good morning

この作品の写真素材はあんずいろapricot×color様よりお借りしています


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「お見合い結婚」 -はっぴぃ☆らっきぃ☆続編-

(7)思い出の中に

 母の突然の入院の日から、私は実家で過ごすことにした。
 美郷お姉ちゃんも椙矢も、
「こっちはなんとかなるから、恵太さんのために、家にかえってあげ。」
と、言ってくれたのだが。
 私としては、3人の小さな姪っ子甥っ子はかわいいし、お婆ちゃんの昔話は聞き飽きたけど、長い間過ごしたこの家のことが心配でもあった。
 恵太さんは、仕事帰りに必ず病院に寄ってくれ、母を見舞ってくれた。
 その足で、わたしのいる遠藤家にも寄ってくれ、お婆ちゃんや、子供たち、そして私に会いに来てくれた。
 営業で遅くなった夜も、かならず私の顔だけは見に来てくれた。
 私は恵太さんの車の音が聞こえると、皆が寝静まった夜も、そっと玄関まで出て行った。

「寒いね。」
 恵太さんは白い息を吐きながら、笑った。
「変わりは無い?」
「うん。お母さんも順調みたいだし。うちはみんな元気よ。」
 私は努めて明るく振舞った。
「毎晩来てくれなくても、大丈夫よ。疲れてるでしょ? 京都まで遠いし。」
 恵太さんは笑顔のまま頷いていた。
「オレが、眠れないんだよ。未散の顔見ないとね。」
 そして、照れくさそうに、うつむいた。
「早く、お母さんよくならないかな。なんでオレたち、なかなか一緒に暮らせないんだろうな?」
「ごめんね…」
「あ、いや、そういう意味じゃないけど。わかるよね、オレのいいたいこと…。ただ、未散の笑顔がいつもそばにあればいいなあって、それだけなんだ。」
「うん。わかるよ。」
 わかってる。恵太さん。
 私だって、同じ気持ちだから。

 そうして1週間が経った、土曜日。
 今日はきっと昼からでも、遠藤家に恵太さんが顔を出してくれるだろうと思っていた。

 豆腐屋の遠藤家は、店を休めないため、ずっと椙矢が店を一人できりもりしている。
 美郷お姉ちゃんは、病院通い。
 私が子供たちを面倒みている。多分、お母さんが退院するまでこの生活が続く。
 だから、土日くらいは、恵太さんにゆっくり会いたい。そう思っていたのに。

 恵太さんから携帯に連絡が入り、しばらく、うちに来れないと言われた。
「どうして? 何かあったの?」
 私は当然の疑問をぶつけた。
『土曜も日曜もないんだ。ずっと接待があるから…。多分深夜まで。だから…』
「そう。仕事なら仕方ないね…」
私は納得した。納得してないけど、納得しなくちゃいけなかった。

 11月も終わりに近付いた月曜日、ようやくお母さんの退院が決まった。
 長かった一ヶ月。私は大したことはしてないけれど、お母さんや美郷お姉ちゃんの笑顔を見ると、本当に嬉しかった。
 椙矢も美郷お姉ちゃんも少し痩せたようだった。
 お母さんだけが、動かずにいた入院生活のおかげで少し太ってしまって、恥かしそうにしていた。
 私の役目は終わった。
 帰れるんだ。今日から恵太さんの家に。

 昼頃、恵太さんにメールを入れた。
<お母さんが退院したから、今夜はうちへ帰れるよ〜☆>
 すぐに恵太さんからメールが帰ってきた。
<ほんと!じゃあ、今夜はなんとしてでも接待抜け出して、迎えに行く!>
 恵太さんに会えるのは何日ぶりだろう。
 妙にそわそわして、ドキドキして、私は晩御飯前に、ちょっと外へ出た。
 まだ、夕暮れ。
 クリスマスイルミネーションの歩道を歩きながら、恵太さんに会ったらどんな顔をしたらいいのかな、なんてことを考えていた。
 恵太さんはきっと、連日接待で疲れているはず。私が甘えさせてあげなくちゃ。


