good morning

この作品の写真素材はあんずいろapricot×color様よりお借りしています


<<home  <<Text  <<1 <<2 <<3 <<4 <<5 <<6 <<7 <<8 >>10 >>11 >>12 >>13 >>14

「お見合い結婚」 -はっぴぃ☆らっきぃ☆続編-

(9)いいわけ

 嫌な夢を何度か見た。
 背中を向ける恵太さんと、笑顔のまま私を顧みる女の人。それは来海さんに似ていた。
 そして、私の足は動かず、声も出ない。
 二人が私一人を残して、遠くへ行ってしまう、そんな夢だった。
 声が出たなら、私はきっと恵太さんの名前を呼んでいたと思う。
 恵太さんがどんな顔をしているのか、気になってしょうがなかったから。
 私の元を去って、来海さんとどこへ行くのか、教えて欲しかった。
 もう、私は二度と、恵太さんに会えないの?


 美郷お姉ちゃんが、私の名を呼んで、悪夢から救ってくれた。
「朝ご飯できてるよ。」
 遠藤家の低い天井が目に入ると、ようやく、朝が来たことに気づいた。
「今、何時?」
「7時半。もうちょっと寝てたかった?」
 私はその問いに首を横に振った。
「ううん。起こしてくれてよかった。」
 美郷お姉ちゃんは面白そうに言った。
「あんた、眉間に皺寄せて寝てたから、絶対嫌な夢見てるんやわって思ってな。」
 私はため息をついて頷いた。
「めっちゃ疲れた……。」
 美郷お姉ちゃんは、私の頭をぽんと叩くと、笑顔で私の目を覗き込んだ。
「大丈夫やって。恵太さん、急な仕事でも入ったんやって。」
 うん、そうやね。と、軽く笑えればよかったけれど、私の頭の中には、昨夜の恵太さんと来海さんの影がちらついて、うまく言葉を返せなかった。
 変に口ごもってしまう。
 携帯電話が、私の布団の中で暖かくなっていた。昨夜何度も恵太さんの携帯にかけてみては、留守番電話に繋がる空しい案内の声を聞いた。もう電池も最後の一つになっていたので、私は充電しようとした。
 確かアダプタは鞄の中のはず。

 そのとき、急に私の携帯が大きな音を立てて着信を知らせたので、思わず畳の上に落としてしまった。
 このメロディは……、恵太さんからだ!
 携帯を拾い上げ、開くと、確かに恵太さんという文字が画面に浮かんでいた。
 すぐに声を聞きたい。
 私は手が震えそうになりながら、通話のボタンを押した。
『もしもし? 未散?』
「……うん。」
 どうしてたの?、と続けて聞けないまま、言葉が途切れた。
『ごめんな。連絡できなくて。』
「うん。電話待ってたのに……。」
『実家にいるよな? もしかしてまだ寝てた?』
 恵太さんの声はやけにトーンが高く、寝起きの私のような低い声ではなかった。
『今から迎えに行く。』
「……恵太さん、今どこにいるの?」
『今? 家。仕事から今帰ってきたとこ。』
「え?」
『オレの携帯、電池切れで……。未散に連絡したかったんだけど、番号まで覚えてなくて、結局家に帰って充電するまでかけれなくってさ……。遅くなってごめん。ほんとに……』
「……さっきまで仕事だったの?」
『……そうだよ……。』
 ピッという音がした。
 恵太さんは、それ以上何も言おうとはしなかった。
「昨日ね……私……。」
 ピッという音が私の言葉を消そうとする。
「恵太さんを待ってたらよかったんだけど……」
 ピッ。ピッ。ピッ。
『え? 何?』
 ピッ。ピッ。ピッ。
 ああ、電話が切れる!電池がない!!
 私は鞄の中をゴソゴソとかき回して、アダプタを必死で探そうとした。
「ごめん、電話が切れるわ」
『とりあえず、迎えに行くから。』
 電話は切れた。一緒に電源も落ちてしまった。
 私は電話機にアダプタを差し込んで、充電しながらもう一度、恵太さんに電話をかけてみた。
 "ただいま運転中"というアナウンスが流れた。
 今日は平日だというのに、恵太さん、仕事はどうするんだろう。

 朝食を食べ終わると、私は帰り支度を始めた。姪っ子と甥っ子がじゃれ付いてくるのを交わしながら、気持ちは冬空のように、分厚い雲で澱んでいた。
 『仕事から今帰ってきたとこ』
 そう言った恵太さんの言葉が何度も頭の中で繰りかえされた。
 じゃあ、私が見たのは何?
 そんな風に言ったとき、恵太さんはどんな反応をするだろう。それが怖くて、昨日私が見たことを、恵太さんに打ち明けるかどうか迷っていた。
 何も知らない顔をしていたほうが、幸せなのかな?
 私は今朝見た夢のように、恵太さんがどこかへ行ってしまうことが何よりも怖かった。

