good morning

この作品の写真素材はあんずいろapricot×color様よりお借りしています


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「いちごショートの願い」


 10年も前のことだ。私の大好きだった保育所でのこと。
 ほかの子のことはほとんど覚えてはいないのだが、ある子だけが鮮明に今でも記憶の中に蘇る。
 お砂場で、型でつくった泥のケーキに、小さな泥団子をいくつも乗せ、
「はい、いちごショート」
と言って、差し出してくれる1つ上のクラスのお兄ちゃん。その子のことを、「れん」と呼び捨てにしてたっけ。
 多分、初恋に似た感情が私の中に芽生えていたに違いない。学年が違うので、卒業アルバムにも載っていないのに、いまだに顔を忘れられない。
 おどけて笑わせてくれたり、ちょっとほかの子より大きな体で、やさしく手を引いてくれて公園まで歩いたり、あまり騒々しい遊びを好まないのんびり屋の彼は、いつも私と一緒にお砂場でお菓子や料理をつくっていた。
 いちごショートは特別なお菓子だった。いろんな願いを込めて口にほおばった(フリをした)。いつまでも、たのしくいられますように。


 クリスマスには、我が家ではお決まりのように、生クリームのホールケーキを2つ買う。姉、兄、私、そして、両親、祖父母の7人家族で、大きなホールケーキがあっというまに無くなる。皆甘いものが大好きだった。
 お姉ちゃんは二十歳、お兄ちゃんは18なんだから、少しはダイエットを考えて遠慮すればいいのに、全然気にせずバクバク食べる。
 両親は成人病が怖い年なんだから、メタボリック症候群にならないように、甘いものは控えたらいいのに、全然気にせずバクバク食べる。
 祖父母に至っては、いちごは噛めないらしいが、ケーキはやわらかくておいしいとのことで、いちご以外の部分をバクバク食べる。
 中学3年の私は、祖父母の残したいちごをもらって、自分のケーキの上に乗せ、あの日の泥ケーキのようにいちごたっぷりのショートをつくって、満足して眺めていた。

 それが毎年恒例だったのに、今年は違っていた。
 お姉ちゃんは会社の友達とパーティにでかけるといって、ケーキはいらないと言った。お兄ちゃんは彼女と一緒に過ごすらしく、どこかに行ってしまった。両親は相変わらずだが、おじいちゃんの腰の調子が前から悪いらしく、おじいちゃんとおばあちゃんはバスで温泉旅行に行ってしまった。
 私と両親の3人だけのクリスマス。今年はケーキ1つで十分。いや、ショートケーキでもいいかも。
「香摘(かつみ)、駅前に新しいケーキ屋さんができたのよ。すっごく美味しいんですって」
 母が、私の沈んだ気持ちを思ってくれたのだろうか、やたら明るい声で言った。
「雑誌にも載ってて、東京じゃ有名な店なんだって。ちょっと高いんだけど、今夜は頭数も少ないし、奮発しましょう!」
 いいね、賛成! ご注文は? そっか、やっぱりショートケーキ3つなんだね。
 私は寂しくないといったら嘘になった。でも、これは予想できたことだった。いつまでも家族で仲良くホールケーキを平らげることなんて、続くはずないと。
「おいしそうなのがあったら、二つずつ買ってきてもいいわよ」
「だめだよ、太る!」

