good morning

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「キミノキモチ」

(2)

 いつもなにかひとこと、温かい言葉を添えて、メールをくれる巳智なのに、なぜ、今日に限って、どこにでもあるようなツリーの画を写真に撮ってよこしたのだろう。
 ツリーは確か、私の部屋の近くの大きなパチンコ屋さんの入り口にあったツリーじゃないかな。どうして、そんなツリーの写メを私に?
 私はふと部屋の中で立ち止まった。
<オレの気持ちを伝えられるか不安>
 巳智の、音の無い感情の言葉が、しんしんと胸に伝わった。

 私はいそいでジーパンにハイネックのシャツを着て、その上にボアのロングコートを羽織って、スニーカーで自転車に乗った。靴下を履き忘れて、少しスースーした。
 すぐにパチンコ屋さんのツリーのそばに到着した。
 ここに、巳智はいるのだろうか?
 辺りを見回した。しばらく歩き回って、近くのコンビニの空き缶捨てのボックスの横で、うずくまる人影を見つけた。
「ミサト!!」
 彼は頭から血を流し、座り込んではいるものの、目は開かず声をかけても体は動かなかった。
「救急車、救急車!」
 私は動転して、自分の携帯から救急車を呼べることを忘れて叫んだが、なんとか気付いて携帯を取り出し、119を押そうとした。
 すると、ニュッと出てきた手が、私の携帯を取り上げた。
 巳智の手だった。
 巳智はようやく顔を上げて、私を片目で見た。少し笑っているようにも、引きつっているようにも見えた。
「どうしたの?どうして、警察とか救急車とか呼ばなかったの? もし、私が来なかったら……」
 巳智はゆっくりと首を横に振った。
 そうだ、巳智は声が出ないんだった……。


 どんな目に遭ったのかわからない。財布も無いらしい。

 私は想像することにした。
 誰かに襲われて、助けを呼べなくて、私に電話をした。
 でも私は気づいてあげられなかった。
 だから、こんな意味の無いツリーなんかを写して、私に送ったんだ。
 気の強い彼は、私に「助けて」なんて言葉を打てなかったのかな。
 写真さえ送れば場所はわかるから、きっと迎えに来てくれるだろうって、そう思ったのかな。

 ねえ、私は君の気持ちをちゃんと理解してるかなあ。
 そうやって、私に体重をかけまいとして並んで歩く姿が痛々しい。
 君を、ずっと助けてあげられるのかな。精一杯がんばれば、私もエスパー並みに、シックスセンスが働くようになるのかなあ。でも、そうなったとしても……。
 言葉に出さない気持ちが痛いくらい分かるときもあるけど、やっぱり言葉で伝えて欲しいことがある。

「あいしてるよ」

 私は、そうつぶやいた。今言うべき言葉ではないのかもしれない。でも思わず口からこぼれたのだ。そんなふうに、ほろっと言ってほしい。
 あいしてる。
 すきだよ。
 あいたかった。

 私はにやにやしながら言うんだ。「わかってるわよ、そんなこと。言わなくたって」

 少し不思議そうな目で巳智が私の顔を覗き込んだ。まだ血の跡のついた怪我の赤味の引かない顔で、私のことを心配している。
「私が何を考えてたか、知りたい?」
 私は大きな声で前を向いて言った。
「私は、小嶋巳智が、だいすき」
 笑って彼の顔を見上げたが、彼は複雑な表情をしていた。
 何を?
 何を考えているのかな。
 好きだと言われると、負担なのかな。

 彼は震える指で、メールを打ち始めた。
 私の元に届いた彼からのメッセージは、まるで彼の声が聞こえるようだった。
<いっぱい、はなしがしたい
 ふたりっきりで、ささやきあいたい
 なまえをみみもとでよんでみたい
 うんってふつうに、へんじして、れあのえがおがみたい>




 私はにっこり笑って、巳智を見た。
「安心して」
 どんなことがあっても、君の気持ちを大切にする。いっしょうけんめい、考えるよ。言わなくても、きっと感じられるよ。
 ときどき、そうやって、メールで私をなぐさめてくれたら、それでいいよ。
 その字を見ると、元気になるんだ。


 私はメールを返した。




 巳智は眉間にしわを寄せていた。



 私は唇を尖らせて、巳智のほっぺたをつっついた。
「ちゅーのおねだり」
「え?これが?」
「そー」
 ん? ひどくかすれた、懐かしい声が聞こえた気がした。
 巳智が気がついて、私の顔から目を逸らして、そっと手を喉に当てた。
「あー、あー」
 かすれて小さい声ではあるが、確かに、巳智の口から声が出ている。
「ミサト!」
 巳智はまだ、私の名前を呼ぶのに躊躇しているらしく、口の中を探るようにもごもごしていた。
「ミサト!」
「う……?」
「ミサト! 名前呼んで!」


 私は巳智に抱きついた。
 よろよろした二人は、歩道で倒れ掛かっていた。道行く人々が迷惑そうに二人を見ている。しかも、一人は血だらけだ。
 でも、そんなことはお構いなしだった。
「れあ」
 小さい声で、照れくさそうにうつむいて巳智はつぶやいた。下から覗き込む私の瞳に、チラっとだけ合わせたきり、はずかしそうに横を向いた。
「ミサト!」
「れあ」
 少し、覚悟を決めたらしく、困っていた巳智は私の両手の力よりももっと強い力で、私の体を抱きしめた。
「れあ」
「もっとほかの言葉!」
「なんだよ、急に言われてもっ」
「すきとかあいしてるとかあるでしょ!」
「そーゆー言葉はだなー」


 巳智はそっと触れるか触れないかの優しいキスをした。
 多分、血の味がするせいだろう。深く甘いキスを求めようとしても、巳智は上手く逃げた。
 物足りない私は、再び強引に自分からキスをした。

 路上キス。クリスマス間近。血だらけの男。もう日も暮れて辺りは暗い。
 そして、巳智は言った。
「れあ、あったけーな」
「あん?」
「オレの暖房器具になれ」
「ああん?」

 話ができるようになったとたん、なぜか肝心なことは口に出さない巳智だった。
 でも、そんな君の気持ちも、実は私はちゃんとわかっているつもり。
 絶対、言わせてみせる。

 これ以上ない、愛の言葉を。
 キミノキモチを。



<END> 2006.12

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