good morning

この作品の写真素材はあんずいろapricot×color様よりお借りしています


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「お見合い結婚」 -はっぴぃ☆らっきぃ☆続編-

(8)嘘とホント

 駅前に新しくできたコーヒーショップに入ると、勝手にオーダーする岡嶋くんだった。
「遠藤はこれなんかが好きやろ?」
 彼が指差すのはキャラメル風味のコーヒー。
「好きやけど、でも…」
「でも、注文するのは、こっちや。」
 岡嶋くんは、スタンダードなコーヒーを指した。
「う、うん…。」
 見事に心理を読まれている。
「オレはモカでトールサイズ。こっちのサイズはSで…」
 ちらりとも私の顔を見ないまま、私が注文するつもりのものを見事にオーダーする。
「席、座っとけよ。」
「あ、そうやね…。」
 岡嶋くんの言葉にはなぜか逆らえない。
 付き合い始めた頃は、彼のそんな強引なところも好きで、私はただついていくだけでよかった。

「未散、よく耐えられるわね。」
 そんな友達の声もあったけど、実はなんでも勝手に決めてしまう岡嶋くんと付き合うのは案外ラクチンだった。
 私は何も考えなくてよかったからだ。
 なにより、彼は頭が良く、私には逆らえる相手ではなかったのだ。

 なんで別れたんだっけ…。
 そんなことを思い出そうとしていると、岡嶋くんがコーヒーを持って目の前に現れた。
「遠藤は今どこに住んでんの?」
 私の思考はかき消される。
「大阪。」
「へえ。」
 岡嶋くんは、普通に頷きながら、私にシュガーとミルクを当たり前のように差し出した。
「オレはまだ実家におるんやけどさ。一人暮らししたいなぁ。大阪にでも出ようかな。」
「まだこっちに住んでるんやぁ…」
「そうや。」
 岡嶋くんの携帯が鳴った。
 昔から彼が好きだったミスチルの着メロだった。

 目の前にいる岡嶋くんは、当時の面影は殆どなく、声も低くなって、体つきも細く高くなってしまっていて、まったく印象が変わっていた。それでも、中身は全く昔のまま。無愛想に電話で答えているその姿も、とても岡嶋くんらしい。
 ああ、そういえば、岡嶋くんがほかの女の子たちと遊びに行ったことを黙っていた、そんなことが原因で、ケンカをして…。そしてその頃私のことを好きだと行ってくれた男の子がいたことから、ケンカの修復ができなくなってしまって、それで別れたんだ。
 なんとなく、その時の切ない思いを振り返った。
 私は岡嶋くんのことが好きだったんだ。
 でも、絶対に意見を曲げない岡嶋くんを相手にしては、仲直りする術が無かった。

 いつしか岡嶋くんは電話をジーンズのポケットに突っ込んでいた。
「オレたちって、なんで別れたんだっけ?」
 そんなことを唐突に言われ、私は自分の頭の中を見透かされているような錯覚に陥った。
「何、顔色変えてんの? わかった。ちょうどそういうことを考えてたんやな?」
 ……岡嶋くんには勝てない。絶対に。
 岡嶋くんは黙って笑みを浮かべて、コーヒーを口にした。
 この人の前で嘘をついたとしても、すぐに露見してしまう。なぜか、そう思うのだ。主従関係が出来上がってしまっているというか、洗脳されているような感覚だ。
「な、ここで逢うたんも何かの縁やしさ、また付き合えへんか?」
「え??」
 何言ってるのよ、私は結婚してるんだってば!
「人妻に向かって何言うてんねんっちゅう顔やなあ。」
 岡嶋くんは面白そうに笑いながら言った。
「わかってて、変なこと言わんといてよ!」
「えー?? 分かってて言うたらあかんのか?」
 岡嶋くんは平然と私の目を見つめて言った。
「結婚なんて、紙切れ一枚の話やからな。」
 そして、岡嶋くんは再び私の左手を取り上げると、私の薬指のリングを抜いた。
「ほら、指輪かって簡単に外れる。」
「冗談きついわ。」
 私は多分、驚きで顔が赤くなっている。ドキドキしているから、平静を装うのに、必死だった。
「岡嶋くんかって、カノジョくらいいるんでしょう?」
 岡嶋くんは、笑顔のまま、すごいことを言った。

「カノジョ? おるよ。 それに子供もおる。嫁やった人もおる。」


 私の頭は混乱していた。
 それは何? バツイチで、子持ちで、カノジョ持ちってこと??
 呆気にとられている私に、岡嶋くんは平然と続けた。
「カノジョはいつでも切れるで。大して気持ちの無い相手やからなぁ。」
「え?」
「せやから、好きとかいう感情は持ってないの。」
「それでカノジョ?」
「子供の面倒見てくれてるし。まぁ、セフレよりちょっと便利な相手って感じかなぁ?」

 私は、当然のように言う岡嶋くんを前に、すっくと立ち上がった。
「え?何? 帰んの?」
「帰るわ。指輪返して!」

 岡嶋くんが昔のままだと思っていたのは大きな間違いだった。昔の岡嶋くんはもう少しマジメな人だった。たしかに、昔から女の子とは仲がよかったけれど、そんな風にカノジョを利用してるなんて、許せない。

 私が突き出した左手の手のひらに、岡嶋くんは指輪をぽとりと落とした。そして、一緒に名刺も私の手に乗せた。
「いつでも逢いに来て。待ってるし。」
 私は、そんな名刺を受け取る気になれず、テーブルの上にバンと置いて、指輪だけ返してもらって席を立った。


 何かしこりのようなものを抱えたまま、私は実家へも帰らず、大阪へと向かう電車に乗った。
 日はとっぷりと暮れ、7時を過ぎたころ、ようやく、私は本当の私の部屋、つまり恵太さんのアパートへと帰ってきた。
 恵太さんは電車通勤だから、私を迎えに来るなら、一旦家に戻って、車に乗り換えるはずだった。
 アパートのとなりの駐車場には、恵太さんの車がまだあった。
 まだ帰ってきていない証拠だ。

 恵太さんに逢える。
 今日から間違いなく、恵太さんと二人の生活が待っている。
 1階の私たちの部屋は、もう葉が落ちて枝だけになった垣根の向こう側にあった。
 何か垣根越しに動く姿が見えた。もしかしたら、恵太さんが帰ってきたところかもしれない。私ははやる心を抑えながら、アパートの入り口から入って部屋へと走ろうとした。
 けれど、足が止まってしまった。

 部屋の前に、恵太さんがいる。

 そして、恵太さんの側に、女の人がいた。
 あの、長いくるくるカールの髪型の後姿は、紛れも無く、来海さんだった。

 恵太さんに、抱きついていた。


 恵太さんは来海さんの背中に腕を回して、抱きしめる格好だった。


 もう、それ以上進む勇気が無くて、私はゆっくりと後退りした。


 ……恵太さん、ホントですか?
 そんな風に何度も心の中で繰り返した。


 私は駅からの道を逆戻りした。
 その日、実家に戻って待っていた私を、恵太さんは迎えに来てくれなかった。

 そして、恵太さんの携帯は、切られていた。

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