか。こんなのって、無理。
 私は考えた。
 この学校にいる間は、瑠貴とは付き合えない。危なすぎる。瑠貴は学校から睨まれているんだし、必死で彼の退学を止めようとしている空にも申し訳ないじゃない。
 <だめです!>
 でも、嫌いじゃない。瑠貴、私だって本当は二人きりで逢いたいんだよ。


 学校での瑠貴は、子供っぽいイメージが抜けない。それは例の銀色の髪のせいなのだが、まさにトレードマークになっていて、彼と接点を持たない生徒でもその髪の色で南丘瑠貴だとわかるようになっている。
 そしてどこにいても目立つせいで、教師から反感を買いやすい。
 そう思っていた私は、違う事実も知らされた。
 放課後、小テストの採点をしながら、職員室に残っていたのだが、高村空が私の隣で困ったようにうなり出したのだ。
「どうしたの?」
「なんか嫌な予感がする」
 まだまだ私なんかよりもずっと仕事が残っているはずの空が、もう背広の袖に手を通して学校を出ようとしていた。
「お帰りですか、高村先生?」
 別の先生が空に声をかけた。
「ええ。っていうか、ちょっと見回りに」
 空の言っているのは生活指導の巡視のことだろう。
「今日も見回りするの?」
「今日こそヤバそうだ。絶対何かある」
「どういうことよ」
 私にはさっぱり空の考えが分からない。
「中堂(ちゅうどう)が動きそうなんだよね」
「中堂?」
 空はハテナマークだらけの私に、こっそりと耳打ちしてくれた。
「この4月入ったばっかの1年の中に、中堂瞬哉(しゅんや)っていうのがいて、中学時代素行の悪さに定評があってね。なんで、ここに入れたのか不思議なんだけど。うちに入って早々、南丘瑠貴とぶつかって、一旦負けを認めて軍門に降(くだ)ったんだけども、どうも動きがおかしいんだよね。1年のちょっと強そうなやつらとつるんでることが多いんだ。瑠貴の息のかかってないやつとね」
 それだけ言うと、空はさっと職員室を出て行った。
「あ、ちょ、ちょっと待って、そ……高村先生!」
 私は答案用紙を急いでデスクに放り込んで鍵をかけると、空のあとを追った。

