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| 「お見合い結婚」 -はっぴぃ☆らっきぃ☆続編- (9)いいわけ 嫌な夢を何度か見た。 背中を向ける恵太さんと、笑顔のまま私を顧みる女の人。それは来海さんに似ていた。 そして、私の足は動かず、声も出ない。 二人が私一人を残して、遠くへ行ってしまう、そんな夢だった。 声が出たなら、私はきっと恵太さんの名前を呼んでいたと思う。 恵太さんがどんな顔をしているのか、気になってしょうがなかったから。 私の元を去って、来海さんとどこへ行くのか、教えて欲しかった。 もう、私は二度と、恵太さんに会えないの? 美郷お姉ちゃんが、私の名を呼んで、悪夢から救ってくれた。 「朝ご飯できてるよ。」 遠藤家の低い天井が目に入ると、ようやく、朝が来たことに気づいた。 「今、何時?」 「7時半。もうちょっと寝てたかった?」 私はその問いに首を横に振った。 「ううん。起こしてくれてよかった。」 美郷お姉ちゃんは面白そうに言った。 「あんた、眉間に皺寄せて寝てたから、絶対嫌な夢見てるんやわって思ってな。」 私はため息をついて頷いた。 「めっちゃ疲れた……。」 美郷お姉ちゃんは、私の頭をぽんと叩くと、笑顔で私の目を覗き込んだ。 「大丈夫やって。恵太さん、急な仕事でも入ったんやって。」 うん、そうやね。と、軽く笑えればよかったけれど、私の頭の中には、昨夜の恵太さんと来海さんの影がちらついて、うまく言葉を返せなかった。 変に口ごもってしまう。 携帯電話が、私の布団の中で暖かくなっていた。昨夜何度も恵太さんの携帯にかけてみては、留守番電話に繋がる空しい案内の声を聞いた。もう電池も最後の一つになっていたので、私は充電しようとした。 確かアダプタは鞄の中のはず。 そのとき、急に私の携帯が大きな音を立てて着信を知らせたので、思わず畳の上に落としてしまった。 このメロディは……、恵太さんからだ! 携帯を拾い上げ、開くと、確かに恵太さんという文字が画面に浮かんでいた。 すぐに声を聞きたい。 私は手が震えそうになりながら、通話のボタンを押した。 『もしもし? 未散?』 「……うん。」 どうしてたの?、と続けて聞けないまま、言葉が途切れた。 『ごめんな。連絡できなくて。』 「うん。電話待ってたのに……。」 『実家にいるよな? もしかしてまだ寝てた?』 恵太さんの声はやけにトーンが高く、寝起きの私のような低い声ではなかった。 『今から迎えに行く。』 「……恵太さん、今どこにいるの?」 『今? 家。仕事から今帰ってきたとこ。』 「え?」 『オレの携帯、電池切れで……。未散に連絡したかったんだけど、番号まで覚えてなくて、結局家に帰って充電するまでかけれなくってさ……。遅くなってごめん。ほんとに……』 「……さっきまで仕事だったの?」 『……そうだよ……。』 ピッという音がした。 恵太さんは、それ以上何も言おうとはしなかった。 「昨日ね……私……。」 ピッという音が私の言葉を消そうとする。 「恵太さんを待ってたらよかったんだけど……」 ピッ。ピッ。ピッ。 『え? 何?』 ピッ。ピッ。ピッ。 ああ、電話が切れる!電池がない!! 私は鞄の中をゴソゴソとかき回して、アダプタを必死で探そうとした。 「ごめん、電話が切れるわ」 『とりあえず、迎えに行くから。』 電話は切れた。一緒に電源も落ちてしまった。 私は電話機にアダプタを差し込んで、充電しながらもう一度、恵太さんに電話をかけてみた。 "ただいま運転中"というアナウンスが流れた。 今日は平日だというのに、恵太さん、仕事はどうするんだろう。 朝食を食べ終わると、私は帰り支度を始めた。姪っ子と甥っ子がじゃれ付いてくるのを交わしながら、気持ちは冬空のように、分厚い雲で澱んでいた。 『仕事から今帰ってきたとこ』 そう言った恵太さんの言葉が何度も頭の中で繰りかえされた。 じゃあ、私が見たのは何? そんな風に言ったとき、恵太さんはどんな反応をするだろう。それが怖くて、昨日私が見たことを、恵太さんに打ち明けるかどうか迷っていた。 何も知らない顔をしていたほうが、幸せなのかな? 