 椙矢は朝から仕込みをして、その後もずっと店番をしていた。美郷お姉ちゃんが椙矢と店番を交代した時、二人が家族の目から離れた場所で何かをささやいて、微笑んでいる姿があった。
 いいなあ。
 家業を継ぐって大変だけど、ずっと一緒にいられるんだなぁ。
 私はそんなことを思っていた。

「あら〜、久しぶりやねえ!」
 そんな美郷お姉ちゃんの明るい声が聞こえた。
 店先で誰かとしゃべっていると思えば、急にうちの中に入ってきて、私を手招きした。
「未散、未散、おいで!」
 私は、呼ばれるまま、椙矢の大きなツッカケを履いて、店に出て行った。
「どうしたん、お姉ちゃん……。」
「ほらあ。めっちゃ久しぶりぇ。誰やったっけ、えっと、……。」
 美郷お姉ちゃんが、私をその人の前に押し出した。
 その人は、仕事へ行く前なのだろう、きちんとしたスーツを着ていた。
「岡嶋やで、美郷さん。姉妹そろって忘れんぼさんやなあ。」
 見た目では昨日とはまた違う固い印象だったが、中身は同じ、マイペースな人だ。
「なんで、来たんよ。」
 私は冷たい目で言い放った。
「お前こそ、いつまで実家におんの? 旦那とケンカでもしたんか?」
「そんなんと違うわ!」
 私は一番触れられたくない話題を持ち出されて、本気で怒ってしまった。
「まぁ、まぁ。」
 なんで、岡嶋くんになだめられなきゃならないのか。そっちが怒らせているのに。
「オレさぁ、こう見えても弁護士事務所におんのよ。まだ資格は無いけどな。でも絶対そのうち独立するで。遠藤もいつでも相談においでや。夫婦喧嘩の仲裁もしますよ。」
「だから、ケンカなんかしてへんの!!」
 私の声など聞こえないかのように、また胸元から名刺を出して、美郷おねえちゃんと私とに一枚ずつ配った。
「いらんのに〜。」
 私は唇を尖らせながら、でも今度はなんとなく受け取ってしまった。
「岡嶋くんかぁ。立派になったね〜。」
 美郷お姉ちゃんは感心していた。確かに、昨日よりもずっとまともに見える。
「美郷さんも、いつまでもキレイやなぁ。今度、食事にでも行きません?」
「え?」「は?」
 美郷お姉ちゃんも、私も、同時に声を出した。
「たまにはいいでしょ? ついでに、未散さんも一緒にどう?」
「何やの、それは!」
 美郷お姉ちゃんは大爆笑していたけれど、私は昨日のこともあって笑えなかった。
 そのとき、細い路地に、見慣れた白いセダンが入ってきて、私たち三人の前で停まった。
 恵太さんだ。
 そう思ったけれど、私は足が動かなかった。
 運転席から出てきた恵太さんは美郷お姉ちゃんに一礼してから、やさしい顔をして、私に近寄ってきた。
 恵太さんを見る私の表情がこわばっているのを、岡嶋くんに見られたらしかった。
「この人、遠藤の旦那?」
 まるでケンカを売るかのような口調だった。
 恵太さんはゆっくり私の傍にやってきてから、岡嶋くんを見て、何かに気づいたようだった。
「そうですけど。何か?」
「いやいや。お嫁さんとどうぞ、仲良く。」
 岡嶋くんはそう言い残して、駅のほうへ歩き去った。
「誰? 今の……。どういう知り合い?」
 恵太さんは私の目を覗き込んだ。
 美郷お姉ちゃんが店の奥に引っ込んで行き、恵太さんと私は二人きりで立っていた。
「高校の時の友達。」
「そうか……。」
 もやもやしたものがなくならない。
 恵太さんは、私の手の中の、岡嶋くんの名刺をすっと取り上げた。裏に携帯の番号が手書きで書かれてあるのを見てから、私に戻した。
「帰ろう。」
 恵太さんはよくみると、疲れた顔をしていたが、それでも笑顔だった。
「昨日仕事が長引いたから、今日は休みなんだ。一日、一緒にいられるよ。」
「そう……。」

「どこへもいかないでね。」
 私はいつの間にか、自分から恵太さんの胸に顔をうずめて、ぎゅうっと抱きしめていた。
「うん。」
 そう返事する恵太さんの声が、私の頭の上で聞こえた。

 でも、何か胸につかえていた。
 無理して、私はそれに気づかないようにした。

<<Home  <<Text  <<Top  <<Back Next>>