good morning

この作品の写真素材はあんずいろapricot×color様よりお借りしています


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「恋するオトメ」

(7)目が覚めて

 朝、目覚めると、瑠貴が服を着て私の傍に立っていた。
「オレ、一回家に帰る」
「うん。分かった」
 私はベッドの中から手を広げて、キスをねだった。
 年上のくせに甘えてる。
 カッコ悪い。
 でも瑠貴は許してくれる。

 ただ、瑠貴は心なしか機嫌が良くない目つきをしていた。
 彼はそんな目を伏せてから、私をそっと抱きしめた。
「どうしたの? しんどいの?」
 思わず、私は聞いていた。
「いや。ガッコ行くのが面倒くさいだけ」
 瑠貴は腕を緩めて、私の顔を間近で見た。
「このまま、ずっとこうしてたい」
 私は何も言えない。なだめる役なのに、叱る役なのに、気持ちは瑠貴と同じだから、ぼんやりと瑠貴の顔を見つめるだけだった。
「あのさ、今日はちょっと色々あるかもしれないけど、オレのこと信じててな」
「え? 色々あるって?」
「うん」
 私の問いに瑠貴はくぐもった声で答えた。
「普通のカッコしていくつもりだから」
 普通のカッコ?
 そうか。いいじゃない。今のこの柔らかな瑠貴を学校でも見れるってことでしょう。
「あぁ、昨日、空と約束したから? 銀色の髪をやめるって……」
「まあね」
 子供じみた銀色の髪よりも、ずっと普段の瑠貴の姿の方がカッコイイ。だからその約束を守ろうというのなら大賛成。
「この間までは、学校なんていつやめても、どうだってよかったんだけど。……歩が高村と一緒に仕事してると思うと、オレは学校やめるわけにいかなくなったんだよ。分かる?」
 瑠貴は少し寂しそうな目で私を見た。薄茶色した瞳がきれいだった。


 担任を持っている先生方と違い、私は気楽な講師の身の上で、始業のベルが鳴る数分前にギリギリ職員室に飛び込んだ。
 昨日放り出して帰った、テストの採点もまだ終わっていないのだ。

 職員室は、今朝、とても穏やかだった。
 空が私に手を上げて、にっこり笑いかけた。
 そうか。空も約束を守って、昨日の乱闘事件を上に報告してないんだわ。
 そう思って、私が空に微笑み返すと、空が私の傍にやってきて、こっそりと耳打ちした。
「おはよう、歩。今朝はキレイだね。なんか、いいことあったんだろ?」
「えっ……」
「お肌のつやが違うぞ〜」
 思わず赤面するような空のセリフだった。
「な、な、な、何にもないわよ」
「そ〜かな〜?」
 幼馴染はこれだから、めんどくさいのよ。なんでそんなに鼻が利くんだろう。
「そうです! 特別なことなんて、何もありませんから」
「え〜〜?」
 友達でもセクハラで訴えるぞ。

 ちょうどそんなことを話している最中だった。
 廊下で生徒がざわめいているのが聞こえた。気づくと、2年3組のクラスの生徒が職員室に飛び込んできていた。
「高村先生!」
「なんだ? どうした?」
 空も驚いて、その生徒の傍に駆け寄った。
「瑠貴が……。南丘くんが……」
 空は、それだけ聞くと顔色を変えてその生徒を促して、職員室の外に出た。職員室にいた先生方の殆どが、空の後を追って廊下へと出た。もちろん、私もその中の一人だった。
 瑠貴がどうしたっていうんだろう。
 逸(はや)る心を落ち着かせることもできずに、教師と言う立場も忘れて空に必死で付いていった。

 すると、どうだろう。
 瑠貴は廊下をなんていうことも無く、ただ歩いているだけだった。
 しかし、それだけで学校中が騒ぐには十分だった。

「瑠貴……」
 空が、唖然として名を呼んだ。
 瑠貴はチラと空の顔を見た。
「何すか、高村……先生」
 丁寧な口調は、不思議でもなんでもない。そのルックスからすると、当然のような言葉遣いだった。
 そう、瑠貴は髪を自然な茶色にして、きちんと黒の学生服を着て、普通の生徒となんら変わらない格好で登校してきたのだ。
 ボタンもきちんと留め、じゃらじゃらしたアクセサリーやピアスも見たところ全くつけていないようだ。そのきちんとした姿が、なんてカッコイイんだろう。
 制服姿は誰でもカッコイイとは思うけれど、やはり着崩してカッターシャツを出したりズボンをずらしたりしているよりも、真っ当にきちんと着られた制服姿は凛とした輝きがある。
 それも、瑠貴はモデルのような体型をしているのだから、これがかっこよくないわけがないのだ。
 ほんの少しだけ崩している、襟元や長いズボンのすそなどが、マジメ臭くなく、ちょうど良い感じだった。