私は今朝見た夢のように、恵太さんがどこかへ行ってしまうことが何よりも怖かった。 椙矢は朝から仕込みをして、その後もずっと店番をしていた。美郷お姉ちゃんが椙矢と店番を交代した時、二人が家族の目から離れた場所で何かをささやいて、微笑んでいる姿があった。 いいなあ。 家業を継ぐって大変だけど、ずっと一緒にいられるんだなぁ。 私はそんなことを思っていた。 「あら〜、久しぶりやねえ!」 そんな美郷お姉ちゃんの明るい声が聞こえた。 店先で誰かとしゃべっていると思えば、急にうちの中に入ってきて、私を手招きした。 「未散、未散、おいで!」 私は、呼ばれるまま、椙矢の大きなツッカケを履いて、店に出て行った。 「どうしたん、お姉ちゃん……。」 「ほらあ。めっちゃ久しぶりぇ。誰やったっけ、えっと、……。」 美郷お姉ちゃんが、私をその人の前に押し出した。 その人は、仕事へ行く前なのだろう、きちんとしたスーツを着ていた。 「岡嶋やで、美郷さん。姉妹そろって忘れんぼさんやなあ。」 見た目では昨日とはまた違う固い印象だったが、中身は同じ、マイペースな人だ。 「なんで、来たんよ。」 私は冷たい目で言い放った。 「お前こそ、いつまで実家におんの? 旦那とケンカでもしたんか?」 「そんなんと違うわ!」 私は一番触れられたくない話題を持ち出されて、本気で怒ってしまった。 「まぁ、まぁ。」 なんで、岡嶋くんになだめられなきゃならないのか。そっちが怒らせているのに。 「オレさぁ、こう見えても弁護士事務所におんのよ。まだ資格は無いけどな。でも絶対そのうち独立するで。遠藤もいつでも相談においでや。夫婦喧嘩の仲裁もしますよ。」 「だから、ケンカなんかしてへんの!!」 私の声など聞こえないかのように、また胸元から名刺を出して、美郷おねえちゃんと私とに一枚ずつ配った。 「いらんのに〜。」 私は唇を尖らせながら、でも今度はなんとなく受け取ってしまった。 「岡嶋くんかぁ。立派になったね〜。」 美郷お姉ちゃんは感心していた。確かに、昨日よりもずっとまともに見える。 「美郷さんも、いつまでもキレイやなぁ。今度、食事にでも行きません?」 「え?」「は?」 美郷お姉ちゃんも、私も、同時に声を出した。 「たまにはいいでしょ? ついでに、未散さんも一緒にどう?」 「何やの、それは!」 美郷お姉ちゃんは大爆笑していたけれど、私は昨日のこともあって笑えなかった。 そのとき、細い路地に、見慣れた白いセダンが入ってきて、私たち三人の前で停まった。 恵太さんだ。 そう思ったけれど、私は足が動かなかった。 運転席から出てきた恵太さんは美郷お姉ちゃんに一礼してから、やさしい顔をして、私に近寄ってきた。 恵太さんを見る私の表情がこわばっているのを、岡嶋くんに見られたらしかった。 「この人、遠藤の旦那?」 まるでケンカを売るかのような口調だった。 恵太さんはゆっくり私の傍にやってきてから、岡嶋くんを見て、何かに気づいたようだった。 「そうですけど。何か?」 「いやいや。お嫁さんとどうぞ、仲良く。」 岡嶋くんはそう言い残して、駅のほうへ歩き去った。 「誰? 今の……。どういう知り合い?」 恵太さんは私の目を覗き込んだ。 美郷お姉ちゃんが店の奥に引っ込んで行き、恵太さんと私は二人きりで立っていた。 「高校の時の友達。」 「そうか……。」 もやもやしたものがなくならない。 恵太さんは、私の手の中の、岡嶋くんの名刺をすっと取り上げた。裏に携帯の番号が手書きで書かれてあるのを見てから、私に戻した。 「帰ろう。」 恵太さんはよくみると、疲れた顔をしていたが、それでも笑顔だった。 「昨日仕事が長引いたから、今日は休みなんだ。一日、一緒にいられるよ。」 「そう……。」 「どこへもいかないでね。」 私はいつの間にか、自分から恵太さんの胸に顔をうずめて、ぎゅうっと抱きしめていた。 「うん。」 そう返事する恵太さんの声が、私の頭の上で聞こえた。 でも、何か胸につかえていた。 無理して、私はそれに気づかないようにした。 |
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