 恵太さんが見たいと言ってた映画の興行はもう終わってしまった。
 駅前の映画館の前で立ち止まって、真新しい映画のポスターを見つめた。
 クリスマスらしい、冬に似合うラブストーリーが流行っているんだなあ、そう思っていたときだった。
 私の背後で声がした。
「もしかして、遠藤??」
 私は躊躇しながらも、ゆっくりと振り返った。
「やっぱ、遠藤や。…久しぶり。」
 背の高い男の人が眼鏡越しにこっちを見ていた。
 私がその視線に困っていると、相手はゆっくりと私に近づき、薄い色の入った眼鏡を外した。
「オレだよ、まだ、わかんない?」
 そう言いながら、彼は目深に被ったニット帽を脱ぎ、困ったように笑みを浮かべた。
 口元に髭を蓄えている。誰だろう、一体。
「まいったなあ。オレ、後ろ姿だけで分かったんやで?」
 見覚えがあるのは、瞳だけ。
 笑うとなくなってしまう。あの人懐っこい瞳は…。
「岡嶋くん…かな?」
「かな? とちゃうで。ただのクラスメートとちゃうやろ? 一年も付き合ったのに、お前の記憶はそんなもんか?」
 なんとなく、記憶に新鮮な血が送られたように昔の画像が蘇る。
 ようやく、その声が岡嶋くんの声として耳に響く。
 呆然として、岡嶋くんの顔を見つめる私に、岡嶋くんは諦めたように帽子を被り、眼鏡をかけた。
「この映画、一人で見るん恥かしいから、一緒に見てくれへん?」
「え?」
 岡嶋くんはそれだけ言うと、私の腕を引っ張り、チケット売り場で、大人2枚の代金を払っていた。
 全く、15歳の時と変わらない、強引でマイペースな人。

 もう上映が始まってしまっているのに、堂々と真っ暗な劇場の中に入り、眼鏡を外して席を探していた。
 その間、私の言葉はまるで届いていないようで、ずっと手を握りっぱなし。
 やっと二つ並んだ席を確保した彼は、満足げに深々とシートにもたれた。
 なんだか、錯覚する。
 まだ、高校一年だった時代に戻った気がする。
 格段にかっこよくなってしまった岡嶋くんと、昔とさほど変わりの無い私が、映画を観ながら手をつないでいる。

 ちょっとまって、これはいくらのんびり屋の私でも、流されていてはいけない状況だ。
「岡嶋くん!」
「シッ。大声出すと、みんなに迷惑や。」
「あのねえ…」
 私の左手を握る岡嶋の手に力が込められた。

 薬指のリングが指を挟んで、痛かった。
「痛いから、離してよ。」
 私がそう言うと、岡嶋くんは私の左手を見て、初めてリングの存在に気付いたようだった。
「ああ、これか。これのせいで痛いんやな?」
 岡嶋くんは、当然のことをするように、私の左手の薬指から、リングを抜き取った。
「ちょ、ちょっと!」
「ええねん。これで映画に集中できる。」
 岡嶋くんは、リングを自分の左手の小指にはめて、相変わらず右手は私の手を握り続けていた。
「返すから、心配すんな。」
「そんな!」
「なんか、高校時代に戻ったみたいで楽しいなぁ…?」
 私は半ば諦め、実は、半ばタイムスリップを楽しんでいた。

 ようやく120分程度の映画は終わり、私たちは切ない残像を胸に残しながら、劇場から出た。

「結婚したんかぁ…」
 感慨深げに岡嶋くんがそうつぶやいて、初めて、私は現代の時間を取り戻した。
「返してっ!」
「マリッジリング? そんなに大事? 新婚なん?」
 岡嶋くんは左手の小指の途中で留まっていたリングを抜いて、私に返した。
「大事にきまってるやんか!」
「まあ、返したんやから、ええやん。」
「あのねー…。」
「さー、どこかでお茶しよか。」
「え? 私そんなヒマ無いもん!」
「まあ、ええから、ええから。時間なんて自分で作るもんやし。」

 私の手を離さぬまま、岡嶋くんは通りを歩いた。
「そういえば、10年前は毎日、ココ通ったなぁ…。二人で手を繋いでな…」
「…うん…。」

 いつの間にか、岡嶋くんのペース。

 ごめんなさい、恵太さん。

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