good morning

この作品の写真素材はあんずいろapricot×color様よりお借りしています


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「キミノキモチ」

(1)

 冷たい風が私の頬を打つ。クリスマスも近いけれど、それよりも、私は引越しのことで頭がいっぱいだった。
 引越しの準備は、引っ越し屋に任せればいい。そう、私は引っ越しの手伝いをすることで、頭のほかの部分を使わずにいたかったのだ。
 今までの住み慣れたマンションは小さくて、引っ越しなんて数時間で終わってしまう。けれど、今度の巳智(みさと)の部屋は大きくて、そこでの荷物の整理は大変だ。レイアウトも、収納も全部私に任せて、巳智は仕事をし続けている。
 巳智、元気で頑張ってるかな?
 毎日顔を合わすのに、少し気になる。弱い人だからとかじゃない。なんでだろう。とても気になる。

 私は19歳だった。4つ年上の小嶋(こじま)巳智が高校を卒業したら結婚しようと言ってくれたから、私はこうして大学へ行きながらも花嫁気分で引っ越ししている。
 そう、ウキウキしていい。みんなにも羨ましがられた。
 でも、私のことはいいんだ。巳智のことが気にかかる。本当に結婚してもいいの?

「なんだ、そんなことを悩んでるのか?」
 巳智の親友で、よく私と三人で夏に遊んだ、木村が私を喫茶店に呼び出して、説教してくれた。
「本人に、聞けよ」
 言われて私は真っ赤になった。
「聞けないよ。どんな顔されるか、それを考えるだけで辛い」
「そんなことないぜ。言えないで切ない顔をしてるお前を見てるほうが、ミサトも辛いと思うぜ」
「そうかな?」
 私は巳智から、何か良い応えが聞きたかったわけじゃない。
 何でもいいから、聞きたかったのだ。



 夜、とっちらかった私の部屋に来た巳智は、疲れてはいるが笑顔で静かに整理を始めた。
「もう少しで終わるのよ」
 巳智はニッコリ笑ってうなずいた。


 優しい人だった。
 初めて逢ったのは高校1年の時だったけれど、礼儀正しくて両親にも好感度ナンバーワンのカレシだった。彼は、明るく場を盛り上げるのが得意で、いつも友達に囲まれていた。
 けれど、いつも、いつも、いつも、私のことを隣に置いてくれた。まるでお気に入りのマスコットなの?と聞きたくなるほど、「あー、玲亜(れあ)、玲亜、どこだ。こっちきとかなきゃだめだろ」なんて、私をぎゅっと引き寄せる。
 お兄ちゃんがいたら、こんなふうなの?と思ったり、お父さんみたいに頼もしいと思ったり、男の人ってこんなに強いの?って感心したり、巳智と一緒にいた3年半はとても長いようで短かった。


 巳智が私の顔をじっと見た。
 私は何のことか分かった。
「あ、もうそろそろ、疲れたのね。巳智の部屋に帰って寝ようか」
 巳智は小さくうなずいた。
 先に部屋を出て行く巳智。そのスーツの後姿が、少し痩せて小さくなったような気がした。
 今日は、聞けるかな。
 帰ったら、聞けるかな。
 巳智の後姿について、部屋を出ると、鍵をかけ、振り返ると彼が手を差し伸べて待っていてくれた。すぐに階段だから、手をつないで行こうというのだ。
「ありがとう。ミサト。相変わらず優しいね」
 巳智はチラっと不満げな目で私を見たが、すぐに笑顔の瞳の後ろに隠れてしまった。

 まだ巳智のマンションも散らかってはいるが、なんとか生活できる状況にまではもってこれた。観葉植物が玄関にかたまって放置されていたり、ドレッサーが客間にあったり、デスクトップパソコンが二台、テレビが二台と、行き場が確定されていないものが居間にガンと置かれてあったりする。
 居間で小さくなりながら、コンビニで買ってきたお弁当を食べ、私はやっぱり巳智の顔色を見る。疲れているし、黙々と食べていて、あまり美味しそうじゃない。
 そのうち、私の様子に気づいて、巳智が顔を上げて私の顔を見つめた。
 なんで食べないんだ?
 どうかしたのか?
 そんなふうに、巳智の目は聞いていた。私はううんと首を振り、ご飯を飲み込もうとしたが、のどにつまって、涙が出た。巳智がいそいでペットボトルのお茶を私の口に運んでくれた。
 そんな、優しさに、やっぱり輪をかけて涙が出た。あー、泣き虫だ、私は。

 お布団に入って、隣の巳智の寝顔を見ようと待ち構えていると、巳智は笑って、上を向いた。目をつぶっているけれど、私の視線が気になるのだろう。
 ねえ、聞くべきなの?
 聞いても、いいの?
 巳智に、どんな顔されるの?
 いまなら、明日の朝には忘れてくれるのかな?



