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| 「スキだけど好きだよね?」 (1)呼び捨てにしちゃいます 大きな銀色の建物は、二年前の私の憧れだった。 運のよさが味方して、こんな何にもできない、お茶汲み専門っぽい私でも、この会社に受かることができた。 冷たい12月の風に吹かれて、今もその建物を見上げると、ちょっとじわっとしてくる。 すると、私の肩をボンっと叩いて、江坂蹴(えさか・しゅう)が元気な笑顔を見せた。 「よう、また仕事のミスで叱られたの?」 「ち、違うよう」 私は頬をゴシゴシこすって、蹴の顔を、いかにも情けない表情で見つめた。 「……今日も、ミスしたら、どうしよう」 「ばーか、大丈夫だって」 蹴は慌てて私の頭を撫でた。 同期でいつも失敗ばかりしている私の尻拭い役、もとい、補佐役の彼。 優秀で、企画部の会議に出ても販売部の所見をきちんと説明し、必ず販売課長に褒められている。 もちろん、私は隣で一生懸命書記役をしているだけ。 同期は二人だけなんだ。 だから、助け合わなくちゃ。 いつも蹴はそう言って、いやな顔ひとつせずに私のことを助けてくれた。 だからね。 もう、こんなの、あたりまえなの。 蹴のことが好き。憧れてる。 仕事で見せる強気な姿勢と、私に対する明るさ。 こんな自信の無い私を勇気付けてくれる、彼はまるで、ヒーローなんだ。 「オレのこと、陰で、蹴って呼び捨てにしてるだろ」 蹴が、私の顔を見てニヤリとした。 トイレに行く前のちょっとした隙に、そんなことを言う。 えっ、えっ、どうして? 私は、いつもちゃんと江坂くんって呼んでるよ。 誰にもそんな風に言ったことないし、えっと、えっと、口に出して蹴だなんて、呼び捨てにしたりしてないはず……。 気づくと、もう既に用を足してトイレから出てきた蹴が、私の顔を見て笑っていた。 「どうしたの?」 そんな風に余裕の表情で、私に尋ねる。 ど、どうしたのって。ど、ど、ど、どう言えば? 「蹴って呼んでるだろ? 違う?」 私はドキドキして困った挙句に、思い切り髪が床に擦れるまで、頭を下げて謝った。 「ご、ごめんなさい。あの、あの、あの、あの、すこしだけ、ちょっとだけ、あの、いいかなって、あの」 「いーよ」 蹴は可笑しくて今にも噴出しそうな顔をして、言った。 「オレも佳波って呼んでるよ」 「え?」 「同期だしさ。吹田佳波(すいた・かなみ)さんって呼ぶのもなんだし。いつもは吹田さんだけど、なんてーか、気持ちの中じゃ、佳波って呼び捨ててるかな」 そうだろうな。 私は佳波と呼び捨てにされてて、よかったと思った。 吹田と呼び捨てにされてるかと思っていた。そして、「コラ、吹田、テメー」と、いつキレられるかと内心怯えていた。 「呼んでください。好きな様に」 私はそそくさと、トイレに入ろうとした。 「佳波っ!」 びっくりして、私は凍ったように立ち止まった。 ゆっくりと解凍して、そろそろと蹴の方を見る私の目に、いつもとは違った蹴の顔があった。 ふざけて笑っているはずの顔。 それが、すこしだけ、言葉をつまらせていた。 強気なはずの顔。 それが、すこしだけ、困った顔をしていた。 返事をしたほうがいいのかな。いや、しなくちゃいけないよね。あ、えっと、どんな顔してどんな風に返したらいいのかな。 明るく? ほがらかに? 笑顔で? 優しく? 「佳波」 今度は少し小さな声で、もう一度蹴は呼んだ。 何か言いたそうな蹴に、私はようやく、うんとうなずいた。 「後で、メール送るよ」 うん。 でも、なんだろうな。 今、言ってほしかったな。 |
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