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| 「スキだけど好きだよね?」 (6)路上ミュージシャンの彼 私が手洗いに立ったとき、蹴がすぐに追いかけてきた。 「佳波、そろそろ、出ないか?」 「え? ほんとに? 大丈夫かなぁ……」 「大丈夫、絶対、課長もう記憶無いからっ!」 「うん、わかった。カバン置いてるから、戻ったら出る用意するね」 確かに、千里課長は、やたらとお酌攻撃に遭っており、すでに首が据わっていなかった。 目はとろーんと赤く、口元は半笑いで、プレイボーイが台無しだった。 私が座席に戻ってくると、私の隣の席には、蹴がすわっていた。 「行く?」 私が聞くと、蹴が目をキラっとさせてうなずいた。 私たちは、課員に目立たぬように、別々に店を出た。 蹴はにこにこして、私の髪を撫でた。あれ? 蹴ってこんなにボディタッチが上手かったかな? 「すごいな、君。俺、ドキドキしたよ」 「え?」 ちょっとー、ちょっと、ちょ……。 「まさか、とは思いますけど、希生さん?」 「そーだよ」 しまった。蹴を置いてきちゃった。 仕方なく、二人で歩き出した。近くのバーに入ろうとする希生を、必死で止めて、喫茶店でいいですと訴えた。 私の訴えは採用され、ミルクティを飲みながら、ゆっくりと顔を見つめた。 明るい店内で見る、希生の顔だが、やはり蹴とそっくりだった。 「あの、双子なんですか?」 「いや。俺は蹴より二つ年上だよ」 見えない。別々の卵子と精子だったなんて、想像できない。細胞分裂でできた弟じゃないの、と疑う。 「でも、まさか、君が蹴と同じ会社だったなんて、なぁ。カッコわりー」 希生が顔を手で覆った。 「いっつも、最前列で歌を聴いてってくれる子だよね、名前までわからなかったけど」 「え?」 私は希生の言葉に、一瞬頭の中が動きを止めた。 最前列で歌? そうだ。そうだ。私は毎日仕事帰りに駅のそばの広場で歌っている人たちを、応援していて、最前列に座り込んで聞きほれていた。グループの名は、「シェリー」、尾崎豊の曲のタイトルからとったという。 その「シェリー」はボーカルとギターしかいない、二人組みだったが、私が覚えている限り、ボーカルの顔はなんともいえない、もっと強烈な顔をしていた。 ギターのケイは、ニット帽を目深に被り、ボーカルの後ろで弾いているから、あまり顔に印象が無い。 「え、あの……」 あの、ケイさんだったんですか? そう聞こうとして、思わず口をつぐんだ。 「なんで、君が俺の名字知ってるんだろうなあって思ってたけど、弟と一緒の会社じゃあ、バレてるよね」 「あ……ええ」 コンビニで、江坂くん、と彼を呼んだことを思い出す。 くんづけで呼んでしまった。ショックだ。 あいまいな笑顔で希生の反応を伺う。 「あのとき、コンビニで逢えて、めちゃくちゃ嬉しかったんだよ」 「え?」 「ちょっと気になってた……っていうか、好きだったから」 にこっと笑う希生は、蹴の放つような強さが無いかわりに、トツトツとした柔らかな言葉が、優しく空間を埋めてゆく。 「かわいいなーって思ってたよ」 「あ、ありがとう」 私は素直にそう応えた。 テキパキとなんでも片付けてゆく、行動も思考も先を行ってしまう蹴と違って、この人は一緒にそばにいてくれる、そんな気がした。 相変わらず、希生はにこにこして私の顔を見つめ続ける。 「ずっと好きだったって、ほんと?」 ぎくぅ……として、私は紅茶を少しこぼした。 慌てて、紙ナフキンで吹いてくれる希生に、私はされるがままだった。 頭は必死で考えていた。 誤解ですって、言うべき? 好きなのは、弟の蹴くんですって、ちゃんと言うべき? でも、この優しい人は、蹴と同じ顔でも、性格はまるで違う。とても一緒にいて、落ち着く人だ。 好き……かもしれない。 え、でも、蹴のことはどうするの? 蹴には、好きだとは一言も言ってないし……。 え、待って待って。 私は、ずっと蹴のことが好きだったんだよ。 憧れてて、恋しいと思ってて、やっと想いが叶いそうなんだよ。 蹴を好きだよ。 蹴の方が、ずっと大事だよ。 絶対、そうなんだよ……。 「付き合ってほしい。大事にするから」 私の顔をじっと見て言った。 コーヒーのカップを持つ手が震えているのは、寒いせいなのかな。 緊張する時間が流れた。もう何も言わない希生。私が応える時間をくれているんだ。 「うん」 私の口から、想いもよらない言葉が飛び出て、自分でもびっくりした。 「ありがと」 満面の笑みというのは、こういうことで、希生は顔をくしゃくしゃにして喜んでいた。 そして、ガッツポーズをした。 かわいい。 この人、めちゃくちゃ、かわいいよ。 「そういえば……」 希生は何か思い出したように、店の天井を見上げた。 「キスして、ごめんね」 私はあの、くらくらするようなキスを思い出した。見る間に顔が真っ赤になった気がした。 「めちゃくちゃかわいくって、ちょっと欲しくなっちゃったんだよ。もう、突然はしないからね」 「う。うん」 あの、私にとっては十分殺傷能力のあるキスが、突然襲来するかと思うと、気が遠くなります。 でも、ちょっと、期待していたりもします。 駅前の喫茶店から出たとき、なぜか、その出口で蹴が、両足を大きく開いて無表情のまま立っていた。 「あ、何だ、兄さんと一緒だったのか」 「う。うん」 蹴は希生と並んでいる私の手を取って、さっと歩き出した。 「どこ行ったのか、心配したぞ」 「ご、ごめんなさい」 私はもちろん、その後一言も、希生のことを蹴に言えなかった。 蹴は嬉しそうに、私と手を繋いで、明るい店の続く街並を歩いていた。 「オレの兄さん、あれでもミュージシャンなんだぜ。何を勘違いしたのか、就職することにしたらしいけど。オレにも一言も言わずに同じ会社受けるなんて、卑怯だよな」 「そう?」 私はどんどんうつむいて、しまいには地面ばかり見ているようになった。 「なあ、佳波」 「なに?」 「正月、ウチに来いよ」 「えっっ!」 「彼女だって、思ってもいいだろ? 紹介したいんだ」 そ、そ、そ、そ、それは……。 |
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