「ミサト、私との結婚、後悔してない? いいの?」



 私は夜の静かな空気の中で、自分の呼吸と彼の呼吸とが交わる様子を意識していた。彼は、ゆっくりと私の方に体を向けて、目と目が合う場所に顔をもってくると、じっと私の顔を見つめた。
 その瞳を見ていると、私はなぜか、安心できた。
 彼は大きな掌で、私の両手を探り出し、大切なものを包むように、暖めた。
 それから、彼の優しい手で、髪を撫でられると、不安はどこかへ飛んでいった。
「私は、ずっとそばにいてほしいよ」
 私は巳智にそう伝えた。
 巳智はうなずいた。



 朝、私が起きた頃には、もう巳智は会社に行ってしまっていた。
 テーブルには食べ残しの食パンの耳と、牛乳が半分、サラダはきれいに食べたのに、スープは少し残していた。そして、そのパン皿のとなりに、白い紙切れがあった。

<後悔はしてない。でも不安だ>


 私はそれを見て、すぐにメールを打った。
<何が不安? 私はどうしたらいい?>
 巳智と離れたくない。今更離れることなんて、考えたくない。だけど、巳智の不安感をどうやったらぬぐえるの?

 返信が帰ってきたのは、お昼過ぎてからだった。
<オレの気持ちを伝えられるか不安。愛してるんだよ、本当に>





 君の気持ちを知るのは、たいてい、携帯のメールだった。文字が私の中にどんどん降り積もっていった。
 優しい言葉も、愛の言葉も、疑ってないよ。ちゃんと伝わってる。
 二人でそばにいるときは、瞳を見れば調子がわかるし、離れてても言葉は送信されてくる。
 ただね、どうしても聞きたくなったんだよ。

 半年前、巳智が起こした交通事故で、身体に支障はなかったけど、声が出なくなったよね。一緒に乗せてた助手席の後輩を亡くしてしまったことや、そのとき、親に勘当を言い渡されたりして、ショックが酷くて事故後のウツもあったね。そして、友達から聞いたけど、前に付き合っていた彼女も事故で亡くしてるって。

 今は事故の後遺症というよりも、何か、心の病気なんだろうなと思う。
 だから、聞きたかったんだ。結婚してもいいのかなって。私は一生懸命、そばにいるから、巳智も一緒にいてくれるのかなって。突然、やっぱり別れようなんて、悲しいこと言わないよね?
 気持ちを伝えられるか不安。
 うん、わかってあげられるか、不安だよ。でも、雪のようにやわらかいんだ。それだけはわかる。人が変わったりするわけない。巳智は巳智のまま、優しい顔で微笑んでくれるよ。
 それを、信じてるから。
 うん。聞いてよかった。
 自分の気持ちにも気がついた。


 突然、私の携帯が振るえ始めた。
 普段、メールばかりであまり長く震えることの無い携帯だから、びっくりした。電話がかかってきたのか。
 夕方4時。そろそろ薄暗くなってきている。さびしいな。巳智は今日も仕事が遅いんだろうか。
 そんなことを考えながら、しょうがなく携帯を取り上げた。
 取り上げて、驚いた。かかってきていたのは、巳智の携帯からだったからだ。

「も、もしもしっ……ミサト??」
『……』
 相手は無言だった。
「だ、だれ? あ、携帯拾ってくださったとか?」
『……』
「冗談ですか? ミサトの友達かな?」

 結局相手は何も言わずに切った。

 どうしたんだろう。まさか、巳智がかけてくるなんて期待した私も馬鹿だったけど、なんだったのかな。ちょっと不安だな。
 すると、すぐに、メールが来た。
 また巳智の携帯からだった。
 クリスマスツリーの写真が送られてきた。

 言葉は何も、ついて来なかった。




 2 に続く

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