「いや、びっくりしただけだ。やればできるんだな、瑠貴」
 空は嬉しそうにそう言った。

 困ったことに、学園内の女子は騒然としていた。悲鳴を抑えているという不気味な盛り上がりが、感じられる。
 学内の問題児だった南丘瑠貴が、いつのまにか学内のアイドルと化していた。
 瑠貴が廊下を歩いていると、遠巻きに女子が見ている。今までの学校での生活態度からして、気軽に声をかけることはさすがにしないけれど、角が取れた感じのする優しい雰囲気の瑠貴は、大人気であった。

 これが、瑠貴の言う、『今日はちょっと色々ある』の、イロイロという部分だったんだな、と私は思った。

 空の後ろにいた私は、悠然と歩いている瑠貴と目が合った。少しまぶしそうにして、目元を隠したのは、照れくさかったのだろうか。どんな姿も様になっていて、憎らしかった。


 その日から、瑠貴は見事に普通の生徒に変わってしまった。
 いや、普通よりもずっと注目され、いつまでも噂の渦中にあるのだが、教師や学校への反抗がなくなり、授業もきちんと出ていた。
 私の英語の授業では、小テストの成績で1点も取りこぼすことはなかった。そして、私の授業だけでなく、今まで点数をまともに取れなかった授業も、ほとんどが小テストでは満点に近い点数を取り、まるで別人だと先生方の間で評判になった。



 ひと月ほどたって、ゴールデンウィークも終わり、学内前期模擬テストの日が近くなってきた。中間テストの代わりに行われる、星成学園名物の模試である。期末テストよりも中身が濃く、前年度の復習も盛り込まれているため、試験範囲が広く難問が多い。1学期の成績を左右するこの模試は、テスト結果の偏差値を全員公開するので、みな必死で勉強するのである。
 やっとなんとか仕事に慣れてきた私だったが、この大試験を目の前にテスト問題作りに必死であった。私は他の先生との関係で、100点満点中20点分の問題を作れば良い。その20点分の問題作りが、毎日職員室で遅くまで残業までする、悩みの種となっていた。

「今日も残業かい?」
 高村空は不憫そうに私の顔を覗き込んだ。
「うん。もう少しで出来上がるから」
「必死だね。家にもって帰ってやってもいいんだよ?なんなら、僕が手伝おうか?」
「ほんと、手伝って欲しいわ。空が英語教師だったらいいのに」
 私は思わず本音を言った。
 空はいつでもなんでも話ができて、助け合うことのできる数少ない友達。優しいから、つい甘えてしまうけど……。かわいそうにまだ、槌田絵美子の猛烈アタックは続いているようだ。
 だから、空はできる限り残業はしない。さっさと学校から帰ってしまう。でも、この日は何を思ったのか、私の残業に付き合ってか、まだ職員室に残っていた。
 外は薄暗くなり、生徒たちも皆帰ってしまっていた。それでも、今日は空がいる。職員室にはとうとう、私と空の二人っきりになってしまった。

「ねぇ、歩」
「ん、なに?」
 空はこちらを見ずに声をかけてきた。
 私はようやく仕事に目処(めど)が付いたので、少し余裕ができた。
「瑠貴のことなんだけどね」
「え?」
 私はドキッとして口にしたコーヒーを吐き出しそうになった、
「な、なに?」
「今度の模試、いい成績取るだろうな」
「あ。ああ、多分。もともと頭良い子みたいね」
「それって、歩のおかげなんじゃないの?」
「え? 何?何が私のおかげ?」
 私は用もないのに、引き出しを開けたり閉めたりして、バタバタしていた。
 空のこういう遠まわしの問いかけは、大きな爆弾を投下する前触れなのだ。それが分かっているだけに、私はドキドキしてその場から逃げ出したくなっていた。
「あのさ。ゴールデンウィーク、どこにいた?」
「えっ?あ、ずっと、こっちよ。なんで?」
「いや、ちょっと噂があってね……。」
 空はにやにやと笑う。
 私は鼓動が鳴り止まなかった。ゴールデンウィークは瑠貴と一緒にずっと部屋にこもっていた。誰かに見られたりするはずが無い。それでも、空の言い方には何か独特の強さがあって、聞かれる前に尻尾を出してしまいそうな自分が情けなかった。
「歩と瑠貴を空港で見た生徒がいたらしくてね」
「そんなっ。私たち空港なんかに行ってないわよ!」
「ワタシタチねぇ……」
「あ、わ、私と南丘くん……。ちょっとまって。本当にそういうところで見られるはずが無いんだから」
「用心してるから?」
「え、あ、う……」
 まるきり空のペースだ。
「とにかく、そういう噂が立ってるってことは、良くないよね。それはわかるでしょ?」
「う、うん。確かに。誰よ、でまかせばっかり」
「まぁ。瑠貴の変貌振りに良く思ってないヤツラは多いから。瑠貴を落とし入れようとしてるのかもしれない」
「ああ、そういうことか……」
 私は少しほっとして、息を継いだ。
「そこで、だ」
 空は私の傍に立ち、両肩に手を置いた。

「僕が、歩にプロポーズするっていうのはどうだろう」

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