「え、ついて来んの?」
 空は不思議そうに私の顔を見た。
 私は職員用の靴箱で、上靴から自分の靴に履き換えている空にくっついていた。
「いいのよ、暇なんだもん」
「ま、いっか。何事も起こらなければ、デートすればいいしなぁ」
「そんなこと言ってるほど余裕があってよかったわ」
 一分一秒を争うような真剣な顔で職員室を飛び出したくせに、と私は呆れていた。
 校舎を後にして、校門から学園の外へ出ようとしたときだった。
「先生!」
 そう叫んで走り寄ってくる男子生徒がいた。
「なんだ?」
 空がその生徒を見て、顔色を変えた。
「瑠貴が、やられてます。待ち伏せされてたみたいで、複数のやつらにボコボコに……」
「どこだ?!」
 男子生徒は走り出した。
 私たちも一緒にその男子生徒を追って走り出した。
 瑠貴たちはまだ学園内にいたらしい。裏門の方へと走り続ける。
 私は不安で胸が苦しくなった。
 空の態度からして、これは冗談や何かじゃない。本当に血を見る事件になりかねないことなんだ。それも、瑠貴が、彼が、標的だなんて。
 男子生徒は裏門近くの自転車置き場の奥へと走って行き、急に足を止めた。
 空はその男子を追い抜かして、前へと出た。
 そこには。
 ボロボロになった、10人近い男子生徒が折り重なって倒れた山ができていた。
「瑠貴……。おまえ、大丈夫か?」
 瑠貴はどこ?
「お、早いな、さすが高村」
 空の前には仁王立ちする瑠貴と、その右腕で襟首を掴まれてネコのようにおとなしくなっている男子が一人いた。
 空は瑠貴から、そのぐったりした男子生徒の身柄を受け取ると、私に向かって介抱するように指示した。
「中堂だ。瑠貴にやられたんだな……」
 空は瑠貴の周りに倒れている男子たちを見ながら、ため息をついた。
「お前、一人でやったのか?」
「あたりまえだ」
 朝飯前といった感じで、周りに倒れている男子生徒たちを足で蹴飛ばして歩いていく瑠貴を、空が必死で止めた。
「待て、瑠貴!」
「なんだよ」
「このまま見逃すわけにはいかない」
 瑠貴は驚いた顔をして言い放った。
「オレは、中堂たちに待ち伏せされて殴りかかられたから、防戦したんだよ。当然、正当防衛だろ?」
「いや、喧嘩両成敗だ」
「いや、だから、ケンカじゃないんだって」
「いいや、暴力は暴力で、許されることじゃない」
「何言ってんだよ、こいつ!」
 瑠貴が空の肩を掴もうとした。私は思わず、空をかばって、瑠貴との間に入った。
「待って、瑠貴」
 瑠貴の顔はなんで?と言っていた。しかし、瑠貴は空に何もせずに、手を引っ込めてくれた。
 瑠貴が強いのはよくわかってる。空も昨日殴られて、もう十分なはず。
「いいか、瑠貴」
 もう、やめればいいのに、空は私を間から押し出すようにして、瑠貴の制服を掴んだ。
「坊主頭にしてこい。反省を示せ」
「なに〜? 坊主頭???」
「そんな風に銀髪にして、この学園の番長気取りはもうやめろ」
「ば、番長?」
 瑠貴は古臭いと言わんばかりに、苦笑いしていた。
「お前が髪を銀に染めるのをやめれば、オレは、このケンカを見なかったことにする」
「ふうん」
 瑠貴は顎を突き出し、上から私と空を睨んでいたが、そのうち、プイと横を向いた。
「わかったよ」
 それだけ言うと。空の手をふりほどいて、その場から立ち去った。立ち去り際に、私の顔をじっと寂しそうな目で見ていたのが印象的だった。
 ごめんね。別に空の味方をしたわけじゃないんだけど、結果的にそういうふうに見えたよね。


 深夜、私は自分のアパートで、ベッドに寝転がり、瑠貴とメールしていた。
 <銀髪には別にたいしたポリシーなんて無いんだ。最初は単に目立ちたかっただけ>
 そうなんだ。確かにめちゃくちゃ目立ってる。
 <おかげで、いろんなやつらからケンカ売られて、楽しかったよ>
 こわいこわい。楽しむなんて。あの銀髪だと、教師だけじゃなく生徒からも標的にされるみたいだ。どうしてそんなにケンカしたいんだろう。
 <それよりさ、オレたち週末なら二人きりで会えるのかな?>
 返事に困る。
 会っちゃいけないんだけど、会いたいのも確かなんだよね。瑠貴が甘えてくるのを、私が真に受けてたらいけないって分かってるつもりなんだけど。
 返事のメールを返せないまま、しばらくたち、ちょうど部屋のチャイムが鳴った。
 時計を見れば11時半。だれだ、こんな時間にやってくるなんて。

 ドアを開けると、そこには、きれいな栗色の髪の瑠貴が立っていた。
「瑠貴、どうして!」
「こら、どうしてじゃないよ。こんな時間に確認もせずにさっとドア開けたら危ないだろ」
 あ、田舎に住んでたからそんなことあんまり気にしてなかった。
 瑠貴は私の部屋に入るやいなや、抱きついてキスしてきた。
 かわいい。
 きれい。
 年下だってわかってるけど、見惚れてしまう。無邪気に抱きしめてくる笑顔もいとおしい。
「待ってよ、瑠貴」
「なんで? 高村に連絡するつもり?」
 そんな冗談で私を笑わせる。
 好きだわ。
 めっちゃくちゃ、かわいい。


 朝まで一緒に一つのベッドで眠った。
 罪悪感なんて、なぜかこれっぽっちもなかった。

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