 ホールケーキは私たち家族の幸せの象徴。仲のいい家族の象徴。でもショートケーキは嫌いじゃない。甘酸っぱい思い出とともに、「れん」の顔が思い出されるから。

 名店は、人だらけだった。いわゆるクリスマスケーキというやつはたくさんあったが、結構予約している人が多そうだった。ブッシュドノエルや、ツリーを模(かたど)った小さいケーキも人気だ。
 両親にはこのおいしそうなブッシュドノエルにしようかな。私は、いちごショートがいいな。
 この店のいちごショートにはいちごがたっぷりのっていた。値段は1つ650円もしたが、3000円でなんとか足りるさ。
「あの、ホワイトチョコのブッシュドノエルと、いちごショートを1つずつください!」
 ショーケースの向こう側に立つ背の高いお兄さんに、精一杯声をかけた。
「はい」
 お兄さんはニコニコして、手際よく箱に詰めてくれた。
「ドライアイスはどうしますか?」
「家、すぐそこなので。あの保育所の近くで……」
 私は、そのお兄さんの目があまりにもきれいで、不思議な優しさを持っていたので、余計なことまでしゃべりそうになった。
「ああ、あの保育所? 僕、そこの卒業生ですよ」
 お店は名店でも、アルバイトは地元の学生だった。お兄さんは、急に表情を崩して笑った。
 いい思い出があるんだろうな。楽しそうな、幸せそうな顔をしてる。
「えーっと、お会計3,150円です」
「え゛っ!!」
 もう一度ブッシュドノエルの値段を見た。2500円。しまった、2000円と見間違えた。
「あ、あの、ちょっと待っててください。また来ます。すぐ、来ますから。あ、それともどうしようかな、ブッシュドノエルをやめにしてショートを三つにしようかな……」
 お客さんが待っている。非常に迷惑な客になってる、私。
 しかし、お兄さんは笑って言った。
「お金足りないの? じゃあ、配達してあげるから、そのときにお金用意しておいて」
 おおお、そんなシステムがあったのかぁ!すごい。うれしい。
「住所と名前を書いてね」
 私はいつもの汚い字をできるだけ丁寧に書くことで、少しでもきれいに見せようと努力した。名前はとりあえず私の名前で、電話番号も書いた。
 アルバイトのお兄さんは、その紙を見ながらちょっと考えていたが、
「夜7時じゃ遅いかな? もっと早いほうがいい?」
「いえ、いいですよ。まだ家族は帰ってきてませんし」
「そ、じゃ、そのころお持ちします」

 気持ちのいい店だった。店のつくりといい、商品といい、対応といい、全部二重丸だよ、と母親に告げた。
「お父さんが今日は8時までには帰るって言ってたから、多分間に合うわね」
 母も時計を見ながらつぶやいた。
 7時を少しだけ回ったところだった。バイクの音がして、玄関前に止まった。
 私は3,150円を握り締めて、玄関のドアを開けた。
 そこにはジャンパーを着て、ダボダボのズボンを穿(は)いて、汚れたサッカーシューズ姿の普通の学生が立っていた。よく見ると。確かに先ほどのお店の店員さんだった。
 小脇にかかえたケーキの箱を大事そうに両手で持ち直すと、ニッと笑って私に向かって差し出した。
「香摘、メリークリスマス」
 一瞬、男の子の顔を見つめる。なんで、なんで、そんな馴れ馴れしいのかな。でも、なんで、嫌じゃないのかな。
「あ、ありがと」
 私は3,150円を渡そうと、手を伸ばした。
「オレのこと、覚えてねーよな」
 彼はお金を受け取ると、苦笑した。
「っていうオレも、住所と名前見るまで思い出せなかったけどなー」
「え? 誰?」
「よく、一緒にショートケーキ作ったじゃん」
 えええ?
 母が、そろそろと玄関にやってきた。
「どうしたの? 何かあったの?」
「こんばんは」
 彼は持ち前の明るい笑顔でペコリと頭を下げた。
「保育所の友達で」
 彼の方が、私を指差して、母に説明した。
「そうなの?! じゃあ、久しぶりねえ。どう、よかったら、上がってちょうだい? それともまだ仕事?」
「いえ、もう上がりました。店は配達なんてしてないですから。オレが勝手に帰りに持ってきただけのことなんで」
「え? じゃあ、お金はその時って言ったけど……」
 私は驚いて、彼を見つめた。
「オレ、立替といた」
 そう言って、恥ずかしげに笑う彼は、出来上がった泥ケーキを先生に配っていたころの、「れん」の顔に似ていた。
「れん?」
 彼は家にあがりそうになって、急いで足を止めた。
「え、違うよ」
 彼はじっと私を見た。私はびっくりして、慌ててうつむいて、考えた。誰? 誰なんだろう。
 どなたですか、とはもう今更聞けない。でも、名乗らないなんて、ズルくない?
「オレがキリン組で、香摘がゾウ組でさ、一緒に花でご飯つくったり、泥のお味噌汁とか、いちごショートとか作ったのに、全然覚えてないんだ?」
 すると、母親が彼の顔を見ながら、嬉しそうな顔をした。
「あなた、もしかしたら、浅谷佑太(あさたに・ゆうた)くん?」
「あ、すごい。お母さんのほうがちゃんと覚えてくれてたんだ」
「佑太???」

 私の記憶の中には、佑太という人はいなかった。あれ? いたのかな? 一緒にいちごショートを作ったのは、たしか「れん」だったと思うけど、あれ、ちがったのかな?

