| 「sole star」 (1) クリスマスツリーの飾りつけをしながら、悠子(ゆうこ)は今年の計画を頭で繰り返していた。 和真(かずま)は幼稚園を休ませて、休暇を取ってくれた連(れん)と三人で家族旅行に出かけるのだ。和真が小学校に上がる前に、平日の温泉三昧、遊園地三昧と遊びまくるのだ。 楽しくてしょうがない。結婚していままで、ほとんど家事と育児で遠出なんてしていない。結婚前はあれほど重ねたデートも、結婚してからは思うように時間がとれない。そんな鬱憤をクリスマス前の一週間にすべて弾けさせるのだ。 6歳になった和真は、夫の連に、日に日に似てくる。男の子だなと思わせる、ときどき頼もしいと思うようなことも言うようになった。 和真を産んだとき、もう1人赤ちゃんが悠子の中にいたのだが、双子ということでうまく育たず、出産時には残念ながら亡くなっていた。もしも生きていたなら、女の子だったから、悠子に似ていたかもしれない。 その後は悠子と連がどれほど望んでも、コウノトリは赤ちゃんを運んできてはくれなかった。受精卵が着床しにくい子宮になってしまったらしい。落ち込みはしたが、それでも悠子はいつしかその痛みを忘れることができた。和真がいる。連がいる。ささやかなりに、暖かい家庭を作ることができたからだ。 いつもニコニコと悠子を見つめては、悪いところなんて見えていないかのように、褒めてばかりいてくれる連の優しさに包まれて、多分、このときの悠子にはこれ以上望むものなんてなかったはずだった。 悲しみもあったけれど、今の幸せは、誰のものでもなく、彼ら家族のものだった。 「一番上の大きな星飾りは、僕につけさせて」 和真が背伸びをして、彼の身長以上のツリーの天辺に、金色の星を飾ろうとしていた。 「よし」 連が軽く和真を抱きかかえて、ツリーの先に星を届けさせていた。 「いいわね。ママの家のツリーは、天辺にはサンタさんが座ってたわ」 悠子が言うと、連が笑って言った。 「なんでツリーの天辺にサンタさんなんだ??」 「しらないわよ。連の家こそ、兄弟が多いから、大きな星は取り合いして失くしたりしたでしょ?」 「あー。確かに、気がついたときはツリーの天辺には思いっきり綿が被ってた」 「パパもママもこの星がほしい?」 和真に言われて、悠子と連は顔を見合わせた。 「いや、その星は和真のモンだよ」 そうしてツリーは完成した。電飾をつけて、部屋の明りを消した。悠子は連とそっと手をつないで、そのツリーと、喜んではしゃいでいる和真の姿を見つめていた。 眠りについた和真とは少しだけ離れた部屋にひいた布団にくるまって、悠子はまたしっかりと連の手を握っていた。 抱きしめあった後も、眠そうな顔はせず、いつも悠子の話を聞いてくれ、彼女ことをかわいいと言ってキスしてくれる連は、悠子の宝物だった。和真ももちろん大切だが、彼に出会えていなければ和真という存在もないわけだ。 連は悠子よりも5つも年下で、まだ30になったばかり。しかし、彼は悠子よりも精神的に成熟しているというのか、単に悠子が幼稚なのかは微妙なところだが、バランス的には連の方が年上のような関係だった。 「ユウ」 「なに?」 連がそっとつぶやいた。 「いつまでも一緒にいような」 「うん」 悠子は、言葉とは薄っぺらいものだと思っていたが、連の言葉には愛に満ちていて、言葉で人を幸せにすることもできるんだと教えられた。 「付き合った期間はたったの半年だったのに、よく結婚したよね」 悠子はそう言って、結婚当時のことを思い出していた。 夏のプールでおぼれかけていた悠子の友達を助けたのが連で、なぜか友達を通り越して、悠子と連はお互い一目ぼれで付き合いだした。そして和真の命が悠子の中に宿り、クリスマス前に挙式した。今度の旅行も、もうすぐ来る、2人の結婚記念日に合わせて計画したのだ。 「そういう運命だったんじゃない?」 連が言った。 「運命だったのかな」 「そうだよ。おれもユウも、ただ運命のとおりに生きてきただけなんだよ」 「じゃあ、15年前に逢いたかった!」 「15年前?」 