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| 「つなぐ」 その高校には、ぼんやりとオレンジ色の防犯灯がともっていた。 私が通っていた高校だ。 私は高校の周りに張り巡らされた金網に、顔を押し付けていた。マフラーで顔を半分覆っていても、それでも冬の夜は冷えて、自然に身体が震えた。 国道沿いの車のヘッドライトが、カーブに合わせて周囲を照らし出す。 静かな民家が並んでいて、きっと部屋の中ではお正月の準備をしているんだろうなと思われた。 すると、急にバイクが止まる音がして、私は振り返った。 大きめのバイクにまたがった男は、ヘルメットを脱いで、バイクを降りた。 「敦美(あつみ)」 彼は私の名を読んだが、私には彼が誰だかわからなかった。 「どうしたんだよ、家の人が心配してるぞ」 彼の声が記憶のかなたで微かに、どこかとつながった。 私は家出をして、もう一週間になる。 友達の所や、後輩や、先輩に何泊かさせてもらって、今夜はどうしようかと思っていた所だった。 二十歳を過ぎて家出なんて、恥ずかしい。どこかに部屋を借りたい。 もう、家になんか帰らない。 バイクの男が、呼び止めなければ、私は校舎にもぐりこんで、教室で眠ろうと思っていた。警備員さんにきっと見つかってしまうだろうけれど、なんとかうまくいかないかと考えていた。 「敦美、この前の同窓会来なかったなあ」 バイクの男は近くまで来て、そう言って笑った。 その笑い方で、はっきりと記憶が蘇った。 彼は、高校のとき付き合っていた優市(ゆういち)だ。 「いまごろ、独りで同窓会かぁ? しかも現場でっ」 優市はしらけたムードの中、へらへらと笑った。 私は軽蔑したような目で優市を見た。 「どうせ、家の人から全部聞いてるんでしょ。それで探してくれって頼まれたんでしょ」 優市は黙ってポリポリと頬を掻いた。 図星なんだわ。 はずかしい。 お姉ちゃんにカレシを取られて、いつのまにかその二人は結婚ですって? どんな顔してお祝いしろっていうのよ。 「まぁ。いろいろあったと思うけどさ。みんな心配してるよ」 「心配? みんな、お姉ちゃんのほうばっかに遠慮して、心配してる。私への心配なんか皆無よ、皆無!」 あー、と私は叫びだしたい気分だった。 どうして私の不幸な話を、この優市に説明しなくちゃならないのよ。 情けないよ。 元クラスメイト、元カレ。でも、私はいつだって強くって、優市には何でも言いたい放題、すき放題やってきた。 私が振った相手なのに、そいつに心配されて、なだめられてる。 「でもさ……」 「うるさいっ!」 優市は口をつぐんだ。 「お願いだから、私のことは放っておいてちょうだい。関知しないで」 私はそう言って、優市を置いて、歩き出した。 行く場所は無い。でも、前を向いて歩かなくちゃ。 「俺はさぁ」 優市の、意外なほど大きな声が後ろから追いかけてきた。 「ただ、荷物半分持ってやりたかっただけなんだ」 「荷物半分? 私はねー、軽々ぜーんぶ持ってくれるような男の人がいいのよ。半分しか持ってくれないヤツなんてね……」 私は立ち止まり、振り返って唇を尖らせた。 「はんぶんこで、いいじゃん」 優市はバイクにまたがり、ヘルメットをお腹の辺りで抱え、私の顔を見つめていた。 「片方の手で荷物を持って、もう片方の手をつないで、一緒に歩ける相手でありたかったんだ」 そんなふうに、真面目な顔で言われても、私には責められているような気持ちにしかならなかった。 プイと横を向き、優市の顔を見ないようにした。 「もう、おせっかいはいいよ。とにかく、私はかっこいい男を探して、お姉ちゃんの鼻を明かしてやるんだ」 「そんなんだから、敦美はなー……」 「そんなんだから、何よっ!」 かわいくない。どうせ、わかってるもん。 「俺んち、来いよ。泊まるとこ、無いんだろ?」 優市の意外な言葉に私は驚いて彼を見つめた。 「泊めてくれんの? 親には言わずに?」 「今夜だけな」 「今のカノジョに怒られない?」 「あー」 優市は困った顔をして夜空を見上げた。 「ま、大丈夫じゃないかな。とりあえず、後ろに乗れよ」 私はあれほど強がっていたくせに、泊まるところがあるというだけで、優市を受け入れていた。 過去を顧みる懐かしさと、現在の心境を探りあうたどたどしさとが、ほんの少しの距離を私たちの間に忍び込ませた。 「カノジョと、同棲してるとか言わないでよ」 「え、一緒に住んでるよ」 私は優市の部屋の前で、鍵を開ける彼の背をドンと押した。 「じゃあ、入れないじゃないっ! 腐っても元カノなのよ、私」 「いや、別に腐ってないし」 そうこう言っているうちに、優市は部屋のドアを開けた。すると、まっさきにカノジョが駆けつけてきて、優市の帰りを甘い声で喜んだ。 