 佑太はうちの家のすぐ近所で、母親同士も仲がよかったらしく、ときどき話をしていたが、ほんの少し離れた場所に佑太が引越しをしたために、疎遠になったという。
「そういえば、あの頃は、いつも佑太くんとれんくんと香摘と三人で遊んでたわね」
 母が懐かしそうに言った。
 私たちはコタツに足を突っ込んで、並んだご馳走を前にして、顔を見合わせた。
「佑太、れんのこと、忘れてたんでしょ」
 私が言うと、
「香摘、れんのことしか、覚えてなかったんだろ」
と、彼も反撃した。
 いじめるような口ぶりだが、優しい目をしている。私の中の「れん」へのイメージは佑太の表情と重なっていく。私が覚えていたのは、佑太のことだった? ずっと好きだったのは、佑太のことだったの?

 クリスマスの願いが届くなら、どうぞ、神様、もう一度三人で……。


 玄関のチャイムが鳴った。少し早いけれど、父のご帰還かな? そう思って玄関に出てドアを開けた私は、またまた困って固まってしまった。
 知らない大きな学生が一人、自転車で来たらしく、寒そうにマフラーをぐるぐる巻きにして、立っていた。
「あの、どなた……?」
「佑太のバイクがあったから。いるんでしょ、あいつ」
「う、うん」
「おーい、佑太、行くぞ!! ケンタ買ってきたぞ」
 部屋の中から、佑太が応じる声がした。
「ごめんごめん。ちょっとお客さんの所に配達」
「配達なのに、なんで家に上がってんだよ」
「それは内緒」
 佑太の態度に、少し腹を立てたらしく、大きな学生はケンタッキーのバーレルを佑太にぶつけようとした。
「わー、ごめんごめん、連、許せ! さぁ、行こう!」

 私は思わず、二人を追いかけていた。二人が止めていた、バイクと自転車をぎゅっと持って、唇を尖らして怒ってみせた。
「なによ、それ。佑太とれんとが一緒にいるの?」
 連はわけがわからないという顔で佑太を見る。佑太はニヤニヤ笑うだけだ。
「佑太とれんはずっと一緒だったの?」
「まあな」
「そうだ。保育所からの付き合いかな。ずっと学校も同じクラスだったし」
 連は私がなぜ怒っているのかも知らずに、説明した。
「二人でクリスマスなの?」
「え? うん、まぁ……ほかのやつ、彼女いるし、なぁ、連」
「オレに振るな」
「じゃあ、私も行くっ!!」
「えっ!!」

 北川連(きたがわ・れん)の部屋に入った時には、部屋中明るいパーティーの様相で、両親も弟も一緒だった。居間には立派だが、なぜか星飾りの無いクリスマスツリーが飾られてあり、それを眺めてから、連の部屋に行った。
 両親がいろいろと飲み物や食べ物を三人に出してくれた。
「で、この子、誰なんだよ」
 連はさすがに、自分の部屋に入れてまで名前を知らないというのは困るという感じでつぶやいた。
「まさか、佑太、彼女できたんじゃないだろうな」
「おおー、それいいね」
 佑太は私の顔を覗き込んだ。
「私は和倉香摘(わくら・かつみ)、保育所で一緒に遊んでもらったのに、れん、覚えてないの?」
「わくらかつみ? ぜんっぜん覚えてねー」
 佑太は爆笑し、私は不満げにチキンをほおばり、連は気にも留めずにクリスマス番組をサーチしていた。

 願いが叶ったのかな?
 心地いい空間。
 なんだかいつまでも続きそうな予感がした。


<END> 2006.12

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