悠子はふふっと口元を押さえた。 「私が二十歳のときよ。めちゃくちゃかわいかったんだから。もう男の子にモテモテ」 「おれ、まだ15だな」 「中学生?」 「だよ」 悠子はいつか見た連の小学生の頃の写真を思い出して、大笑いした。 すると連は心外だったらしく、 「いや、笑うことないだろ。15と二十歳だって恋愛対象でしょ」 と反論した。 「ええ〜、子供相撲してたじゃん」 「それは小学校までだから!」 そう言ってから、連は悠子の方を向いて、少し感慨深げに続けた。 「でも、よく考えたら、絶対逢えないよな。なにしろ、四国と東京なんだからな」 「そうだね」 「当時のユウを見てみたかったな」 「そう?」 「ああ」 連は目を伏せて笑いながら、 「その時逢ってたら、おれたちの運命はまた変わってたんだろうな」 と言った。 悠子たち家族の旅行の出発の日になった。 連の運転する車の後部座席には、興奮状態の和真と、新婚旅行気分の悠子が座っていた。 たくさんの思い出を作るために、楽しい結婚記念日を迎えるために、すばらしいクリスマスにするために、3人はこれから起こることなど考えもせずに、ただ笑顔で目的地に向かっていた。 夕刻になって、オレンジ色の夕日が連の目に刺さってきた。彼は嫌な予感がして少しスピードを落とし、山道のカーブを慎重に走行させた。 突然、目の前に、それは出てきた。 大きなトラックの運転席が、すでに彼らの目の前にあった。 連が運転する乗用車は、対向車線に突っ込んできた居眠り運転のトラックに正面衝突され、悲惨なほどに大破した。 悠子がようやく目を覚ましたのは、ベッドの中だった。 目を開けたが、硬直した体がしばらく動かなかった。ふっというタイミングで、悠子は体を起こした。 薄いグリーンの壁紙、枕元のランプ、まぶしい朝の光が差し込む窓には、ウサギの模様のカーテン。 壁には懐かしい、中山美穂のドアップのポスターが貼ってあった。 嫌というほど見覚えがある、この部屋は間違いなく、悠子が大学時代まで住んでいた実家だった。なぜ、いまここにいるのか、悠子は一生懸命思い出そうとした。 しかし、思い出せるのは、ついこの間まで愛する夫や子供と暮らした四国・高松の小さなマンションだった。東京の実家にいる意味がわからなかった。 ベッドから出て、足元に落ちていた雑誌を拾って驚いた。クリスマス特大号、しかし91年とある。 91年??? ふいに部屋のドアが開き、母親が元気そうな顔で入ってきた。 なぜ? どうしてそんなに、若いの? 悠子は気が動転して倒れそうになった。 「青い顔ね、気分でも悪いの?」 母親が悠子の髪をかきあげて、額の熱をはかろうとした。そのことで、悠子は自分の髪が昨日までとちがってロングヘヤーになっているのに気づいた。子供を産んでからはずっとショートだったのに。 さらに悠子は91年12月のカレンダーを目にした。 当然のようにそこにある。わざとらしくさえ感じる。悠子に何を教えたいのだろう。 そして、鏡を見ると、これもひっくり返りたくなるくらい、若い顔だ。つるつるでハリのある肌、明るい頬、引き締まった口元。そして、瞳が輝いていた。 このきれいな娘が自分の像だとは信じられない。いや、確かに自分と同じ顔なのだが、一体、これはどういうことなんだろう。 「お母さん、連は? 和真は?」 悠子は母親に尋ねたが、母親は怪訝(けげん)な顔をしてそれは誰かと問い返された。 テレビをつけた。 古いコマーシャルに、今では見かけなくなったタレントがうようよ出てくる。 ここは、ちがうんだ。 悠子が住んでいた場所ではないんだ。 夢なのかもしれない。夢なら早く醒めてほしい。 たとえば天国でもかまわない。私は、連に逢いたい。和真と一緒にいたい。 私を1人にしないでください。 悠子が、15年前の自分を、15年前の環境を、受け入れるまで、1週間かかった。 1週間たっても、悠子の悪夢は醒めなかったのだ。 2 に続く |
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