「みゃああああ」 グレーに黒の縞模様の子猫がひょっこり顔を出した。首に赤いリボンを結んでいた。 「よしよし、ただいま」 呆れてしまったが、でも、優市が猫を抱く姿は実はもう見慣れていた。昔から猫が大好きな男だった。確かに、猫がカノジョだと言っても間違いじゃない。それくらい、やつは、猫を愛している。 優市は布団を一組敷いて、私に寝るように言った。自分は座布団を並べて、その上にコートやらバスタオルやらをかけまくって、寝ようとしていた。子猫が優市の首元から中へとそろそろ入ってゆく。 布団はなんだか懐かしいにおいがする。優市のにおいだ。 眠れない。 夜が明けたとき、まだ優市が寝ている間に部屋を出た。 お風呂にも入ってない。ご飯も食べてない。 でも、いたたまれなくて、優市の部屋にいられなかった。胸が痛かった。 「はんぶんこで、いいじゃん」 「片方の手で荷物を持って、もう片方の手をつないで、一緒に歩ける相手でありたかったんだ」 私は自分勝手に、自由に生きたかった。 つながりなんて、うっとおしかった。 だって。 人と、うまく合わせるのが苦手だったから。 人のことを考えて、優しさを企てるのが、ヘタクソだった。 だから、普通にしてても相手を思いやれる優市のようなやつは、一番苦手だった。 好かれたみたいだから付き合ったけど、簡単に言うと、おもいきり振り回して逃げた。 今夜もそうだ。 優市は私のために走って探し回って、泊めてやって、でもお礼ひとつ言われないで、朝になったら消えてたってことになる。 いつも、ご苦労様。もう関わらないでいいよ。 だけど、なぜか、ふと思った。 近くのスーパーで猫の餌の缶詰を二つ買った。もう一度、部屋に戻るとドアノブにかけて、そっとその場から立ち去るつもりだった。 ガチャッとドアが開いた。 驚いて、振り返った私が見たのは、寝ぼけて髪もグシャグシャの優市と、足元の子猫だった。 優市はノブにかかっていた、缶詰を見て、それから、私の方をもう一度見た。 「どこへ行くんだ?」 「どこへって……」 正直行き先なんてないんだ。 「実家に帰れよ」 「嫌だ」 「逃げんなよ」 「逃げてない。ウザイだけ。顔あわせるとムカツクのよ」 優市はためいきをついて、パジャマのままドアの外に出てきた。寒いから、両手で自分の身体をさすっている。足の間で子猫がみゃあと鳴いた。 彼が、急に手を伸ばし、私の腕をとった。 「とりあえず、部屋に戻れ」 私は引っ張られて、反射的に踏ん張った。 「いやよ、引っ張んないでよ!」 「ちょっとだけでいいんだよ」 優市が目を閉じて、息を吐きながら、身体を縮めた。 「ちょっとだけでいいから、素直になってみろ。やわらかくなってみろって」 そんなの、無理だよ。 怖くてできない。 「俺の前だけでいいから、気を抜けよ」 優市は私の手をぐっと引っ張った。 そんなこと言うけど、優市。 本当の自分の弱さを、人に笑われたら、どうやって立っていればいいの? 心の底から助けをもとめて、拒絶されたら、次はどうすればいいの? 怖いよ。 心の中身をさらすなんて。 私はもう、踏ん張る力がなくて、優市の力のままに、部屋の玄関に戻っていた。 「ずっと、言いたかったんだ。もっとさ、俺に頼ってくれって。付き合ってるときに。でも上手く言えなくて、簡単に振られちゃったけどな」 「頼りない優市に、頼れって?」 私は半分馬鹿にしたように言ったが、それでも優市はマジメに頷いた。 「うん。頼って欲しかったよ。敦美を裏切ったりしない、唯一の人間のつもりだった」 玄関の中で、私は優市に、手を引っ張られたまま立っていた。 温かい優市の左手が、しっかりと私の手を握り、離さない。 「実家に心配しないよう連絡入れとけ、な」 優市はまだ眠そうな笑顔で、そう言った。 「冗談じゃないわ、誰が……」 反抗する私をなだめるように、優市がそっと私の頭を撫でた。私は優市を睨みつけた。 「何すんのよ。私と猫を一緒にしないでよ」 「かわいいんだよ。俺にとっては。おんなじように」 優市は空いている右手を、大きく開いて、微笑んだ。 「ほら、おいで」 にゃー、と鳴いて胸に飛び込んでいけばいいのか? バカ、優市のばか! でも、私はいつのまにか、笑顔になっていた。 優市は痩せっぽちでヒョロヒョロしていて、本当に頼りがいがない。それでもいつも私を笑わせようとするのは、昔も今も同じだ。怒ってばかりいる、こんな私を。 新しい年には、すこしだけ、弱さを自覚した自分がいるんだろう。 誰かと手をつなぐことも、できる人になっているかもしれない。 相手はまだ、誰かはわからないけれど。 優市には、猫という第一カノジョがいる。 <END> 2006.12 |
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